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第59話「地下迷宮の宇宙鰐と、時給1500円のダンジョン探検バイト(中編)」

 防衛省の地下数千メートルに広がる、暗黒の地下迷宮。

 崩落によって退路を絶たれ、通信も途絶えた完全な密室で、アースディフェンダーと巨大未確認生物3シルバーガイは、50匹を超える【宇宙鰐】の群れに包囲されていた。

 しかも、最悪なことに、奴らの腹の中には一つ「100億円」の価値がある【尿管結石(常温超伝導物質)】が詰まっており、それに少しでも傷をつければ、鈴木は1万年分の減給処分を受けるという、死よりも恐ろしいペナルティが科せられているのだ。

「ヒィィィィッ! 来るな! こっちに来るなぁぁぁっ!!」

 グルォォォォッ!!

 先陣を切って、三匹の宇宙鰐が巨大な口を血塗れに開いて飛びかかってきた。

「おっさん、危ない!!」

 3号がツルハシを構えて叫ぶ。

 だが、その声より早く、鈴木の肉体に刻み込まれた【極限の回避本能】が勝手に作動していた。

「(うおおおおおっ! インナーマッスルゥゥゥッ!)」

 鈴木はバランスボールの上で、超前傾姿勢を維持したまま、腰を「グニャリッ!」とあり得ない角度に捻った。

 その体幹の動きとゴムチューブが連動し、50トンのアースディフェンダーが、まるで風に舞う柳のように「ヌルリ」と上体を逸らす。三匹の宇宙鰐の牙は虚しく空を切り、互いに激突して「ギャウッ!?」と目を回した。

「よ、避けた! さすが極秘のバランスボール回避スウェイだぜ!」

 3号が歓声を上げる。しかし、避けるだけでは事態は解決しない。

「シルバァ! 避けたのはいいけど、どうやって倒せばいいんだよ! 右膝のノコギリも、左腕のパイルバンカーも、空気砲も使えない! 熱風パタパタや冷風(咀嚼)は!?」

「ダメだ! この結石は極端な温度変化に弱い! 急激に熱したり冷やしたりすると、熱膨張と収縮で『パキッ』と割れちまうぞ!!」

 打撃禁止、斬撃禁止、貫通禁止、爆発禁止、温度変化禁止。

 あらゆる兵器を封じられたスーパーロボット。

 次々と押し寄せる宇宙鰐の猛攻を、鈴木はひたすらバランスボールの上で腰を振り、フラフラと酔拳のような動きで回避し続けるしかなかった。

「(腹筋が! 背筋がちぎれる! このままじゃ体力が持たない!)」

 必死に回避行動を取りながら、鈴木の脳内でニューロンが高速で火花を散らした。

 結石。尿管結石。それを傷つけずに、体外へ取り出す方法……。

 その時、鈴木の脳裏に、昔テレビで見た「結石を自然排出させるための健康番組」の知識が閃いた。

「……そうだ! 水分を取らせて、適度な【振動】を与えれば、結石は自然にポロリと落ちるんだ!!」

「えっ? 振動? でもどうやってこのデカい鰐に……」

「俺に任せろ!!」

 鈴木はペダルを猛烈に踏み込み(プッシュ&プル)、アースディフェンダーを敵の懐へと滑り込ませた。

 そして、両手の操縦桿――【耐荷重150キロの極悪ハンドグリッパー】に指をかけ、宇宙鰐の腹部(結石があるあたり)を、アースディフェンダーのマグロ用フックで「ガシィッ!」と優しく、しかし絶対に逃げられない力で掴み上げた!

「(万力を超えた、神のソフトタッチ!!)」

 鈴木は、リンゴを粉砕するほどの【丸太のような前腕筋群】を極限までコントロールし、装甲を砕かず、かつ結石を押し出す絶妙な圧力マッサージを鰐の腹にかけ始めたのだ!

『ギャルルルッ!?』

 突然下腹部を揉みしだかれ、宇宙鰐がパニックになって暴れる。

 だが、鈴木の神業はここからだった。

「いっけぇぇぇぇっ!! 超音波結石破砕……いや、超振動・排石促進マッサージだぁぁぁっ!!」

 鈴木は、宇宙鰐をホールドしたまま、足元のかかとで【BPM250の超高速ツーバス連打ブラストビート】を刻み始めた!

 ダダダダダダダダダダッ!!!

 その凄まじい脚の振動が、機体のフレームを伝わり、両手を通じて宇宙鰐の腹部へとダイレクトに送り込まれる!

 本来は右膝の丸ノコを回すための振動エネルギーが、巨大なマッサージチェアのバイブレーションとなって宇宙鰐の尿管をブルブルと震わせたのである!

『ギュオォォ……? ゲロゲロゲロッ、キュウゥゥゥ……』

 痛みに暴れていた宇宙鰐の表情が、突如として恍惚としたものに変わった。

 そして、振動によって尿管をスムーズに滑り落ちた100億円の結石が、鰐の下半身から「ポロンッ」と、美しい音を立てて転がり落ちたのである。

 結石の激痛から解放された宇宙鰐は、まるで温泉にでも浸かったかのような安らかな顔で「スヤァ……」とその場に倒れ込み、深い眠りに落ちていった。

「で、出たぁぁぁぁっ!!」

 3号が歓喜の声を上げ、転がった青白く光る石をリュックに放り込んだ。

「すげえぞおっさん! 傷一つない完璧な状態だ! これで100億円ゲットだぜ!!」

「(ぜぇ……はぁ……)いける! この【マッサージ&バイブレーション戦法】なら、石を割らずに全員無力化できるぞ!」

 鈴木は、汗で曇るアクリル窓越しに、残る49匹の宇宙鰐を睨みつけた。

 そこからは、もはや戦闘ではなく、狂気の「流れ作業アセンブリ・ライン」であった。

 迫り来る宇宙鰐を、バランスボールの重心移動で【スウェイして躱し】。

 前傾姿勢からペダルを踏み込んで【瞬時に接近し】。

 前腕の筋肉を酷使して【絶妙な圧力でホールドし】。

 かかとのブラストビートで【強烈な振動を与え】。

 石がポロリと出たら、鰐をそっと床に置いて【次へ向かう】。

「(ふくらはぎが! すねの筋肉が! 腕橈骨筋が焼き切れるぅぅぅぅっ!!)」

 鈴木の肉体は悲鳴を上げていた。

 一匹数分とはいえ、50匹連続で、人間離れしたマルチタスクと精密な筋力コントロールを要求されるのだ。コクピット内の温度も急上昇しているが、石が割れるため冷風(咀嚼)で冷やすこともできない。

 ただひたすら、暗闇の地下迷宮で、巨大なロボットが怪獣の腹を揉んでブルブル震わせるというシュール極まりない光景が、何時間も繰り広げられた。

「よしっ! 20個目! 2000億円だ! すげえぞおっさん、日本の借金がどんどん減っていくぜ!」

 3号は、安全な岩陰を飛び回りながら、ポロポロと落ちる結石をホクホク顔でリュックに回収していく。

「時給1500円でこんなお宝の山に立ち会えるなんて、最高のバイトだな!」

 一方の鈴木は、すでに白目を剥きかけていた。

「(意識が……飛ぶ……。俺は一体、何のために……こんな地下深くで、爬虫類の尿管結石を搾り取っているんだ……? これが、地球防衛なのか……?)」

 意識が朦朧とする中、鈴木の強靭に鍛え上げられた筋肉たちだけが、オートマティックに完璧な仕事(排石マッサージ)をこなし続けていた。

 そして、ついに。

『コロンッ……』

 49匹目の結石が地面に転がり、最後の宇宙鰐が安らかな顔で眠りについた。

 静寂が戻った地下空間。

 3号の背負う巨大なリュックサックは、青白く光る50個の石でパンパンに膨れ上がり、まるでミラーボールのように暗闇を照らし出していた。

「やった……やったぞおっさん! 全部で50個! ざっと見積もって【5000億円】だ!! これで防衛省の負債も全額返済、いや、お釣りで最新鋭のビーム砲でも買えるかもしれないぜ!!」

 3号がリュックを背負い直し、アースディフェンダーに向かってサムズアップする。

「(お、終わった……)」

 鈴木は、操縦桿から手を離し、バランスボールの上でドッと崩れ落ちた。全身の筋肉はピクピクと痙攣し、シュノーケルからは荒い息が漏れている。指一本動かすカロリーすら、今の鈴木には残っていなかった。

「(これで……借金地獄から解放される……。氷室査察官も、少しは俺を褒めてくれるかもしれない……帰ろう……早く、地上に……)」

 二人が勝利の余韻に浸り、崩落したエレベーターとは別の脱出ルートを探そうとした、その時である。

 ズズズズズズズズズッ!!!!

 先ほどの崩落とは比べ物にならない、地下空間そのものを揺るがすような超巨大な地震が発生した。

「な、なんだ!? まだ奥に何かがいるのか!?」

 3号が岩にしがみつく。

 アースディフェンダーのダイナモライトが照らす、洞窟のさらに奥深く。

 岩壁が内側から「ドゴォォォンッ!」と粉砕され、そこから、先ほどの宇宙鰐たちとは次元の違う、絶望的な質量の影が姿を現した。

 全長100メートル。

 全身を覆う鱗は、もはやチタンどころか黒光りするダイヤのように硬く分厚い。

 だが、最も異常なのはその【腹部】だった。

 腹部全体が、まるで小さな太陽を飲み込んだかのように、凄まじい青白い光を放ってパンパンに膨れ上がっているのだ。

「あ、あいつ……」

 3号が震える手で鑑定機スマホを向ける。

『ピピッ。鑑定結果:宇宙鰐の女王クイーン・ウチュウワニ。腹部内部に、直径15メートルの超巨大な尿管結石を確認。市場価値:測定不能(国家予算規模)』

「こ、国家予算……何兆円ってレベルじゃないぞ……」

 3号が息を呑む。

 だが、その莫大な価値とは裏腹に、クイーン・宇宙鰐の様子は極めて危険だった。

『ギュギャァァァァァァァァァァァァッ!!!!』

 地下迷宮が崩壊しかねないほどの、鼓膜を破る悲鳴のような咆哮。

 彼女は怒っているのではない。超巨大な結石が尿管に詰まり、あまりの激痛に完全に発狂しているのだ! 巨大な尻尾が暴れ狂うたびに、岩盤が砕け、洞窟の天井から巨大な落石が降り注いでくる。

「まずいぞおっさん! あいつ、痛みのあまり暴れて、この空間ごと俺たちを生き埋めにする気だ!!」

 3号が叫ぶ。

「(む、無理だ……!)」

 鈴木は絶望の涙を流した。

「(あんな超巨大な鰐、マッサージでどうにかなるサイズじゃない! しかも俺の筋肉はもう限界だ……ペダルを1ミリも回せない! 完全にカロリーゼロだ!!)」

 暴れ狂うクイーン・宇宙鰐の巨大な尻尾が、アースディフェンダーの頭上へと振り下ろされようとしていた。

 武器は使えない。逃げる体力もない。通信も繋がらない。

 時給1500円のバイトと、完全無欠の筋肉モンスターとなったブラックパイロットは、5000億円のリュックを抱えたまま、暗黒の地下深くで無惨な最期を遂げてしまうのか。

(後編へ続く)

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