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第62話「極秘のピエゾ・ヒップシールドと、時給1150円の家具屋バイト」

 防衛省の敷地内に建つプレハブ仮設司令室。

 五月の爽やかな風がプレハブの隙間から吹き込む中、炎城司令官はパイプ椅子から立ち上がり、ホワイトボードを激しく叩いていた。

「ぬぉぉぉ……! 防御だ!! アースディフェンダーには、広範囲の無差別攻撃から身を守る【絶対的なバリア】が欠けている!!」

 炎城が真っ赤なマフラーを靡かせる。

「Gキャノンの装甲は確かに厚いが、雨あられと降り注ぐ絨毯爆撃の前にあっては、いつか限界が来る! スーパーロボットたるもの、不可視のエネルギーフィールドを展開し、敵の猛攻を涼しい顔で弾き返す『プラズマ・シールド』が必要なのだ!」

 氷室査察官が、プレハブの壁に貼られたカレンダー(去年のもの)を見つめながら冷ややかに答える。

「プラズマを空間に固定する電磁場発生装置など、開発費だけで東京都の年間予算が吹き飛びます。我が防衛省の予算は、絶賛マイナス進行中です。機体の周りにビニールシートでも張っておきますか?」

「馬鹿者! バリアとは己のパーソナルスペース! パイロットの魂の密度で、物理法則を捻じ曲げるのだ!!」

 インカムから、鈴木の掠れきった、もはや地縛霊のような声が響いた。

『……あの。俺、今は【バランスボール】の上で前傾姿勢を取り、【引き足でペダル】と【かかとでブラストビート】を踏み、【両手で150キロのグリッパー】を握り、【肩でパイルバンカーのシュラッグ】をして、【腰のトルネード・ツイスト】で回転しながら、【脇をパタパタ】させ、【口でゴム骨を咀嚼】して、【首に20キロのヘルメット】を被って索敵してるんですよ。もう細胞レベルで動かせる場所なんて残ってません……』

「甘えるな鈴木ィ! まだ最も巨大で強靭な筋肉が残っているだろうが! おとこなら、大臀筋だいでんきんを固く締めて平和を守れぇぇっ!」

 一方その頃。

 国道沿いにある大型家具量販店の寝具コーナーで、エプロン姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、山積みになったクッションを整理していた。

(時給1,150円の『家具屋の品出しバイト』! 空調も効いてるし、ふかふかのソファの感触を確かめるフリをして休めるから、悪くない職場だぜ)

 彼が商品の並びを直していると、棚の裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、店からくすねたばかりの【卵を落としても割れない! 超高反発・無重力ゲルクッション】と、廃工場から拾ってきた【ピエゾ素子(圧電素子)の巨大な塊】が握られていた。

「ハカセイダー! お前また勝手に店の売り物を!」

「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【絶対防御ピエゾ・シールド】だ。あのポンコツの操縦席――バランスボールの上にこのゲルクッションを敷き、内部にピエゾ素子を組み込む!」

「ピエゾ素子? 圧力をかけると電気が発生するやつか?」

「そうだ! パイロットがバランスボールの上で、自らの臀部(お尻)の筋肉……つまり【大臀筋だいでんきん】と【括約筋かつやくきん】を極限まで硬く締め上げ、このクッションを凄まじい圧力で押し潰す! その超高圧によって発生した強烈な電磁エネルギーが、機体の周囲に不可視のプラズマ・バリアを形成するのだ!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーのコクピットにあるバランスボールの上に、配線だらけの分厚いゲルクッションを強引にガムテープで貼り付けたのである。

 翌日。

『緊急事態発生です!』

 佐藤が、プレハブの隅でスマホの充電器を挿しながら報告した。

『東京ビッグサイト上空に、巨大未確認生物44号が出現! 全長50メートルの【宇宙ウニ】です! 空中に浮遊しながら、全方位に向かって数万本の『爆発性・毒針ミサイル』を無差別に乱射しています!』

「出たな全方位の悪魔め! 出撃だ鈴木ィ!」

 有明・東京ビッグサイト。

 空に浮かぶ宇宙ウニ(44号)が、ウニの棘をミサイルのように「シュバババババッ!」と360度へ向けて連射し、展示場周辺の建物を次々と蜂の巣にしていた。

 そこへ、ズシンッ、ズシンッという重い足音と共にGキャノンが到着する。その後方には、相変わらず【極太の有線ケーブル】が電源車へと繋がっていた。

『――チッ、厄介な全方位攻撃だ。だがトヨハタの装甲なら弾き返せる!』

 コマンドカーの中の神崎流星が、迎撃指令を出す。

 しかし、宇宙ウニの放つ数万本の棘は、一本一本が着弾と同時に強烈な爆発を起こす特殊仕様だった。

『ドドドドドンッ!!』

 Gキャノンの分厚い装甲が爆炎に包まれ、機体が激しく揺さぶられる。

『な……!? 爆発の衝撃が内部まで浸透しているだと!? まずい、このままでは姿勢制御AIがフリーズする!』

 さらに最悪なことに、無差別に降り注ぐ棘の雨が、Gキャノンの命綱である【電源ケーブル】を直撃しようとしていた。

『ケーブルを切られたら一巻の終わりだ! 防御システム、最大出力!』

 しかし、次々と降り注ぐ棘の雨の前に、Gキャノンは身動きが取れず、完全に防戦一方に追い込まれていた。

 そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。

「神崎! ケーブルを守るぞ!」

 鈴木がゴム骨を噛みながらシュノーケル越しに叫ぶ。

『来るなポンコツ! 爆発する棘の雨だぞ! お前のガムテープ装甲なんて、一瞬で消し炭になる!』

 その時、鈴木の座るバランスボールの上――今まで無かったはずの【分厚いゲルクッション】の端に貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。ブラックホールを食い止めるが如く、己の尻を締め上げよ。大臀筋と括約筋の極限の収縮が、万物を弾く絶対の盾となる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに尻の穴まで酷使するのかぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望の涙を流しながら、悪魔のマルチタスクの頂点へと達した。

 バランスボールの上で【前傾姿勢】、足で【プッシュ&プル】、かかとで【ブラストビート】、両手で【150kgグリッパー】、肩で【パイルバンカーのシュラッグ】、腰で【トルネード・ツイスト】、脇で【パタパタ】、口で【咀嚼&呼吸】、首で【索敵】をしながら……!!

 ついに、座面のゲルクッションに向けて、自らの【大臀筋(お尻の筋肉)】と【括約筋】を「ギギュゥゥゥゥゥッ!!」と、万力のように猛烈な力で締め上げ、圧着し始めたのである!!

「(尻が! 大臀筋が! 骨盤底筋群が爆発するぅぅぅぅっ!!)」

 鈴木の臀部が放つ、常軌を逸した圧縮エネルギー。

 ゲルクッション内のピエゾ素子が限界を超えてスパークし、凄まじい電磁エネルギーがアースディフェンダーの機体表面に展開された!

『ビキィィィィンッ!!!!』

 機体の周囲数十メートルにわたって、青白く輝く【超高圧プラズマ・シールド(大臀筋バリア)】が出現!

 宇宙ウニから降り注ぐ爆発性の棘が、Gキャノンとその電源ケーブルに直撃する直前、このプラズマの盾に触れて次々と「シュンッ! シュンッ!」と音もなく蒸発していったのである。

『……ば、馬鹿な。エネルギーフィールドを展開しただと!? あのポンコツのどこに、空間を歪めるほどの電力を発生させるジェネレーターがあるというのだ!』

 無傷で守られたGキャノンの中で、神崎が目を剥く。

「(今だぁぁぁっ!! 尻が限界を迎える前に!!)」

 鈴木は尻の収縮を維持したまま、限界まで引き絞っていた左腕の【ショルダー・パイルバンカー】のロックを解除!

『ゴワァァァァァァァァンッ!!!!』

 超高圧のバリアの中から撃ち出された巨大な鉄杭が、空中に浮遊する宇宙ウニのど真ん中を見事に貫き、怪獣はウニのトゲごと大爆発を起こして消滅した。

 プレハブ司令室では、炎城司令官が感動のあまりホワイトボードを真っ二つに割っていた。

「見たか諸君!! これぞ男の絶対防御!! アースディフェンダーの強靭な密着が、敵の猛攻を完全にシャットアウトしたのだ!! 鈴木ィ! 貴様の大臀筋は地球を覆うオゾン層だぁぁっ!!」

 広瀬が、椅子に浅く座り直しながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発の電磁プラズマ・シールド(A.S.S.フィールド)を展開! 棘の雨からGキャノンを無傷で救出し、完全勝利!』でリリースします!!」

 そして現場。

 家具量販店の裏手でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、見事な尻の引き締めだったぜ! あれならヒップアップ効果で、後ろ姿は完全なスーパーモデルだな!」

 しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。

「おい、シルバァ! お前が整理してた高級・無重力ゲルクッション、一番高いやつが箱ごと消えてるぞ! 窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【2万8千円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、国道沿いの空に虚しく響き渡る。

 そして、見事な大臀筋で世界を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。

『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事なバリアでしたね』

「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、尻が……完全に攣って、椅子から立ち上がれません……」

『ええ。ところで、あなたが戦闘中に展開していたあのプラズマですが。電波法における【不法な強力電磁波の放出】に該当し、ビッグサイト周辺の通信インフラに多大なノイズ障害を発生させました』

「えっ」

『さらに、あなたがコクピット内で顔を真っ赤にしてお尻に力を入れている映像が、うっかりマスコミの赤外線カメラに捉えられていました。「防衛省のパイロットは戦闘中にトイレを我慢しているのか」と、著しい品位の低下を招いた罰金として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと涼しい顔で、品良くお尻を締めてくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 足、腕、首、体幹、肺活量、握力、咬筋、僧帽筋、腹斜筋に加え、ついに【プラズマを発生させるほどの異常な大臀筋と骨盤底筋群】まで強制習得させられた鈴木。

 もはや彼の肉体は、ただ呼吸するだけで周囲の空間を歪めかねない、究極の兵器そのものへと昇華されつつあった。

 ――そして、戦いが終わった有明の空き地。

 瓦礫の影から、その一部始終を静かに見つめている「謎の男」がいた。

 季節外れの重厚なロングコートの襟を立て、サングラスの奥で鋭い光を放つその男。

 トヨハタ自動車・特務開発部の天才科学者であり、Gキャノンの真の設計者でもある変人、テムロ・レイである。

 彼は、撤収していくGキャノンの巨体と、ギゴギゴと音を立てながら帰還していくアースディフェンダーの後ろ姿を交互に見比べ、フッと鼻で笑った。

「……フン。バッテリー切れの木偶の坊(Gキャノン)に、筋肉で動くハリボテ(アースディフェンダー)か」

 男はコートのポケットに両手を突っ込み、瓦礫を蹴り飛ばしながら低い声で呟いた。

「どちらのMSモータースーツも、まだまだ玩具の領域だな。……本当の『力』というものを、近いうちに見せてやろう」

 謎の男、テムロ・レイ。

 彼が「MS」と呼ぶ狂気の技術が、防衛省と鈴木の筋肉に、かつてない究極の絶望をもたらす日が、すぐそこまで迫っていた。

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