第51話「極秘のブラスト・バズソーと、時給1090円のライブハウス清掃」
防衛省の地下司令室。
木枯らしの季節が深まる十一月、炎城司令官はメインモニターを血走った目で見つめながら、机をバンバンと叩いていた。
「ぬぉぉぉ……! 斬撃だ!! アースディフェンダーには、敵を真っ二つに両断する【必殺の剣】が足りん!!」
炎城が真っ赤なマフラーを握りしめて熱弁を振るう。
「Gタンクは、その巨大なキャタピラと重量で敵を『轢き潰す』ことができる! だが、我が機体は遠距離の空気砲か、泥臭いアッパーカットしかない! スーパーロボットたるもの、白兵戦で敵の装甲を切り裂く『プラズマ・ブレード』のようなロマン武器が必要なのだ!!」
氷室査察官が、冷え切ったコーヒーを無表情で口に運ぶ。
「プラズマを形成・維持する電磁フィールド発生器など、防衛省の年間予算を全て注ぎ込んでも作れません。機体に包丁でもガムテープで貼り付けておきますか?」
「馬鹿者! 刃の鋭さはパイロットの気合いで研ぎ澄ますのだ!!」
インカムから、鈴木の掠れきった、もはや呪詛のような声が響いた。
『……あのぉ。俺、もう腕も足も首も腰も塞がってるんですけど。これ以上、どうやって剣を振れって言うんですか。口に咥えて三刀流でもやれと……?』
「それだ鈴木ィ! 剣豪とは、あらゆる部位を武器とする者のことだ!!」
『ふざけるなぁぁっ! 俺の口にはすでにシュノーケルが刺さってるんだよぉぉっ!』
一方その頃。
新宿の地下にある老舗ライブハウス『レイジング・ピット』で、モップを持ったジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号が、ヘヴィメタルバンドのライブ後の床を掃除していた。
(時給1,090円の『ライブハウスの清掃バイト』。客がこぼした酒や汗で床がベタベタだが、宇宙人の高速モップがけなら一瞬だぜ)
彼がドラムセットの周りを掃除していると、ステージの暗がりから、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その両手には、ドラムセットから外したばかりの【プロ仕様のツインペダル(両足用バスドラムペダル)】と、ホームセンターからくすねてきた【コンクリート切断用の巨大な丸ノコ刃】が握られていた。
「ハカセイダー! お前また勝手に機材を!」
「フフフ。アースディフェンダーの次なる進化は【近接斬撃武装】だ。あのポンコツの右膝にこの巨大丸ノコを取り付け、コクピットの足元にこのツインペダルの『かかと部分』を連動させる!」
「かかと? おっさんはもう、つま先で自転車のペダルを全力で漕いでるんだぞ?」
「そうだ! つま先でペダルを高速回転させながら、同時にかかとで【BPM200のブラストビート(超高速の連打)】を刻む! そのかかとの振動エネルギーがワイヤーを伝い、右膝の丸ノコをチェーンソーのように超高速回転させるのだ!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーの右膝の塩ビパイプに巨大な丸ノコをガムテープとボルトで固定し、コクピットのペダルの下部に、ドラム用のツインペダルを強引に溶接したのである。
翌日。
『緊急事態発生!』
佐藤が、スマホの音楽ゲームで超絶技巧の連打をキメながら報告した。
『東京湾のゲートブリッジ付近に、巨大未確認生物36号が出現! 全長40メートルの【宇宙二枚貝】です! 極めて分厚い真珠層の殻を持ち、あらゆるミサイルや光学兵器を反射しています!』
「出たな絶対防御の貝殻め! 出撃だ鈴木ィ!」
東京湾・ゲートブリッジ。
宇宙二枚貝(36号)が、巨大な殻を盾にしながら上陸しようとしていた。
そこへ、キャタピラの水しぶきを上げてGタンクが到着する。
『――たかが貝殻だ。トヨハタの穿甲ミサイルで、中身ごとえぐり出してくれる』
神崎流星のクールな声と共に、Gタンクが全弾発射を敢行した。
しかし!
『カキィィィィンッ!!』
ミサイルは36号の滑らかで強固な殻の曲面に弾かれ、すべて明後日の方向へと逸れてしまった。
『な……!? 弾道計算が完璧でも、着弾時の滑りで威力が逃げているだと!?』
驚愕する神崎の隙を突き、36号が巨大な殻を「ガバッ!」と開いて突進。そのままGタンクの巨大な砲塔を、貝殻で「ガキィィィンッ!」と挟み込んでしまったのだ!
『チッ……! 砲塔がロックされた! キャタピラも持ち上げられて身動きが取れん!』
そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と不気味な音を立ててアースディフェンダーが到着した。
鈴木はバランスボールの上で前傾姿勢を取りながら、シュノーケル越しに叫ぶ。
「神崎! 今助けるぞ!」
『来るなポンコツ! あの殻はミサイルでも傷一つ付かない! ガムテープの機体で近づけば、お前も挟まれてペシャンコだ!』
その時、鈴木の足元――自転車のペダルのさらに下、かかと部分に設置された【ドラム用ツインペダル】に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。つま先で風を呼び、かかとで雷を刻め。ヘヴィメタルの鼓動が、鉄を切り裂く刃となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! 今度はすねの筋肉(前脛骨筋)を破壊する気かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望の涙を流しながら、悪魔のマルチタスクに突入した。
上体を伏せた【エアロフォルム】でバランスボールの上に乗り、右手で【シールドのクランク】、左手で【空気砲のタメ】、首で【索敵】しながら……
つま先で【自転車のペダルを超高速回転】させつつ、同時進行で、かかとを使って【BPM200の超高速ツーバス連打】を「ダダダダダダダダッ!!」と踏み鳴らし始めたのである!!
「(すねが! ふくらはぎが! 足首の関節が引き千切れるぅぅぅぅっ!!)」
鈴木の両足が、もはや人間の可視領域を超えた振動を起こす。
すると、かかとの超高速連打がワイヤーを通じて右膝の巨大丸ノコに伝達され、「ギュイィィィィィィンッ!!!」という凄まじいモーター音(※人力)と共に、バズソーが火花を散らして超高速回転を始めた!
「いっけぇぇぇぇっ!!」
アースディフェンダーは、猛烈なダッシュから一気に跳躍!
空中で右膝を高く突き出し、Gタンクを挟み込んでいる宇宙二枚貝の殻の繋ぎ目に向かって、全体重を乗せた【超高速回転・飛び膝蹴り(バズソー・ニー・クラッシュ)】を叩き込んだ!
『ギャリギャリギャリギャリギャリッ!!!』
けたたましい金属音と火花が東京湾に飛び散る。
ミサイルをも弾く強固な貝殻だったが、一点に集中した超高速の回転ノコギリ(と鈴木のすねの筋肉の犠牲)には耐えきれず、蝶番の部分から「パァァァンッ!」と見事に真っ二つに切断された!
『ギャァァァァァッ!?』
殻を失った36号の柔らかい中身が露出し、そこへすかさず鈴木が左手の空気砲をゼロ距離で発射。怪獣は跡形もなく吹き飛んだ。
『……ば、馬鹿な。膝に内蔵された回転ノコギリだと……? あんな原始的な武装で、トヨハタのミサイルを超える貫通力を……!?』
解放されたGタンクの中で、神崎が信じられないものを見る目で震えていた。
地下司令室では、炎城が感動のあまりマフラーで顔を覆い号泣していた。
「見たか諸君!! これぞ必殺の剣! いや、必殺の膝だ!! 鈴木の熱き鼓動がチェーンソーとなり、敵の絶対防御を打ち砕いたのだ!!」
広瀬が、両手を天に突き上げながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の超振動高周波ブレード(ニー・バズソー)を解放! 無敵の装甲を両断し、Gタンクを三度目の救出!』でリリースします!!」
そして現場。
ライブハウスの裏口でスマホを見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、見事なブラストビートだったぜ! あんな足首の動き、プロのドラマーでもなかなかできないぞ!」
しかし、背後からライブハウスの店長の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! 出演者のバンドマンが『俺の商売道具のツインペダルがない!』って激怒してるぞ! 機材泥棒だ! 弁償代として、今月の給料から【2万8千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、ネオン輝く新宿の地下に虚しく響き渡る。
そして、見事な斬撃(膝蹴り)で怪獣を討ち取った鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いた。
『……鈴木さん。お疲れ様です。見事な丸ノコの切れ味でした』
「ひ、氷室、査察官……俺の、すねの筋肉が……完全に攣って、足首が戻りません……」
『ええ。ところで、あなたが右膝に装着していたあの巨大な回転刃ですが。労働安全衛生法に基づく【丸のこ等取扱作業従事者教育】を受講していない無資格での使用にあたります』
「えっ」
『さらに、銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)の抵触スレスレであるという警察からの警告、および戦闘中に激しい足踏み(ブラストビート)で発生した異常な騒音の慰謝料として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次は資格を取ってから、静かに切断してくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
つま先での超高速ペダリングに加えて、かかとでの超高速連打まで強制され、前脛骨筋とふくらはぎの筋肉が異常なまでに発達してしまった鈴木。
最強の機体を操るための代償として、彼の肉体はもはや人類の限界を超えた、孤高の超人領域へと否応なしに足を踏み入れていくのであった。




