第63話「白き悪魔Gダムと、時給1200円の自動車工場ライン工」
六月。梅雨のジメジメとした空気が漂う中、防衛省の空き地に建つ【プレハブ仮設司令室】では、今日も炎城司令官の怒声が響き渡っていた。
「ぬぉぉぉ……! 圧倒的な破壊力だ!! アースディフェンダーには、一撃で戦局を覆すような『究極の兵器』が足りん!!」
炎城が、湿気でベニヤ板が反り返った壁を叩く。
「いくら鈴木の筋肉が超人化しようと、所詮はアナログの極み! スーパーロボットたるもの、光の束で敵を山ごと吹き飛ばす『ハイパー・メガ・ビーム』のような兵器が必要なのだ!」
氷室査察官が、雨漏りを受け止めるバケツを横目に冷ややかに答える。
「光の束など、我が防衛省のマイナス予算では懐中電灯を並べるのが関の山です。そもそも、そんな高出力兵器を撃てば、反動でガムテープ装甲の機体が空中分解しますよ」
インカムから、鈴木の掠れきった、もはや妖怪のような声が響く。
『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で【前傾姿勢】を取り、【引き足ペダル】と【かかとブラストビート】を踏み、【150キログリッパー】を握り、【パイルバンカーの肩シュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転しながら、【脇パタパタ】で熱風を出し、【ゴム骨咀嚼】で冷風を吹き、【首に20キロのヘルメット】を被り、さらに【尻の穴を極限まで締めてプラズマ・シールドを展開】してるんですよ。これ以上、何を撃てって言うんですか。目からビームでも出せと……?』
「それだ鈴木ィ! 眼力だ!! 漢のビームは、血走った眼球から放たれるものだぁぁっ!」
一方その頃。
愛知県にある「トヨハタ自動車・マザー工場」の巨大な生産ラインで、作業着に身を包んだ青年――巨大未確認生物3号が、流れてくる新車にタイヤを組み付けていた。
(時給1,200円の『自動車組み立てライン工』! 立ちっぱなしで同じ作業の繰り返しだが、宇宙人の動体視力とパワーなら、ラインの速度を3倍にされても余裕だぜ)
彼が凄まじいスピードでボルトを締めていると、工場の天井が突如として「ドゴォォォォンッ!!」と吹き飛ばされた。
「な、なんだ!?」
『緊急事態発生です!』
プレハブ司令室の佐藤が、雨漏りを避けながら報告した。
『愛知県のトヨハタ自動車メイン工場に、巨大未確認生物45号が出現! 全長60メートルの【宇宙ゴリラ(スペース・コング)】です! 狂暴な腕力で、工場の生産ラインを次々と破壊しています!』
「出たな鋼鉄の類人猿め! トヨハタのお膝元だろうが出撃だ鈴木ィ!」
トヨハタ自動車・マザー工場。
宇宙ゴリラ(45号)が、完成したばかりの高級車をバナナのように剥いてムシャムシャと食べていた。
そこへ、ズシンッ、ズシンッと重い足音を立ててGキャノンが到着する。自社のメイン工場ということもあり、後方の電源車(有線ケーブル)も最新型だ。
『――ふん。我がトヨハタの聖地に足を踏み入れたこと、後悔させてやる』
コマンドカーの中の神崎流星が、冷酷にターゲットをロックオンした。
『フルパワー・ビームキャノン、発射!』
ズドバァァァァァンッ!!
Gキャノンの両肩から極太のビームが放たれた。しかし、宇宙ゴリラは野生の勘でそれをヒラリと躱すと、Gキャノンの背後に繋がっている「極太の電源ケーブル」に目をつけた。
『ウホォォォォッ!!』
宇宙ゴリラは恐るべき瞬発力でGキャノンの背後に回り込み、その太いケーブルを両手で掴むと、「ブチィィィンッ!!」と力任せに引きちぎってしまったのだ!
『な……!? ケーブルが!!』
動力を失ったGキャノンは、その場に「ガクンッ」と膝をつき、わずか3秒で完全に沈黙した。
『チッ……! またしてもバッテリー切れか! 姿勢制御も再起動できん!』
そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。
「神崎! ケーブルを直すまで俺が時間を稼ぐ!」
鈴木がゴム骨を噛みながらシュノーケル越しに叫ぶ。
『来るなポンコツ! あのゴリラの腕力は桁外れだ! お前のガムテープ装甲なんて、一発殴られただけでチリ芥になるぞ!』
神崎の言う通りだった。鈴木が【尻のバリア】を展開しようと大臀筋に力を込めた瞬間、宇宙ゴリラがドラミングをしながら猛スピードで突進してきた!
「(ひぃぃぃっ! 近づかせちゃダメだ!)」
鈴木はペダルを限界まで踏み込み、あらゆる筋肉を総動員して迎撃態勢に入る。
だが、その時である。
「――そこまでだ、泥人形ども」
工場の地下から、低く、しかし絶対的な自信に満ちた声が響き渡った。
地響きと共に、トヨハタ工場の巨大な地下ハッチが開き、せり上がってきたのは……。
白を基調とした流線型のボディ。額に輝くV字のアンテナ。両眼に鋭いデュアルセンサー。
その神々しいまでのフォルムは、誰もが知る「あの有名な白いモビルスーツ」に酷似していた。
『な、なんだあの機体は!? トヨハタにこんな隠し玉が!?』
神崎が驚愕する。
「フフフ。Gキャノンなど、所詮は私が片手間で描いた設計図の端くれに過ぎん。見よ! これこそが我がトヨハタ特務開発部の最高傑作、汎用人型決戦兵器【Gダム】だ!!」
コクピットから声を響かせているのは、季節外れのロングコートを着た変人科学者、テムロ・レイであった。
『ウホォォォォッ!?』
突如現れたGダムの威圧感に、宇宙ゴリラが標的を変え、巨大な拳を振り上げて飛びかかった。
「馬鹿め。Gダムの運動性能は、貴様らのような玩具とは次元が違う!」
テムロが操縦桿を軽く引く。
シュインッ!
Gダムは、背部のスラスターをわずかに吹かしただけで、宇宙ゴリラの強烈なパンチを「残像」を残して完璧に回避した。アースディフェンダーの泥臭いバランスボール回避とは天と地ほど違う、恐ろしく滑らかで機械的な超機動だった。
「さて、実験といくか。この『ビームライフル』の威力をな」
Gダムが、右手に構えた巨大なライフルを宇宙ゴリラに向けた。
「(な、なんだあの武器……銃口のエネルギー密度が異常だ!)」
鈴木が、野生の勘(筋肉の勘)で危険を察知し、アースディフェンダーを全力で後退させる。
「消えろ!」
テムロが引き金を引いた。
『ピシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!!!』
その瞬間、世界から「音」が消えた。
Gダムのビームライフルから放たれたのは、Gキャノンの比ではない、超高圧縮されたピンク色の光の奔流。
その光線は、宇宙ゴリラ(45号)の巨大な胴体を豆腐のように貫通し……そのまま怪獣を一瞬にして【完全蒸発(気化)】させてしまった。
『……えっ』
神崎も、鈴木も、プレハブ司令室の面々も、息を呑んで硬直した。
だが、真の恐怖はそこからだった。
怪獣を蒸発させたビームの光条は、まったく威力を落とすことなく、そのまま背後にそびえ立つ【トヨハタ自動車マザー工場(東京ドーム数十個分の超巨大施設)】へと直撃したのだ。
『ズゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!』
天地を揺るがす大爆発。
数万台の新車、最新鋭の生産ライン、広大な部品倉庫、そして社長室までもが、たった一撃のビームによって、文字通り「更地」へと変貌してしまった。
「……アハハハハハッ!! 素晴らしい! これぞ私の求めていた絶対的な力!! Gキャノンも、アースディフェンダーも、まだまだ玩具の領域だな!」
テムロ・レイは、自らの手で会社の工場を灰燼に帰したことなど全く気にする素振りも見せず、狂気に満ちた高笑いを残して、Gダムと共に空の彼方へと飛び去っていった。
後に残されたのは、蒸発した怪獣の気配と、見渡す限りの焼け野原。
そして、機能停止したGキャノンと、バランスボールの上でプルプル震えるアースディフェンダーだけであった。
プレハブ司令室では、炎城司令官が言葉を失い、パイプ椅子から滑り落ちていた。
「な、なんという非常識な威力……。あれがトヨハタの、いや、テムロ・レイの真の力だというのか……」
広瀬が、震える手でキーボードを叩く。
「……リ、リリース、出せません。『ED、謎の白いロボットに美味しいところを全部持っていかれ、工場も消滅』なんて書けません……」
そして現場。
更地となった工場の跡地で、真っ黒に焦げたタイヤを抱えた3号が、膝から崩れ落ちていた。
「う、嘘だろ……。俺の時給1200円の最高の職場が……一瞬で消えた……!」
そこへ、煤まみれになったライン長(工場長)が、鬼の形相で歩み寄ってきた。
「おい、シルバァ!! お前がタイヤを組み付けてたラインが、跡形もなく消滅してるじゃないか! ラインを止めないのがお前の仕事だろうが! 職務怠慢だ! ペナルティとして、今月の給料から【3万円】天引きだ!!」
「んな無茶苦茶なぁぁぁぁっ!! 俺のせいじゃないだろぉぉぉっ!!」
3号の絶叫が、煙のくすぶる焼け野原に虚しく響き渡る。
そして、全身の筋肉を酷使しながらも、ただ傍観するしかなかった鈴木にも、氷室査察官からの氷のような通達が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な棒立ちでしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺、今回、何もしてないのに……筋肉痛だけが凄まじいです……」
『ええ。ところで、先ほどトヨハタ自動車の役員会から、我が防衛省に莫大な損害賠償請求が届きました』
「えっ」
『「防衛省のアースディフェンダーが不甲斐ないせいで、我が社のテムロ博士がしゃしゃり出て工場を破壊してしまった。よって、工場の再建費用は防衛省が負担すべきである」という、極めて理不尽な内容です』
「ふざけんな! トヨハタの身内がやったことだろ!!」
『私もそう思いますが、政治力ではトヨハタが上です。よって、あなたがビームを【尻のバリア】で弾き返さなかった過失として、今月の給与から【5万円】を天引きさせていただきます。次はどんな味方のビームでも、体を張って止めてくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、握力、咬筋、僧帽筋、腹斜筋、そして大臀筋。
全ての筋肉を極限までパンプアップさせながらも、テムロ・レイの常軌を逸した科学力(ビーム兵器)の前に、自らの無力さを思い知らされた鈴木。
圧倒的な力を持つ「Gダム」の登場により、ポンコツロボットと筋肉パイロットの明日は、かつてない絶望の淵へと立たされるのであった。




