第55話「黒船Gキャノン大地に立つ(前編)と、時給1050円のペットショップ店員」
その日の朝、日本の全テレビ局が特別番組を組み、一つの「歴史的発表」を大々的に報じていた。
画面に映し出されているのは、国土交通省の巨大な格納庫。そして、無数のフラッシュを浴びながら得意げにマイクを握る、トヨハタ自動車の社長と国交省の大臣の姿である。
『国民の皆様。かつて我々が開発したキャタピラ式兵器Gタンクは、あくまでデータ収集用のプロトタイプに過ぎませんでした』
社長がニヤリと笑い、背後の巨大な幕が振り落とされた。
『見よ! これが国交省の莫大なインフラ防衛予算と、我がトヨハタの全技術力を結集した真の姿! 完全自律AI搭載・二足歩行型汎用兵器……その名も【Gキャノン】です!!』
姿を現したのは、全高45メートル、白と流線型の装甲に包まれた、まるで未来の騎士のような二足歩行ロボットだった。両肩には巨大な連装ビーム・キャノンを備え、背部には姿勢制御用のスラスターが輝いている。
『最大の特徴は、パイロットが不要であること。最新鋭の量子AIが自己学習し、自らの足で歩き、走り、飛びます。もう、どこかの防衛省のように、生身の人間を中で汗水垂らしてペダルを漕がせるような、非人道的で前時代的なシステムは必要ないのです!』
防衛省の地下司令室は、水を打ったような静寂に包まれていた。
メインモニターに映るGキャノンの滑らかな歩行デモンストレーションを見て、整備班の高橋は絶望の声を漏らした。
「……二足歩行……。しかも、牽引車も自転車のペダルも使わず、完全にモーターとAIだけで滑らかに歩いている……」
「おのれぇぇぇっ! 企業と官僚の癒着が生んだ悪魔のオモチャめ!!」
炎城司令官が、怒りでモニターを叩き割らんばかりに叫んだ。
「AIだと!? そんな計算機に、地球を守る熱き魂が宿るというのか! 兵器とは、パイロットの血と汗と涙の結晶であるべきだ!」
氷室査察官が、冷ややかな視線でGキャノンのスペック表をスワイプする。
「感情論は無意味です。開発費およそ八千億円。防衛省の予算を遥かに凌駕する国家プロジェクトです。さらに、Gキャノンの運用にあたり、あの神崎流星はパイロットから『戦術指揮官』へと昇格し、安全な移動指令車の中からタブレット一つで機体を遠隔操作するそうです」
インカムから、怨念と疲労の入り混じった鈴木の声が響いた。
『……最高じゃないですか。もう、地球の防衛は国交省に任せましょうよ。俺は毎日、バランスボールの上でエアロフォルムを取りながら、手足と首と腹筋をバラバラに動かして、口にシュノーケル咥えてるんですよ。昨日はついに、寝ている間に両足が勝手に自転車を漕ぐ動きをして、布団を突き破りました。俺はもう、休みたいんです……』
「甘えるな鈴木ィ! 魂の入っていないブリキの人形に、我々アースディフェンダーの泥臭い意地を見せつけてやるのだ!!」
『意地だけで関節の軟骨は再生しないんですよぉぉぉっ!』
一方その頃。
都内の大型ペットショップ。犬猫のフードコーナーで、エプロン姿の青年――巨大未確認生物3号が、商品の品出しを行っていた。
(時給1050円の『ペットショップ店員バイト』! 動物に癒やされるし、5号(宇宙犬)のお土産にジャーキーも安く買える。平和なバイトだぜ)
彼が大型犬用のオモチャコーナーを整理していると、商品棚の裏側から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、店からくすねたばかりの【超大型犬用のめちゃくちゃ硬いゴム製骨型オモチャ(噛むとピーッと鳴る)】と、廃車工場から拾ってきたであろう【カーエアコン用の冷却ファンとラジエーター】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に店の売り物を!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーのコクピットは、あの熱風を放つドラム缶のせいで、現在室温が50度を超えている。あのままではパイロットが熱中症で死んでしまうだろう」
「た、確かに! おっさん、サウナでペダル漕いでるようなもんだもんな! ついにクーラーをつけてくれるのか!」
「ああ。この冷却ファンをコクピットに設置し、口元のシュノーケルの横に、この硬いゴムの骨を吊るす。パイロットがこの骨を【全力で噛み砕くように咀嚼】すれば、その顎の運動エネルギーがダイナモを回し、強烈な冷風が顔面に吹き付けるシステムだ!」
「……おっさんの顎の骨、砕けないよな?」
「安心しろ。大型の土佐犬が本気で噛んでも壊れない硬さだ。あのパイロットの【咬筋】と【側頭筋】は、明日にはワニ並みになるだろう」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーのコクピットの天井にカーエアコンのファンをガムテープで固定し、鈴木の顔の目の前に、極太のワイヤーで「巨大なゴムの骨」をぶら下げたのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、スマホの画面で新作ソシャゲのガチャを引きながら報告した。
『川崎の工業地帯に、巨大未確認生物40号が出現! 全長45メートルの【宇宙サラマンダー】です! 全身から数千度の炎を吹き出しながら、コンビナートへ向けて猛スピードで突進しています!』
「出たな炎のトカゲめ! 出撃だ鈴木ィ! Gキャノンに遅れをとるな!」
川崎・工業地帯。
宇宙サラマンダー(40号)が、口から灼熱の火炎弾を吐き出しながら、四つ足で俊敏に走り回っていた。
そこへ、上空から巨大な国交省の輸送機が飛来した。
『――Gキャノン、降下開始』
後方数キロに停めた冷暖房完備の最新鋭コマンドカーの中で、神崎流星がエスプレッソを傾けながらタブレットをタップした。
ズシィィィンッ!!
輸送機からパラシュートも無しに飛び降りたGキャノンが、完璧なショックアブソーバーの屈伸で着地の衝撃を殺し、大地に降り立った。その動きは、アースディフェンダーのようなガムテープのきしみ音など一切ない、無音で滑らかなものだった。
『AI戦闘モード、起動。ターゲット、殲滅せよ』
Gキャノンが動いた。
背部のスラスターが青白い光を放ち、二本の足が大地を蹴る。まるで陸上選手のような美しいフォームで、Gキャノンは40号に向かって時速150キロで猛ダッシュしたのだ。
『ギャウゥゥゥッ!』
宇宙サラマンダーが火炎弾を連射する。
しかしGキャノンは、足元のステップを小刻みに踏み替え、まるで踊るように火炎弾をすべてミリ単位で見切って回避した。バランスボールの上で人間が必死に腰を振るのとは次元が違う、AIの完璧な演算による回避だった。
「な……なんだあの滑らかな動きは!?」
遅れて「ギゴ……ギゴ……」と到着したアースディフェンダーのコクピットで、鈴木が目を見開いた。
Gキャノンは空中に高く跳躍すると、両肩の連装ビーム・キャノンを40号の頭部にロックオン。
『ズドバァァァァァァンッ!!!』
一寸の狂いもない精密射撃が、宇宙サラマンダーの顔面を正確に撃ち抜き、大爆発を起こさせた。
圧倒的。あまりにも圧倒的で、無駄のない勝利。
周囲で避難誘導にあたっていた市民から、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「すごいぞGキャノン!」「防衛省のポンコツ自転車ロボットなんか、もういらないじゃないか!」
その歓声を、コクピットの中で聞きながら、鈴木は地獄の釜茹でに遭っていた。
「(あ、暑い……! 暑すぎる!!)」
背中に積まれたドラム缶のせいで、コクピット内は完全にサウナ状態。息をするだけで肺が焼けそうだ。
汗が滝のように流れ落ち、鈴木の意識が朦朧とし始めたその時。
目の前にぶら下がっている【巨大な犬用のゴム骨】に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。熱気に屈するな。その骨に食らいつき、獣のように噛み砕け。君の顎の躍動が、オアシスの風を呼ぶ。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! 今度は顎(咬筋)の酷使かぁぁぁっ!!」
鈴木は熱中症の恐怖に駆られ、狂ったようにそのゴムの骨に噛み付いた。
「ガギュッ! ギギギギギギッ!!」
硬い! 常人の顎では全く歯が立たないほどの硬さだ。
しかし、鈴木は全身のマルチタスク(ペダル、手回し、ブラストビート、バランスボール等)を維持したまま、顔面を真っ赤にして、そのゴムの骨を「ムッシャァァァ! ムッシャァァァ!」と全力で咀嚼し始めた!
すると、顎の筋肉の動きに連動して天井のファンが「ブォォォォンッ!」と回り出し、鈴木の顔面にキンキンに冷えた冷風が吹き付けたのである。
「(涼しぃぃぃぃっ!! でも顎が! エラがちぎれるぅぅぅぅっ!!)」
Gキャノンが華麗な勝利のポーズを決め、マスコミのフラッシュを浴びているその後ろで。
防衛省のアースディフェンダーは、一歩も動かず、ただパイロットが顔面を痙攣させながら「ピーッ! ピーッ!」と犬のオモチャを猛烈な勢いで噛み鳴らすという、あまりにも惨めで奇妙な姿を晒していた。
地下司令室では、炎城司令官が敗北感に打ちのめされ、膝から崩れ落ちていた。
「負けた……。完全敗北だ……。あのスマートな機動性……我が防衛省の泥臭い気合いが、AIの計算に負けたというのか……!」
氷室査察官が冷ややかにタブレットを閉じる。
「これで来期の防衛省解体は決定的ですね。私たちは国交省の下請けとして、瓦礫の片付けでもすることになるでしょう」
そして現場。
ペットショップのテレビで中継を見ていた3号は、悔しそうに拳を握った。
「くそっ……! あのGキャノンってやつ、強すぎる! 鈴木のおっさんの出番が全くなかったじゃないか!」
そこへ、店長の怒号が響き渡った。
「おいシルバァ! お前が品出ししてた大型犬用の特大ゴムボーン、一個消えてるぞ! しかも中継に映ってるあのポンコツロボットから、うちの商品と同じ『ピーッ』って音が鳴ってるじゃないか! 弁償代として、今月の給料から【1万5千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、ドッグフードの匂い漂う店内に響く。
そして、ただ熱中症を防ぐためだけに顎を酷使した鈴木にも、氷室査察官からの容赦ない通達が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様でした。見事な見物でしたね』
「(ガクガクガク……)ひ、氷室、査察官……俺の、顎が……外れそう……」
『ええ。ところで、あなたが戦闘中にコクピットで何かを【ムシャムシャと食べていた】ことが、一部のマスコミのカメラに抜かれていました』
「えっ」
『勤務中の飲食行為、および「防衛省のロボットが犬のオモチャの音を出して遊んでいる」という致命的なイメージダウンの罰金として、今月の給与から【3万円】を天引きさせていただきます。次はもっと静かに、行儀よく噛んでくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、握力に加え、ついに【ワニ並みの凄まじい咬筋力(噛む力)】まで強制習得させられた鈴木。
圧倒的なGキャノンの登場により、アースディフェンダーと鈴木の存在意義は完全に失われたかに見えた。
しかし、テレビカメラが一斉に背を向けたその直後。勝利のポーズをとったまま微動だにしないGキャノンの内部で、神崎流星のタブレットに【致命的なエラーコード】が点滅し始めていることに、まだ誰も気づいていなかったのである。
(後編へ続く)




