第50話「極秘のエアロフォルムと、時給1050円のカート回収」
防衛省の地下司令室。
木枯らしが吹き始める十一月。炎城司令官は、モニターに映るアースディフェンダーの野暮ったい(ガムテープまみれの)機体を見つめ、腕を組んで唸っていた。
「ぬぉぉぉ……! 空気抵抗だ!!」
炎城が真っ赤なマフラーを靡かせながら叫ぶ。
「アースディフェンダーの機体は、あまりにも角ばりすぎている! あれでは敵の突風攻撃を受けた際、まともに風圧を浴びて押し戻されてしまうではないか! スーパーロボットたるもの、風を切り裂き、弾丸のように敵陣へ突入する【流線型のエアロダイナミクス】が必要なのだ!!」
氷室査察官が、冷え切った視線でタブレットを弾く。
「おっしゃる通り、現在の機体は空気抵抗の塊(CD値が最悪)です。しかし、装甲を流線型に削り出すチタン加工の予算など、我が防衛省には一円たりとも存在しません。空力性能の向上は不可能です」
「馬鹿者! そこをパイロットの気合いで、風と一体化するのだ!!」
インカムから、鈴木の掠れきった声が響いた。
『……あのぉ。気合いで風の抵抗が減るなら、F1カーはあんな平べったい形してませんよ。俺、ただでさえ【バランスボール】の上で【超高回転ペダル】を漕いで、【右手でシールド】【左手で空気砲】【首に20kgのヘルメット】【腰のハーネスで腹筋】【口にシュノーケル】で、もう全身の関節がパズルみたいになってるんです。これ以上、どうしろって……』
「姿勢だ鈴木ィ! 漢なら、風の抵抗を己の肉体で受け流せぇぇっ!」
一方その頃。
関東郊外の巨大スーパーマーケットの駐車場。木枯らしが吹く中、薄手のジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号が、散乱したカートを回収していた。
(時給1,050円の『スーパーのカート回収バイト』。地味で寒い仕事だが、お客様の安全を守る大事な任務だぜ)
彼がカートを数台まとめて運んでいると、店舗の裏手から、白衣の天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。その手には、スーパーの【買い物カートの持ち手部分(金属パイプ)】と、道路工事現場からくすねてきた【除雪用のV字型スノープラウ(雪かき板)】が握られている。
「ハカセイダー! お前また勝手に店の備品を!」
「フフフ。アースディフェンダーの次なる進化は【空力性能】だ。あのポンコツの機体前部に除雪板を取り付け、コクピットの足元スレスレに、このカートの持ち手を設置する!」
「カートの持ち手を? 足元に?」
「そうだ! パイロットが極限まで上体を折り曲げ、その低い持ち手を握りしめれば……機体の姿勢制御システムが連動し、ロボットそのものが前傾姿勢となる! これぞ究極の『エアロ・タック・フォーム』だ!!」
その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。
アースディフェンダーの機体前部に除雪板を強引にガムテープで固定し、コクピットの床(ペダルのすぐ近く)に、買い物カートの持ち手をボルトで打ち込んだのである。
翌日。
『緊急事態発生!』
佐藤が、スマホの画面でソリティアをクリアしながら報告した。
『幕張の海浜エリアに、巨大未確認生物35号が出現! 全長40メートルの【宇宙フクロウ】です! 巨大な翼を羽ばたかせ、風速80メートルを超えるハリケーンを発生させています!』
「出たな風の魔物め! 出撃だ鈴木ィ!」
幕張・海浜エリア。
宇宙フクロウ(35号)が「ホゥゥゥゥッ!」と鳴きながら巨大な翼を打ち下ろすと、ビルを吹き飛ばすほどの猛烈な竜巻が発生した。
そこへ、轟音を立ててGタンクが到着する。
『――たかが風だ。トヨハタの重装甲が吹き飛ばされるはずも……なっ!?』
神崎流星のクールな声が、驚きに変わった。
Gタンクがミサイルを発射した瞬間、風速80メートルのハリケーンがミサイルの軌道を完全に狂わせ、すべて海の彼方へ吹き飛ばしてしまったのだ。
『チッ……! 風圧が強すぎて、弾道計算(AI)が機能しない! キャタピラも強風で前に進めん!』
そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。
しかし、機体は強風に煽られ、バランスボールの上に座る鈴木ごと「グラァァンッ!」と後ろに倒れそうになる。
「神崎! 風が強すぎて近づけないぞ!」
鈴木がシュノーケルを咥えたまま(モゴモゴと)叫ぶ。
『黙れポンコツ! 私のミサイルが通じない暴風を、その空気抵抗の塊のような機体でどう突破するというのだ!』
その時、鈴木の足元――床スレスレに設置された【買い物カートの持ち手】に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。その取っ手を握り、胸を太ももに押し付けろ。究極の前傾姿勢が、風の壁を切り裂く刃となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! 今度は関節の柔軟性かぁぁぁっ!!」
鈴木は絶望しながらも、バランスボールの上で、強引に上体を「グンッ!」と二つ折りにした。
そして、床スレスレにあるカートの持ち手を両手でガシィッ!と握りしめたのである。
その瞬間、機体前部のスノープラウがカシャンと下がり、アースディフェンダー全体が、陸上選手のような、あるいは【タイムトライアル競技の自転車選手】のような、究極の「前傾姿勢」へと移行した!
「いっけぇぇぇぇっ!!」
鈴木は、上体を完全に床に伏せたまま(空気抵抗を極限まで減らした状態で)、両足を猛烈な勢いで回し始めた!
「(ハムストリングスが! 背中の起立筋が千切れるぅぅぅぅっ!!)」
極度の前傾姿勢のままバランスボールの上でペダルを高速回転させるという、常人なら一秒で腰の骨が砕ける地獄の苦しみ。
しかし、その美しいエアロフォルムと機体前部の除雪板が、風速80メートルのハリケーンを見事に「左右に切り裂き」始めたのだ!
シャアァァァァァァッ!!
アースディフェンダーは、強風の壁をモーゼの十戒のように割りながら、猛烈なスピードで宇宙フクロウへと突進していく。
『……ば、馬鹿な。あの箱型のポンコツが、風の抵抗を完全にゼロにしているだと!?』
強風で身動きの取れないGタンクの中で、神崎が目を剥く。
「(今だぁぁぁっ!!)」
鈴木は、前傾姿勢のまま左手のヒモを強引に引き抜き、超近距離から空気砲を発射!
『ボジュォォォォォォォォンッ!!!』
ハリケーンの中心を突き破った圧縮空気弾が、宇宙フクロウの胸部を正確に撃ち抜き、怪獣は悲鳴を上げて空の彼方へと吹き飛んでいった。
地下司令室では、炎城が感動のあまり壁に頭を打ち付けていた。
「見たか諸君!! アースディフェンダーが風と一体化した!! 鈴木のしなやかな前傾姿勢が、機体を究極の刃へと変えたのだ!! これぞ男のエアロダイナミクス!!」
広瀬が、歓喜の涙を拭いながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘開発の流体力学フォルム(スーパー・エアロ・モード)に変形! トヨハタが手も足も出ない暴風を切り裂き、敵を撃破!』でリリースします!!」
そして現場。
スーパーの駐輪場でスマホを見ていた3号は、ホッと胸を撫で下ろした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、ついに究極の空気抵抗軽減フォームを手に入れたな! あれなら向かい風の激しい競輪場でもトップスピードを維持できるぜ!」
しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! お前が回収してたカート、持ち手の部分だけ綺麗に切断されて消えてるぞ! 備品破壊の器物損壊だ! 弁償代として、今月の給料から【2万5千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、木枯らし吹く駐車場に虚しく響き渡る。
そして、見事な前傾姿勢で暴風を制した鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いた。
『……鈴木さん。お疲れ様です。見事なエアロフォルムでした』
「ひ、氷室、査察官……俺の、腰椎と……ハムストリングスが……爆発しそう……」
『ええ。ところで、あなたが戦闘中に取っていたあの【極端な前傾姿勢(猫背)】ですが。防衛省のパイロットとしての「品位と姿勢の良さ」を著しく損ない、広報のイメージダウンに繋がると判断されました』
「えっ」
『姿勢不良による服務規程違反、および機体に無断で除雪板(不法投棄物)を装着した違約金として、今月の給与から【3万円】を天引きさせていただきます。次はもっと背筋をピンと伸ばして、風圧に耐えてくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足、腕、首、体幹、バランス感覚、肺活量に加え、ついに【いかなる向かい風でも極限のトップスピードを叩き出す、完璧な前傾姿勢と強靭なハムストリングス】までをも身につけてしまった鈴木。
彼自身の意志とは裏腹に、防衛省の理不尽な天引きと宇宙人の親切心は、来るべき「競輪無敗伝説」に向けて、鈴木の肉体を容赦なく、そして完璧に仕上がり(パンプアップ)させていくのであった




