第57話「極秘のショルダー・パイルバンカーと、時給1120円のボウリング場清掃」
防衛省の地下司令室。
三月の声を聞き、少しずつ春の足音が近づく中、炎城司令官はメインモニターに映る【Gキャノン】の最新映像を睨みつけ、ギリリと歯を鳴らしていた。
「ぬぉぉぉ……! 貫通力だ! アースディフェンダーには、あらゆる装甲をブチ抜く『一撃必殺のロマン武器』が欠けている!!」
炎城が真っ赤なマフラーで机をバンバンと叩く。
「前回の戦いで、Gキャノンは圧倒的な電力不足という弱点を露呈した! だが、奴らの装備している連装ビーム・キャノンの破壊力は本物だ。我がアースディフェンダーの攻撃は、空気砲に丸ノコと、どうにも表面的なダメージに留まっている! 今こそ、分厚い装甲を一点突破で粉砕する【超大型パイルバンカー(杭打ち機)】が必要なのだ!!」
氷室査察官が、花粉症の薬を水で流し込みながら冷ややかに答える。
「火薬や油圧で巨大な鉄杭を射出するパイルバンカーなど、開発費だけで中規模な国家予算が吹き飛びます。我が防衛省の予算は、今年度も美しくゼロ円でフィニッシュです。機体の腕に、ホームセンターのキリでも貼り付けておきますか?」
「馬鹿者! 杭を打ち出す動力など、パイロットの弾ける気合いで十分だ!!」
インカムから、鈴木の、もはや地獄の底から響くような怨嗟の声が聞こえてきた。
『……あの。俺、今は【バランスボール】で前傾姿勢を取りながら、【超高速ペダル】と【ブラストビート】を踏み、【150キロのグリッパー】を両手で握り潰し、【首に20キロのヘルメット】を被って、【脇をパタパタ】させ、【口にシュノーケル】を咥えながら、【犬のゴム骨】を全力で咀嚼してるんですよ。もう動かせる筋肉なんて……強いて言えば、肩くらいしか残ってないんですよ……』
その言葉を発した瞬間、鈴木は「あっ」と致命的な失言に気づいたが、時すでに遅しであった。
「それだ鈴木ィ! 肩だ!! 漢の背中は、肩の筋肉(僧帽筋)で語るものだぁぁっ!」
一方その頃。
都内の寂れたボウリング場で、ポロシャツ姿の青年――巨大未確認生物3号が、レーンの奥でピンの清掃作業をしていた。
(時給1120円の『ボウリング場清掃バイト』! レーンの油引きやボールの整理は腰にくるが、宇宙人のパワーなら余裕だぜ)
彼が返却ラックのボールを磨いていると、レーンの裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、店からくすねたばかりの【15ポンド(約6.8キロ)の重いボウリングボール】が大量に詰まった網袋と、解体現場から拾ってきたであろう【先端が鋭く尖った巨大なH鋼(鉄骨)】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に店の備品を!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【超貫通打撃】だ。あのポンコツの左腕にこの巨大鉄骨を仕込み、コクピットのパイロットの肩に、このボウリングボールを括り付けた『肩掛けハーネス』を乗せる!」
「肩掛けハーネス!? おっさんの肩に重りを乗せるのか!?」
「そうだ! パイロットが肩をすくめる動作……つまり【シュラッグ(肩上げ運動)】を全力で行うと、ワイヤーが連動して巨大鉄骨がカチカチと後方へ巻き上げられる! そしてロックを解除した瞬間、強靭なスプリングの力で鉄杭が射出されるのだ! パイロットの【僧帽筋】が、あらゆる装甲を貫く原動力となる!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーの左腕に巨大な鉄骨の射出機構をガムテープと工業用スプリングで固定し、コクピットの鈴木の座席の真上に、ボウリングボールがぶら下がった拷問器具のようなハーネスを設置したのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、スマホの画面でパズルゲームのコンボを繋ぎながら報告した。
『お台場のフェリーターミナルに、巨大未確認生物42号が出現! 全長45メートルの【宇宙アンキロサウルス】です! 背中がダイヤモンド並みの硬度を持つ超重装甲の甲羅で覆われており、あらゆる攻撃を弾き返しています!』
「出たな絶対装甲の恐竜め! 出撃だ鈴木ィ!」
お台場・フェリーターミナル。
宇宙アンキロサウルス(42号)が、巨大な尻尾のハンマーを振り回し、港のコンテナを次々と粉砕していた。
そこへ、キャタピラの轟音と共にGキャノンが到着する。しかし、その姿は以前のスマートなものとは異なっていた。
『……チッ。まさかこんな不様な姿で出撃することになるとは』
後方のコマンドカーで、神崎流星が忌々しげに舌打ちをする。
バッテリー問題が解決できなかったGキャノンは、背中から【直径1メートルもある極太の有線ケーブル(電源コード)】を繋がれ、国交省が手配した「超大型移動発電車両」から直接電力を供給されながら歩いていたのだ。まるで巨大な掃除機である。
『だが、火力は健在だ! トヨハタのフルパワー・ビームキャノン、発射!』
ズドバァァァァァンッ!!
Gキャノンの両肩から極太のビームが放たれるが、42号が背中の甲羅を向けると、ダイヤモンド並みの硬度を持つ装甲がビームを完全に拡散・反射してしまった!
『な……!? 最大出力のビームが通用しないだと!?』
驚愕する神崎。その隙を突き、42号がGキャノンの背後に繋がっている「極太の電源ケーブル」に狙いを定めて突進してきた!
『まずい! ケーブルを切られたら、また3分でシステムダウンしてしまう! 回避しろ、Gキャノン!』
しかし、重いケーブルを引きずっているGキャノンは、自慢の俊敏なステップを踏むことができず、完全に動きが鈍っていた。
絶体絶命のピンチ。
そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。
「神崎! ケーブルを守れ!」
鈴木がシュノーケルとゴム骨を口に詰め込んだまま叫ぶ。
『来るなポンコツ! あの装甲はトヨハタのビームすら弾くんだぞ! ガムテープの丸ノコや空気砲じゃ、かすり傷一つ付けられん!』
確かに、今までの武器ではあのダイヤモンド装甲は貫けない。
その時、鈴木の両肩にズシリと重くのしかかっている【ボウリングボール付きのハーネス】に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。重圧に負けるな。その肩を天高くすくめ上げよ。君の僧帽筋が限界まで収縮した時、破壊の杭は装甲を穿つ。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! ついに僧帽筋(肩回り)の破壊かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望の涙を流しながら、悪魔のマルチタスクに突入した。
バランスボールの上で【前傾姿勢】を保ち、つま先で【高速ペダリング】、かかとで【ブラストビート】、両手で【150キロのグリッパー】を握り潰し、脇で【パタパタ】させ、口で【ゴム骨を咀嚼】し、首で【索敵】しながら……!!
ついに、両肩に乗った合計30キロ以上のボウリングボールの重みに逆らい、「グググググッ!!」と肩を耳に近づけるように、猛烈な勢いで【シュラッグ(肩のすくめ運動)】を連続で開始したのである!!
「(肩が! 僧帽筋が! 首の付け根がちぎれるぅぅぅぅっ!!)」
鈴木が「フンッ! フンッ!」と全力で肩をすくめるたびに、ワイヤーが連動し、左腕の巨大鉄骨が「カチッ……カチッ……!」と後方へと巻き上げられ、内蔵されたスプリングが極限まで圧縮されていく。
アースディフェンダーは、ケーブルを狙って突進してくる42号の真正面に立ち塞がった。
「(装填完了……! いっけぇぇぇぇっ!!)」
鈴木が、左手の親指でロック解除のレバーを弾いた!
『ガコンッ!!!!』
圧縮されたスプリングと、宇宙の謎テクノロジーが増幅したエネルギーが一気に解放され、左腕から巨大な鉄杭(H鋼)が、超音速で射出された!
『ゴワァァァァァァァァンッ!!!!』
凄まじい衝撃音と共に放たれた【ショルダー・パイルバンカー】が、42号のダイヤモンド装甲に真正面から激突。
一瞬の拮抗の後、超質量の物理打撃が硬度を上回り、分厚い甲羅を「バキィィィィンッ!」と粉々に打ち砕き、怪獣の胴体を完全に貫通した!
『ギャァァァァァッ!?』
装甲を失い、コアを貫かれた42号は、そのまま大爆発を起こして消滅した。
『……ば、馬鹿な。ビームをも弾く装甲を、ただの鉄の杭で……物理的に貫通しただと!?』
有線ケーブルを繋がれたままのGキャノンの中で、神崎が戦慄の表情でアースディフェンダーを見上げていた。
地下司令室では、炎城司令官が感動のあまりマフラーで顔を覆い号泣していた。
「見たか諸君!! これぞ男のロマン、パイルバンカー!! アースディフェンダーの鉄杭が、敵の絶対防御を紙のように貫いたのだ!! 鈴木ィ! 貴様の僧帽筋は鋼の滑車だぁぁっ!!」
広瀬が、肩こりをほぐしながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の超質量貫通兵器を解放! 電源コードに縛られたGキャノンを救出し、絶対装甲を粉砕!』でリリースします!!」
そして現場。
ボウリング場の裏手でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なシュラッグだったぜ! あれなら肩こりなんて一生無縁の、屈強な首回りになるな!」
しかし、背後からボウリング場の支配人の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! お前が磨いてた15ポンドのボール、全部なくなってるぞ! マイボールの窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【2万8千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、ピンの弾ける音に混じって虚しく響き渡る。
そして、見事な一撃で絶対装甲を粉砕した鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な杭打ちでしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、肩が……盛り上がりすぎて、首が埋まってます……」
『ええ。ところで、あなたが射出したあの巨大な鉄骨ですが。貫通した勢いそのままにお台場の地下深くまで突き刺さり、上下水道のメインパイプを完全に破壊しました』
「えっ」
『さらに、あなたが戦闘中にずっと【肩をすくめていた姿勢】ですが。「やれやれ、どうでもいいぜ」という海外ドラマのようなふざけたボディランゲージ(インサブオーディネーション)だと市民からクレームが入りました。これらの賠償金と減給処分として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと誠実な姿勢で、周りを見て杭を撃ってくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、握力、咬筋に加え、ついに【首が埋まるほどの異常な僧帽筋(肩回りの筋肉)】まで強制習得させられた鈴木。
電源ケーブルという致命的な弱点を抱えたGキャノンを尻目に、防衛省のブラック環境と宇宙人の極秘改造は、鈴木を「完全無欠のアナログ筋肉モンスター」へと、また一歩近づけていくのであった。




