第52話「極秘のサーマル・ブラストと、時給1150円の焼き芋販売」
防衛省の地下司令室。
十二月に入り、都内を激しい寒波が襲う中、司令室のコンクリート壁はまるで冷凍庫のように冷え切っていた。それもそのはず、氷室査察官が「冬期の暖房費は防衛予算を著しく圧迫する」という理由で、基地内の主電源を完全にシャットダウンしていたからである。
「ぬぉぉぉ! 寒い! だがこの寒さこそが、己の中の赤き炎を燃え上がらせる薪となるのだぁぁっ!!」
新司令官・炎城烈火が、真っ赤なマフラーを通常の三倍の長さ(三メートル)にして首にぐるぐる巻きにしながら、ガタガタと震えつつ叫んだ。
「諸君! Gタンクの神崎流星め、連日のテレビ出演で『冬の寒さなど、トヨハタのハイブリッドシートヒーターの前には無力』と豪語しておる! 軟弱な温水シートに座る者に、真の地球防衛は任せられん! 鈴木ィ! 貴様は今、どうやって寒さに耐えているかぁぁっ!」
インカムの向こうから、歯の根も合わないほどの鈴木の激しい震え声が響いてきた。
『(ガタガタガタガタ)……し、司令官……。コクピットの中、完全にマイナスの世界です……。吐く息が白すぎて、前傾姿勢を取るとアクリル窓が結露で何も見えません……。しかも、関節のガムテープが寒さでカチカチに凍って、動くたびにパキパキって不穏な音が……(ガタガタガタ)』
「耐えろ鈴木ィ! 凍える肉体の中にこそ、爆発的なエネルギーが眠っているのだ!」
『心臓が止まるわぁぁぁっ!!』
その頃。
夕暮れ時の阿佐ヶ谷の商店街で、軽トラックの荷台から「い〜しや〜きいも〜、お腹のすいた方に〜」とチープなアナウンスを響かせている青年がいた。
ジャージの上にドカジャンを羽織った、巨大未確認生物3号である。
(時給1,150円の『石焼き芋の移動販売バイト』! 寒い冬には最高の仕事だし、余った焼き芋をまかないで貰えるから、5号(宇宙犬)の冬のオヤツ代も浮くぜ)
3号がホクホクの焼き芋を新聞紙に包んでいると、軽トラの助手席の影から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、店の備品である【鉄製の予備ドラム缶(芋焼き釜)】と、灯油タンクからくすねてきた【手動式の灯油サイフォンポンプ(赤いシュポシュポ)】が二本握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に店の備品を! 社長に怒られるだろ!」
「フフフ。シルバァ、地球の冬という季節は、あのポンコツロボットにとって致命的な弱点だ。ガムテープの粘着材は氷点下で硬化し、強度がゼロになる。そこで、このドラム缶の熱交換器と灯油ポンプを用いて、アースディフェンダーに【極秘の熱源】を実装する!」
「お、熱源! 鈴木のおっさんを温めてやるんだな!?」
「いや、ただ温めるだけではない。パイロットの【大胸筋と広背筋】を極限まで酷使し、その運動エネルギーで熱風を噴射する、攻防一体のシステムだ。……あのパイロットの胸板は、明日にはゴリラ並みになるだろう」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ忍び込んだ。
ハカセイダーは、アースディフェンダーの背中の塩ビパイプの隙間に、巨大な鉄製ドラム缶をガムテープで強引に固定。そして、コクピットの鈴木の座るバランスボールの左右の壁から、鈴木の【両脇の下】にぴったりフィットする位置に、二本の手動式灯油ポンプ(シュポシュポ)を突き出させたのである。
翌日。
『緊急事態発生です!』
ナビゲーターの佐藤が、スマホの画面に手袋をはめたまま、タッチペンでキャラクターの育成を行いながら報告した。
『秩父の山間部に、巨大未確認生物37号が出現! 全長40メートルの巨大な【宇宙ツララ(アイス・ゴースト)】です! 奴は周囲の熱エネルギーを一瞬で奪い去り、半径5キロメートルを氷点下50度の極寒地獄に変えています!』
「出たな、冬の悪魔め! 出撃だ鈴木ィ! 貴様のケイデンスで秩父の氷を溶かせ!」
秩父・山間部。
宇宙ツララ(37号)が「キィィィィン……」と不気味な高音を放つたびに、周囲の木々が瞬時に凍りつき、ガラスのように砕け散っていた。
そこへ、地響きを立ててGタンクが猛スピードで現れた。
『――ふん。寒波ごとき、トヨハタの全天候型・超低温耐性装甲の前にはただの涼風だ』
神崎流星がニヒルに笑い、Gタンクの主砲を37号に向けた。
しかし、引き金を引こうとした瞬間、Gタンクの駆動部から「ギチチチッ……」と異常な金属音が上がった。
『な……!? 氷点下50度だと!? キャタピラの潤滑油が完全に凝固した! 砲塔の旋回モーターも凍りついて動かん! AIのシステムも低音でフリーズした……!』
最先端技術の結晶であるGタンクは、極限の超低温の前に、ただの「動かない鉄の塊」と化してしまったのだ。
そこへ、「パキ……パキ……」と凍りついたガムテープを鳴らしながら、満身創痍のアースディフェンダーが到着した。
鈴木はバランスボールの上でガタガタと震えながら、シュノーケルを咥えて叫んだ。
「(寒すぎる! 息を吸うだけで肺が凍る!)神崎、大丈夫か!」
『来るなポンコツ……! お前のようなハリボテ、この寒さのなかに一歩入れば、すべての関節が凍り割れて爆散するぞ……!』
神崎の言う通り、アースディフェンダーの右膝の丸ノコも、左腕の空気砲も、すべて寒さでカチカチに凍りついて機能していなかった。
その時、鈴木の両脇の下――昨日までなかったはずの、あの【赤い灯油ポンプ(シュポシュポ)】のレバーの横に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。凍えるな。両の脇に挟んだ管を、鳥の如く激しくパタパタと開閉させよ。君の大胸筋の躍動が、凍てついた世界を溶かす熱波となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! 今度は鳥の真似をしろって言うのかぁぁぁっ!!」
鈴木は覚悟を決め、両脇の下に灯油ポンプのレバーをガッチリと挟み込んだ。
そして、前傾姿勢を維持し、つま先で【自転車のペダルを高速回転】させ、かかとで【BPM200のブラストビートを刻み】、右手で【シールドのクランクを回し】、頭の【20キロのヘルメットで首を振り】ながら……
ついに、両腕を大きく広げ、脇を「パタパタパタパタパタパタッ!!!」と猛烈な勢いで上下に開閉し始めたのである!!
「(大胸筋が! 広背筋が! 脇の下のリンパが痛いぃぃぃぃっ!!)」
鈴木の肉体が、もはや人間を完全にやめた「ワンマン・超高速・鳥人間運動」に突入する。
鈴木が脇をパタパタさせるたびに、灯油ポンプが高速でシュポシュポと作動し、背中の巨大ドラム缶へ空気を猛烈に送り込む。すると、宇宙の未知のテクノロジーによって増幅された摩擦熱と圧縮エネルギーが、背中のドラム缶の中で一気に超高熱へと変換された!
『ボォォォォォォォォォォォンッ!!!!!』
アースディフェンダーの背中と足元から、推定温度3000度を超える【超高熱の熱風】が、凄まじい勢いで噴射された!
その熱波のドームが、氷点下50度の世界をまたたく間に春の陽気へと変えていく。
「な……なんだあの熱量は!? センサーが計測不能なほどの熱風だ!」
Gタンクの神崎が、凍りついたコクピットの中で窓の外を見つめて絶叫した。
アースディフェンダーが鳥のように両腕をパタパタさせるたびに、周囲の氷がみるみるうちに溶け、宇宙ツララ(37号)の体そのものが、ストーブの前の氷細工のように「ジュワァァァァ……」と溶け出し、最後にはただの水たまりとなって消滅してしまったのである。
さらに、その熱風によってGタンクのキャタピラの潤滑油も溶け、神崎の機体も奇跡的に救出された。
地下司令室では、炎城司令官が感動のあまり服を脱ぎ捨て、上半身裸になって号泣していた。
「見たか諸君!! アースディフェンダーが命の熱波を放ったぞ!! 鈴木が鳥のように羽ばたく姿、あれこそが地球の生命力の象徴だぁぁっ!!」
広報の広瀬が、暑さに顔を赤くしながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の超高熱サーマル・ブラスト・システムにより、寒波怪獣を完全消滅! Gタンクの危機をまたしても救う!』でリリースします!!」
そして現場。
焼き芋の移動販売車の横でスマホを見ていた3号は、ドカジャンを脱ぎながらガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事な大胸筋の躍動だったぜ! あれならどんな極寒の冬でも、暖房なしで生き抜けるな!」
しかし、背後から焼き芋屋の社長の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! お前、予備のドラム缶と灯油ポンプをどこへやった! 備品横領だ! 弁償代として、今月の給料から【3万円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、秩父の山々に虚しく響き渡る。
臨時のまかない焼き芋も没収され、彼の財布は極寒の冬を迎えた。
そして、見事なパタパタ運動で世界を救った鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様です。見事な熱風噴射でした』
「ひ、氷室、査察官……俺の、大胸筋が……パンパンで、腕が前に倣えの姿勢から動きません……」
『ええ。ところで、あなたが戦闘中に無断で行っていたあの【両腕をパタパタさせる行為】ですが。防衛省の公式パイロットが「コマネチ」か「コケコッコー」の真似をしているとSNSで拡散され、我が組織の品性を著しく貶めたと判断されました』
「えっ」
『品位保持規程違反による減給、および機体に不法な熱源(ドラム缶)を設置したことによる環境汚染ペナルティとして、今月の給与から【4万円】を天引きさせていただきます。次はもっと静かに、品良く羽ばたいてくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、肺活量、前傾姿勢、そしてついに【ゴリラ並みの強靭な大胸筋と広背筋(上半身のバネ)】まで強制習得させられた鈴木。
ブラック防衛組織の理不尽な天引きと宇宙人の極秘改造は、鈴木の肉体を、本人の預かり知らぬところで「無敗の超人アスリート」へと、一歩ずつジワジワと完成させていくのであった。




