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第60話「地下迷宮の宇宙鰐と、時給1500円のダンジョン探検バイト(後編)」

 防衛省の地下数千メートル。完全なる暗黒の密室に、鼓膜を物理的に破壊せんばかりの絶叫が木霊していた。

『ギュギャァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

 全長100メートルを超える【宇宙鰐の女王クイーン・ウチュウワニ】。彼女の腹部には、直径15メートルにも及ぶ超巨大な尿管結石(国家予算規模の常温超伝導物質)が詰まっており、その想像を絶する激痛によって完全に発狂していた。

 黒ダイヤのように硬い超重装甲の巨大な尻尾が振り回されるたびに、地下空間の岩盤が「ドゴォォォンッ!」と粉砕され、天井からダンプカーサイズの岩石が雨あられと降り注ぐ。このままでは、アースディフェンダーもろとも生き埋めになるのは時間の問題だった。

「まずいぞおっさん! あいつの痛みをどうにかしないと、俺たち全員ペシャンコだ!!」

 100億円の結石が50個(合計5000億円)詰まった巨大リュックを抱え、岩陰に隠れた3シルバーガイが叫ぶ。

「(む、無理だ……!)」

 コクピットの鈴木は、すでに白目を剥いていた。50匹連続の排石マッサージにより、彼の肉体は文字通り完全にカロリーを使い果たしていた。

「(100メートルの怪獣の腹を揉むなんて、今の俺には指一本動かす体力も……。そもそも、あんなデカい結石、どうやって出すんだ……)」

 巨大な尻尾が、アースディフェンダーの頭上へ向かって振り下ろされようとしていた。

 万事休す。

 その時、岩陰から3号が猛ダッシュで飛び出してきた。彼の手には、前回のペットショップでのバイトで社割で買った【宇宙超大型犬用・高圧縮ジャーキー】が握られていた。

「おっさん! 諦めるな! これを食え!!」

 3号は驚異的なジャンプ力でコクピットのアクリル窓に張り付くと、わずかな隙間からその黒光りするジャーキーを、鈴木の咥えているシュノーケルのパイプの中に強引にねじ込んだ!

「(ンガッ!? ゲホッ! な、なんだこれ! まずい! そして、尋常じゃなく血生臭い……!)」

「ただのジャーキーじゃない! 宇宙の戦闘犬が食べる『1粒で10万キロカロリー』の超絶栄養食だ! 人間が食ったら細胞が爆発するかもしれないが、今のおっさんの筋肉なら耐えられるはずだ!」

 ドクンッ……!

 鈴木の胃袋に落ちた宇宙ジャーキーが、致死量のカロリーと謎のアミノ酸を一瞬で血液中に放出した。

 その瞬間、限界を迎えていた鈴木の全身の筋肉――大胸筋、広背筋、ハムストリングス、腸腰筋、前腕筋群、僧帽筋、そして咬筋が、まるで生き物のように「ボコボコボコッ!」と異常な膨張を始めたのである!

「(うおおおおおおおおっ!! カロリーが! 細胞の奥底からマグマのような力が湧き上がってくるぅぅぅっ!!)」

 鈴木の瞳孔が開き、眼球に赤い血走りが走る。

 もはや考えるよりも先に、極限まで鍛え上げられた肉体が勝手に最適解を導き出し、動き始めていた。

「シルバァ! 捕まってろ!! 俺の全筋肉フル・パワーで、あいつの腹の石をブチ抜く!!」

 ズドォォォォンッ!!

 アースディフェンダーは、降り下ろされた巨大な尻尾を紙一重でスウェイ(バランスボール回避)すると、そのままペダルを極限の引き足で回転させ、クイーン・宇宙鰐の背後へと回り込んだ。

 目指すは、背後からの【腹部突き上げ法(ハイムリック法)】。

 異物を喉や内臓に詰まらせた際に行う、あの救命措置を、100メートルの怪獣に対して50トンの巨体で実行しようというのだ!

「いっけぇぇぇぇっ!! アースディフェンダー・究極の抱擁アルティメット・ハグだぁぁぁっ!!」

 鈴木は、極限の前傾姿勢エアロフォルムを取りながら、機体の両腕をクイーンの巨大な腹部に回した。

 そして、両手の操縦桿――【150キロの極悪ハンドグリッパー】を、「バキィッ!」と鋼のバネが歪むほどの異常な握力で握り潰した!

 機体のマグロ用フックが、クイーンの分厚い装甲の隙間にガッチリと食い込み、逃げ場のない完璧なホールドを完成させる。

『ギャァァァァァッ!?』

 突如背後から抱きすくめられたクイーンが暴れる。しかし、鈴木は離さない。

「(まだだ! 足りない! もっと深く、もっと強く圧力をかけないと、あの巨大な石は動かない!)」

 鈴木は、バランスボールの上で重心を完全に固定し、両肩に乗ったボウリングボールの重みに逆らって【渾身のシュラッグ(肩すくめ)】を敢行。僧帽筋の力で機体の上半身をさらに密着させる。

 同時に、脇のポンプを【パタパタ】させて超高熱の熱波を放ち、口では犬のゴム骨を【全力咀嚼】して絶対零度の冷風を発生させる!

 熱膨張と急速冷却――通常なら結石を割ってしまうタブーだが、鈴木はクイーンの「尿管の周辺組織」のみを精密な温度コントロールで弛緩・収縮させ、石の通り道を滑らかにするという神業をやってのけたのだ!

「(最後だぁぁぁっ!! 抜けろおおおおおおっ!!)」

 鈴木は、かかとで【BPM300の超絶ブラストビート】を叩き込みながら、バランスボールの上で、腸腰筋と背筋を爆発させ、機体の腰を「ドギュゥゥゥゥンッ!!」と前方へ猛烈に突き上げた!!

 振動、圧力、温度変化、そして強烈な腹部突き上げ。

 防衛省の理不尽な天引きによって強制習得させられた「全てのアナログ筋力技術」が、一点に集約された瞬間であった。

『ギュポォォォォォォォォンッ!!!!!』

 クイーン・宇宙鰐の口から……いや、下半身の排出口から。

 まるでシャンパンのコルクを抜くかのような、いや、大陸間弾道ミサイルが発射されたかのような、凄まじい爆音が地下迷宮に響き渡った。

 直径15メートルの超巨大な尿管結石が、マッハの速度で撃ち出されたのである!

 ズドバァァァァァァァンッ!!!

 マッハで射出された超巨大結石は、そのまま地下空間の天井(岩盤)に激突。しかし、常温超伝導物質の異常な硬度と運動エネルギーにより、結石は砕けることなく、ドリルのように岩盤をぶち抜きながら、真っ直ぐ地上へ向かって垂直のトンネルを掘り進んでいったのだ!

「な、なんだあれ! 石が天井をぶち抜いて飛んでいったぞ!」

 3号が口をポカンと開けて見上げる。

 激痛の元であった15メートルの大岩が排出されたクイーン・宇宙鰐は、白目を剥いてビクンビクンと痙攣した後、安堵のあまり「キュー……」という可愛らしい鳴き声を残して、その場に崩れ落ち、深い眠りについた。

「(ふう……)」

 鈴木は、全身の筋肉から煙(湯気)を出しながら、シートに深く沈み込んだ。

「やったぜおっさん!! 女王を倒した……いや、救ったぞ! しかも見ろ!」

 3号が、結石がぶち抜いた天井の巨大な穴を指差す。

 遥か何千メートルも上空から、一筋の美しい太陽の光が、地下迷宮に差し込んでいた。超巨大結石が、地上までの完璧な【脱出用シャフト】を開通させてくれたのである。

「よしっ! おっさん、あの穴の壁を登って帰るぞ!俺たちのリュックには5000億円があるんだ! これで借金ともお別れだ!!」

 アースディフェンダーは、足裏のアイゼンと【引き足のバーティカル・トルク】を使い、垂直のシャフトを地上の光へ向かって力強く駆け上がっていった。

 数時間後。

 地上に生還した二人を待っていたのは、信じられない光景だった。

「……嘘だろ」

 鈴木が、アクリル窓越しに絶句する。

 防衛省の誇る、立派なメイン庁舎のビル。その中央に、直径15メートルの【超巨大な青白い石】が、まるで隕石のように天から突き刺さり、建物を完全に真っ二つに粉砕していたのだ。

 瓦礫の山と化した司令室の跡地で、真っ白に埃を被った炎城司令官と氷室査察官が、呆然と立ち尽くしていた。

「あ、あ、ああ……我々の基地が……! 予算ゼロの結晶が……!」

 炎城がへたり込む。

「し、司令官! 氷室査察官! 無事ですか!」

 鈴木が慌ててコクピットから降り(両足が痙攣して転げ落ち)ながら叫ぶ。

 3号も、重いリュックを抱えて駆け寄った。

「おっさん、とりあえずこれ! 見てくださいよ、100億円の結石を50個、傷一つつけずに持って帰ってきましたよ! これで5000億円です! 基地なんてすぐに立て直せますよ!」

 3号がリュックを開け、青白く輝く50個の結石を見せつける。

 それを見た氷室査察官の目が、キラリと鋭く光った。彼女は無傷のタブレットを取り出し、猛烈な勢いで計算を始めた。

「……素晴らしい成果です、鈴木さん。まさか本当にノルマを達成するとは」

 氷室が、冷たい微笑を浮かべる。

「これで5000億円の予算獲得。しかし……」

 彼女は、背後に突き刺さっている超巨大結石(クイーンの石)を指差した。

「あなたが地下から撃ち上げたこの【超巨大隕石】により、防衛省のメイン庁舎、地下司令室、および周辺の国有地が完全に壊滅しました。国交省と財務省からの試算によれば、この被害総額および復興費用は、奇しくもピッタリ【5000億円】になります」

「……えっ?」

 鈴木の顔から血の気が引いた。

「よって、あなたが持ち帰ったこの50個の結石は、全て基地の再建費用として没収いたします。防衛省の予算は、これで再び『美しいゼロ』に戻りました。お見事な収支バランスですね」

「ふざけるなぁぁぁっ!! 俺の血と汗と乳酸の結晶だぞ!! じゃ、じゃあせめて、あのデカい15メートルの石を売れば……あれなら何兆円にもなるだろ!!」

 鈴木が血涙を流しながら叫ぶ。

「残念ながら」氷室が眼鏡を押し上げる。「あの巨大な石は地表に露出したため、鉱業法に基づき『国(財務省)』の所有物として接収されました。我々防衛省には一円も入りません」

「そ、そんな……」

 膝から崩れ落ちる鈴木。

 しかし、氷室の追撃はこれでは終わらなかった。

「さらに鈴木さん。あなたは勤務中、コクピット内で【不認可の宇宙生物用飼料ドッグフード】を摂取していましたね。これは防衛省の衛生管理規定違反および、薬物によるドーピング行為に該当します。減給処分として、今月の給与から【3万円】を天引きさせていただきます」

「うそぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 鈴木だけでなく、ボーナスを期待していた3号まで一緒に絶叫した。

「おい氷室! 俺の特別ボーナスはどうなるんだ! 命懸けで荷物持ちしたんだぞ!!」

「あなたはアルバイト契約です。契約書通り、基本時給の1500円×8時間で【1万2000円】をお支払いします。ただし、現場に許可なくペットフードを持ち込んだ違約金として、そこから【1万円】を天引きします。お疲れ様でした」

「時給250円になっちまったぁぁぁっ!!」

 理不尽すぎる天引き。

 全てを失い、ボロボロになった二人の絶叫が、春の陽気に包まれた瓦礫の山に虚しく響き渡る。

 借金はチャラにならず、基地は破壊され、鈴木の肉体だけが、いかなる過酷な状況下でも完璧なマッサージとフルパワーを発揮できる【無敵のアナログ生命体】へと、さらなる進化(突然変異)を遂げてしまった。

 絶望のブラック防衛組織の戦いは、予算ゼロの青空の下、まだまだ続いていくのである。

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