第53話「極秘のバイス・クラッシュと、時給1250円のマグロ運搬」
防衛省の地下司令室。
年が明け、底冷えのする一月。炎城司令官は、メインモニターに映るアースディフェンダーの過去の戦闘データを見ながら、熱い鼻息を噴き出していた。
「ぬぉぉぉ……! 足りん! まだ足りんぞ!!」
炎城が、新春の書き初めのように力強く机を叩く。
「Gタンクは遠距離のミサイルと重装甲に頼りきっている! だが、真の男の戦いとは、敵の胸倉を掴み、力でねじ伏せる【圧倒的な握力】にある! アースディフェンダーの腕はただの塩ビパイプ……あれでは敵を掴むことすらできん! 万物を握り潰す強靭な『手』が必要なのだ!」
氷室査察官が、福袋で買ったであろう新品のタブレットを冷ややかにスワイプする。
「五指を独立して動かす超精密マニピュレーターなど、開発費だけで数百億円が吹き飛びます。我が防衛省の予算は、今年度も無事にゼロです。敵にハグでもして宥めますか?」
「馬鹿者! 握力とは心の力! パイロットの魂の握りで、鉄をもひしゃげるのだ!!」
インカムから、鈴木の怨念のような声が響いた。
『……あの。俺、もう両手は【シールドのクランク回し】と【空気砲のヒモ引き】で塞がってるんですけど。さらに指先まで酷使しろって言うんですか。千手観音じゃないんですよ俺は……』
「掌が空いているだろうが鈴木ィ! 漢なら、すべての指の関節で平和を掴み取れぇぇっ!」
一方その頃。
凍てつく早朝の豊洲市場。長靴とゴムエプロンを身につけた青年――巨大未確認生物3号が、巨大な冷凍マグロを軽々と運んでいた。
(時給1,250円の『水産市場の荷揚げバイト』! 朝が早くて極寒だが、宇宙人のパワーなら冷凍マグロの100キロや200キロ、片手で余裕だぜ)
彼がマグロを並べていると、競りの影から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、市場からくすねた【マグロの解体用巨大フック(手鉤)】と、どこかの筋トレマニアから奪ってきたであろう【耐荷重150キロの超・剛腕用ハンドグリッパー】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に市場の道具を!」
「フフフ。シルバァ、アースディフェンダーの次なる進化は【極限の握力】だ。あのポンコツの塩ビパイプの手にこの巨大フックを仕込み、コクピットの操縦桿に、この悪魔のハンドグリッパーを取り付ける!」
「ハ、ハンドグリッパー? あの、握力鍛えるカチャカチャするやつか?」
「そうだ! パイロットがこのバネを全力で握りしめるたび、ワイヤーが連動して機体の指が万力のように閉じる! パイロットの【前腕筋群】が、あらゆる怪獣の装甲を握り潰すプレス機となるのだ!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーの両手に巨大なマグロ用フックをガムテープで固定し、コクピットのダミー操縦桿のグリップ部分を、鋼鉄のバネでできた【超極悪ハンドグリッパー】にすげ替えたのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
佐藤が、スマホでおみくじを引きながら(小吉)報告した。
『東京湾アクアラインの海ほたる付近に、巨大未確認生物38号が出現! 全長50メートルの【宇宙クラーケン(巨大イカ)】です! 無数の触手でアクアラインを締め上げ、橋を分断しようとしています!』
「出たな軟体怪獣め! 出撃だ鈴木ィ!」
東京湾・海ほたる。
宇宙クラーケン(38号)が、ヌルヌルとした巨大な触手でアクアラインの橋脚に巻き付き、「メキメキメキッ……!」とコンクリートを粉砕しようとしていた。
そこへ、波を蹴立ててGタンクが到着する。
『――ふん。たかがイカだ。トヨハタの全方位放電システムで、黒焦げのイカ焼きにしてやる』
神崎流星のクールな声と共に、Gタンクの表面から数万ボルトの電流が放たれた。
しかし!
『な……!? 放電が効かない!? 奴の体表から分泌されている粘液は、完全な【絶縁体】だと!?』
電撃を無効化された隙に、38号の巨大な触手がGタンクの砲塔とキャタピラに巻き付いた。
『ギギギギギギッ!』
『チッ……! 締め付けの圧力が異常だ! 装甲が軋んでいる……! 触手がヌルヌル滑って、ミサイルのロックオンも定まらん!』
そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。
「神崎! 触手を引き剥がすぞ!」
鈴木がシュノーケルを咥えたまま叫ぶ。
『来るなポンコツ! あの触手は表面が特殊な粘液でコーティングされている! そのガムテープの腕で掴もうとしても、ツルリと滑るだけだ!』
その時、鈴木の手元――今までダミーだったはずの操縦桿が、異様に硬い【鋼鉄のハンドグリッパー】に変わっており、そこに貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。その鋼のバネを握り潰せ。君の前腕の唸りが、逃れられぬ死の万力となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! 今度は握力(前腕筋群)の破壊かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望しながらも、左右のハンドグリッパーに指をかけた。
そして、バランスボールの上で【重心を保ち】、つま先で【高速ペダリング】、かかとで【ブラストビート】、首で【索敵】、脇で【パタパタ(熱源)】、口で【シュノーケル呼吸】をしながら……
ついに、左右の手に握った耐荷重150キロのハンドグリッパーを「ギギギギギギッ!!」と全力で握り込み始めたのである!!
「(腕が! 前腕が爆発するぅぅぅぅっ!! ポパイみたいに腕が膨れ上がってるぅぅっ!!)」
鈴木の前腕(腕橈骨筋)に、異常な量の血液が流れ込み、血管がバキバキに浮き上がる。
鈴木が常軌を逸した握力でグリッパーを握り潰した瞬間、アースディフェンダーの両手に仕込まれたマグロ用フックが、クラーケンの粘液を貫通し、触手の肉に「ガシィィィィッ!!」と深く、そして強烈に食い込んだ!
『ギャピィィィィッ!?』
絶縁粘液など関係ない。純粋な物理的・暴力的な【握力】が、クラーケンの触手を万力のように挟み込んで離さない!
「いっけぇぇぇぇっ!!」
鈴木は、触手を掴んだまま、バランスボールの上で機体を大きくのけぞらせた。
アースディフェンダーが、50メートルの巨大イカを、Gタンクごと海面から「ズバァァァンッ!」と一本背負いのように引っぺがし、空高く放り投げたのだ!
「な……あのポンコツが、何万トンあるかわからない怪獣を、純粋な『握力』と『背筋』だけで投げ飛ばしただと!?」
Gタンクの中で、神崎が信じられないものを見る目で震えていた。
「(今だぁぁぁっ!!)」
鈴木は、限界まで引き絞っていた左手のヒモを解放し、空中のクラーケンに向けて空気砲を発射!
『ボジュォォォォォォォォンッ!!!』
無防備な空中で圧縮空気弾をモロに食らった宇宙クラーケンは、見事に粉砕され、東京湾にイカリングの雨を降らせた。
地下司令室では、炎城司令官が感動のあまり机の角を素手でへし折っていた。
「見たか諸君!! これぞ男の握力!! アースディフェンダーの鉄の爪が、敵の軟体をねじ伏せたのだ!! 鈴木ィ! 貴様の前腕は鋼鉄のワイヤーだぁぁっ!!」
広瀬が、イカの匂いを想像しながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の超高圧バイス・クラッシャーにより、絶体絶命のGタンクを力技で救出! 海の平和をガッチリキャッチ!』でリリースします!!」
そして現場。
豊洲市場の裏手でスマホを見ていた3号は、満足げに頷いた。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なクラッシュ・グリップだったぜ! あれならリンゴどころか、クルミでも片手で粉砕できるな!」
しかし、背後から仲卸業者の大将の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! お前が使ってた特大のマグロ用フックが二本ねえぞ! 商売道具の窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【2万2千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、カモメの舞う豊洲の空に虚しく響き渡る。
そして、見事な握力で怪獣を投げ飛ばした鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様です。見事な一本背負いでした』
「ひ、氷室、査察官……俺の、前腕が……痙攣して、手がパーに開きません……」
『ええ。ところで、あなたが戦闘中に力任せに引きちぎったあのイカの触手ですが。東京湾の生態系を脅かす【無許可の海洋生物の捕獲・解体行為】とみなされ、漁業協同組合から猛烈なクレームが入りました』
「えっ」
『密漁の罰金、および機体の手にマグロ用の手鉤(凶器)を仕込んでいた銃刀法違反スレスレの警告として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はちゃんと漁業権を取ってから、優しく掴んでくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、前傾姿勢、大胸筋に加え、ついに【リンゴを粉砕するほどの異常な握力と、丸太のような前腕筋群】まで強制習得させられた鈴木。
ブラック防衛組織と宇宙人のコラボレーションは、彼を「最強のロボットパイロット」という名の、人間離れした筋肉の化物へと、容赦なく作り変え続けていくのであった。




