第56話「黒船Gキャノンの沈黙(後編)と、時給1130円の廃バッテリー回収」
川崎・工業地帯。
華麗な二足歩行と精密なビーム射撃で、宇宙サラマンダー(40号)を瞬殺したGキャノン。その圧倒的な性能を前に、マスコミのカメラは一斉にフラッシュを焚き、市民は割れんばかりの歓声を送っていた。
『……完璧だ。これがトヨハタと国交省が導き出した、防衛の最適解』
後方の冷暖房完備コマンドカーの中で、神崎流星は優雅にエスプレッソのカップを置いた。
『さあGキャノン、勝利の敬礼ポーズで国民にアピールを――』
神崎がタブレットの「アピール・コマンド」をタップした、その瞬間。
『プシュゥゥゥ……』
Gキャノンのカメラアイの光が、まるで古いブラウン管テレビを切った時のようにフッと消え失せた。そして、高く掲げようとした右腕が「ガクンッ!」と力なく垂れ下がり、全身の関節から「プシューッ」と排気音を立てて、完全に沈黙してしまったのである。
『……なっ!? どうした、システムエラーか!?』
神崎がタブレットを乱打する。しかし、画面の中央には絶望的な赤い文字が点滅していた。
【SYSTEM SHUTDOWN:BATTERY 0%】
『ば、馬鹿な! 出撃してからまだ【3分】しか経っていないぞ!』
通信機越しに、トヨハタ自動車の開発エンジニアが泣きそうな声で報告してきた。
『か、神崎さん! Gキャノンの量子AIの並列処理と、50トンの機体を二足歩行させるための姿勢制御モーターの電力消費が、想定を遥かに超えていました! しかもビーム・キャノンまで撃ったため、搭載していた【国家予算規模の超大容量バッテリー】が、わずか3分でスッカラカンです!』
『スマートフォンより持ちが悪いじゃないか!! どうやって基地に帰るんだ!?』
『む、無理です! 再充電には専用の変電所からケーブルを引いて、丸3日かかります!』
最新鋭の巨大ロボットは、ただの「重すぎる鉄のオブジェ」と化してしまったのだ。
その時。
ゴゴゴゴゴゴッ!! と工業地帯の大地が揺れ、粉砕されたはずの40号のクレーターから、さらに一回り巨大な【全長60メートルの超・宇宙サラマンダー(41号)】が、マグマのような灼熱の炎を纏って這い出してきた!
『ギャオォォォォォォッ!!』
つがいを殺された怒りに狂う41号が、沈黙してピクリとも動かないGキャノンに向けて、数千度の火炎弾の装填を始めた。
『ああっ! Gキャノンが的になっている! 神崎さん、逃げてください!』
『くそっ……! 動け! 動けトヨハタの技術の結晶!!』
絶体絶命のピンチ。
そこへ、「ピーッ! ピーッ! ピーッ!」と間抜けな犬のオモチャの音を鳴らしながら、アースディフェンダーが立ちはだかった。
「(ガギュッ! ギギギギギッ!)」
コクピットの鈴木は、相変わらずバランスボールの上で前傾姿勢を維持し、つま先で【高速ペダリング】、かかとで【ブラストビート】、両手で【150キロのハンドグリッパー】を握り潰し、首で【索敵】をしながら……
熱中症を防ぐため、目の前の【大型犬用ゴムボーン】を、鬼の形相で「ムシャァァァッ!」と全力で咀嚼し続けていた。
地下司令室では、炎城司令官が狂喜乱舞していた。
「ハッハッハ! 見たか! AIだのビームだの、金に物を言わせた小手先の技術など、たった3分で底をつくのだ!!」
炎城が真っ赤なマフラーを振り回す。
「だが! 我が防衛省のアースディフェンダーには、バッテリー切れなど存在しない! なぜなら、パイロットの【筋肉とカロリー】こそが無限の動力源だからだ!! 行け鈴木ィ! 貴様の底なしのアナログパワーで、あの灼熱のトカゲを鎮火せよ!!」
しかし、現場の鈴木は涙目だった。
「(鎮火って言っても、こっちの武器は空気砲と膝のノコギリだけだぞ! 近づいたら熱でガムテープが溶けるぅぅぅっ!)」
その時、鈴木が噛みちぎらんばかりに咀嚼しているゴムボーンの奥に、新たなメモが貼られているのを発見した。
『パイロットの同志へ。その骨を、己の顎が砕けるほどの力で噛みしめよ。咀嚼の限界を超えた時、冷風の矛先は外界へと反転する。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! ついにクーラーの風まで武器にするのかぁぁぁっ!!」
鈴木は覚悟を決めた。
迫り来る41号の数千度の炎に対抗するには、自分の顔面を冷やしているこの「カーエアコンの冷風」をぶつけるしかない!
「(顎関節症になっても知るかぁぁぁっ!!)」
鈴木は、両顎の【咬筋】と【側頭筋】のストッパーを完全に外し、耐荷重数トンのゴムボーンを「ガギィィィィィィンッ!!」と、常軌を逸したスピードと怪力で噛み砕き始めた!!
「(痛いぃぃぃっ!! 顎が! エラが四角く進化してしまうぅぅぅっ!!)」
鈴木の異常な咀嚼エネルギーがダイナモを限界突破で回し、コクピット内の冷却ファンが「ギュオォォォォォォンッ!!」と悲鳴を上げて逆回転を始めた。
すると、パイロットを冷やすためだったマイナス20度の冷気が、機体の胸部に設置された排気ダクトを通じて、外部へ向けて凄まじい勢いで一気に噴射されたのである!!
『ブリザァァァァァァァァァドッ!!!!』
アースディフェンダーの胸から放たれた【絶対零度の超冷風】が、41号の吐き出そうとしていた火炎弾を真正面から相殺。
さらに冷気は止まらず、宇宙サラマンダーの全身を包み込み、マグマのように熱かった体を「パキパキパキッ!」と一瞬にして氷漬けにしてしまった!
「い、いまだぁぁぁっ!!」
鈴木は咀嚼を続けながら、限界まで引き絞っていた左手のヒモを解放し、氷漬けの41号に向けて空気砲を発射!
『ボジュォォォォォォォォンッ!!!』
圧縮空気弾が直撃し、凍りついた宇宙サラマンダーは、まるでガラス細工のように美しく粉々に砕け散ったのである。
『……ば、馬鹿な。バッテリー駆動すらしていないただのガムテープの塊が、無限に冷気を放ち続けるだと……?』
機能停止したGキャノンの足元で、コマンドカーから這い出してきた神崎が、戦慄の表情でアースディフェンダーを見上げていた。
地下司令室では、炎城司令官が感動のあまり机を噛み砕きそうになっていた。
「勝った! 完全勝利だ諸君!! これが人力の底力! 鈴木の強靭な顎が、最新鋭のAIとバッテリーを打ち破ったのだ!! ざまあみろトヨハタ自動車!!」
広報の広瀬が、冷や汗を拭いながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の永久機関(無限咀嚼システム)により絶対零度のブリザードを展開! バッテリー切れのGキャノンを救出し、防衛省の完全優位を証明!』でリリースします!!」
その日のニュースは、動けなくなったGキャノンの無様な姿と、「無限の体力で戦い続けるアースディフェンダー」の対比で持ちきりとなった。国交省の威信は地に落ち、防衛省の来期の予算(微増)が奇跡的に確保されたのである。
そして現場。
川崎の工業地帯の片隅で、軽トラの荷台に重いバッテリーを積んでいた青年――巨大未確認生物3号が、汗を拭いながらガッツポーズをした。
(時給1130円の『廃バッテリー回収バイト』! 鈴木のおっさん、見事な咬筋の働きだったぜ! これで防衛省のロボットも安泰だな!)
しかし、背後から回収業者の親方の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! お前、さっきからテレビに映ってるあのGキャノンとかいうロボットのところに行って、あのデカいバッテリー引っこ抜いてこい! あれ売ったら大儲けだぞ!」
「えっ、いや、あれは国の所有物で……窃盗になっちゃうだろ!」
「口答えすんな! 行かないなら今日のバイト代は無し、さらにペナルティとして給料から【2万円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、排気ガスの匂い漂う工業地帯に虚しく響き渡る。
そして、見事な「噛み付き」で国交省の鼻を明かし、地球を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事なエアコンの逆噴射でした』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、顎が……筋肉痛すぎて、口が1ミリも開きません……ウィダーインゼリーすら飲めない……」
『ええ。ところで、あなたが戦闘中に冷却ガスを外部へ大量放出しましたが。あれは【フロン排出抑制法】に抵触する深刻な環境破壊行為です』
「えっ」
『さらに、あなたがGキャノンを見下ろすように犬のオモチャを「ピーッ!」と鳴らし続けたことは、他省庁への著しい侮辱行為とみなされ、国交省から正式な抗議状が届きました。これらの罰金として、今月の給与から【4万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっとフロンガスに配慮し、謙虚な態度で咀嚼してくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、握力、そしてついに【鉄をも噛み砕くワニのような咬筋(顎の力)】まで強制習得させられた鈴木。
最新鋭のAI兵器すらも凌駕する「完全なるアナログ生体ロボット」のコアとして、彼の肉体はもはや、地球上で最も過酷に鍛え上げられたアスリートの領域へと完全に足を踏み入れていたのである。




