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第49話「極秘の爆音スーザフォンと、時給1180円の楽器運搬」

 防衛省の地下司令室。

 すっかり秋の空気が漂い始めた十月、炎城司令官はメインモニターに映るアースディフェンダーの過去の戦闘映像を見ながら、不満げに腕を組んでいた。

「ぬぉぉぉ……! 足りん! アースディフェンダーには、スーパーロボットとしての【覇気】が足りん!!」

「覇気、ですか?」広報の広瀬が首を傾げる。

「そうだ! Gタンクには『キュラララッ!』という重厚なキャタピラ音と、ミサイルの爆音がある! だが我がアースディフェンダーは、動くたびに『ギゴ……ギゴ……』と錆びた自転車のような音しか鳴らん! これでは敵を威圧できん! 巨神たるもの、大地を震わせる【雄叫び(ロアー)】が必要なのだ!」

 氷室査察官が、冷え切ったコーヒーをすすりながら答えた。

「大音響の外部スピーカーを搭載する予算はありません。そもそも、怪獣を威圧したところで物理的なダメージにはなりませんから、無駄な機能です」

「馬鹿者! 咆哮こそが魂の震え! パイロットの気合いを音声変換して響かせるのだ!」

 インカムから、鈴木の掠れた声が響いた。

『……あのぉ。俺、今は【バランスボール】の上で【ペダル】を全力で漕ぎながら、【右手のクランク】と【左手のヒモ】を操作して、【20キロのヘルメット】を被って首を振ってるんですよ。もう声を出して叫ぶ酸素すら残ってません。息をするだけで精一杯です……』

「ならばその息を武器にしろ鈴木ィ! 呼吸こそが生命の源泉だ!!」

 一方その頃。

 都内の音楽ホールの裏口で、ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、巨大な楽器ケースをトラックに積み込んでいた。

(時給1,180円の『吹奏楽部の楽器運搬バイト』! 繊細な楽器を傷つけずに運ぶ神経を使う仕事だが、宇宙人のパワーとバランス感覚なら余裕だぜ)

 彼がトラックの荷台を整理していると、暗がりから白衣の天才科学者ハカセイダーが、巨大な金管楽器を抱えて音もなく現れた。

「シルバァ! 素晴らしい素材を見つけたぞ!」

「お前またか! それ、強豪校のマーチングバンドが使う【特大スーザフォン(低音用の巨大チューバ)】じゃないか! 勝手に持ち出すな!」

「フフフ。アースディフェンダーの次なる進化は【心肺機能カーディオ】と【音波兵器】だ。この巨大な管楽器を機体の胸部に埋め込み、コクピットに【水泳用のシュノーケル】を繋ぐ!」

「シュ、シュノーケル?」

「そうだ! パイロットがシュノーケルを咥えて全力で息を吹き込めば、機体の共鳴空間とスーザフォンが増幅器となり、強烈な【超低周波の音響兵器】となるのだ! あのパイロットの肺活量は、これで常人の数十倍に跳ね上がるだろう!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場へ侵入。

 アースディフェンダーの胸部の装甲ダンボールを切り抜き、金ピカの巨大スーザフォンをガムテープで強引に固定。そしてコクピットの鈴木の顔の前に、極太のホースに繋がった水泳用シュノーケルのマウスピースをぶら下げたのである。

 翌日。

『緊急事態発生!』

 佐藤が、スマホの音楽ゲームでフルコンボを達成しながら報告した。

『上野公園の不忍池に、巨大未確認生物34号が出現! 全長30メートルの【宇宙スライム】です! あらゆる物理攻撃や爆発エネルギーを吸収して巨大化する、極めて厄介な軟体怪獣です!』

「物理無効だと!? だが恐れるな! 出撃だ鈴木ィ!」

 上野・不忍池。

 ドロドロとした巨大な半透明の塊(34号)が、周囲の木々を飲み込みながら蠢いていた。

 そこへ、轟音を立ててGタンクが到着する。

『――スライムごとき、トヨハタの全弾発射で蒸発させてやる』

 神崎流星のクールな声と共に、Gタンクの全ミサイルハッチが開いた。

『ターゲット・ロック。……消し飛べ』

 ズドォォォォォォンッ!!

 凄まじい火力のミサイル群が宇宙スライムに直撃。しかし、煙が晴れた後には、爆発エネルギーを丸ごと吸収し、さらに【全長50メートルにまで巨大化】したスライムの姿があった。

『な……!? 爆発の熱と衝撃を吸収しただと!? AIの計算外だ!』

 巨大化したスライムの一部が鞭のようにしなり、Gタンクを捕縛した。分厚い装甲にスライムがへばりつき、キャタピラの駆動を完全にロックしてしまう。

『チッ……! 動けない! 砲塔も向けられない!』

 そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。

「神崎! 物理攻撃じゃダメだ、吸収されるぞ!」

 バランスボールの上でプルプルと震えながら、鈴木が叫ぶ。

『黙れポンコツ! お前のその空気砲やシールドで殴ったところで、吸収されるだけだ!』

 確かに、今の鈴木の武器(物理攻撃)ではスライムを倒せない。

 その時、鈴木の目の前にぶら下がっている【水泳用シュノーケル】の横に貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。その管を咥え、腹の底から息を吐き出せ。君の強靭な肺活量が、物質を打ち砕く神の産声となる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! ついに呼吸すら強制されるのかぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望しながらも、マウスピースをガシィッ!と咥え込んだ。

 そして、バランスボールの上で【重心を保ち】、両足で【ペダルを高速で漕ぎ】、右腕で【シールドを回し】、左手で【空気砲のタメを作り】、首を【激しく振り回しながら】……

 ついに、極限まで空気を吸い込み、シュノーケルに向かって【全力の息(呼気)】を「ブフゥゥゥゥゥッ!!!」と吹き込み始めたのである!!

「(息が! 息が続かない! 肺が破裂するぅぅぅぅっ!!)」

 声も出せないまま、鈴木の横隔膜が限界を超えて収縮する。

 すると、鈴木の吐き出した呼気が管を通じて胸部の巨大スーザフォンへと送り込まれ、機体全体を震わせるほどの【凄まじい超低周波の重低音】へと変換された!

『ボォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!』

 大気をビリビリと震わせる、アースディフェンダーの「雄叫び(管楽器の音)」。

 その特定の周波数を持った強烈な音波が、宇宙スライムの体を構成する水分の固有振動数と完全に一致した。

『ブジュゥゥゥゥッ!?』

 共鳴現象を起こしたスライムの体内が激しく波打ち、物理攻撃を一切受け付けなかったはずのゲル状の体が、ガラスが割れるように内部から「パァァァンッ!!」と弾け飛んだのである!

 怪獣は液状の飛沫となって霧散し、捕らわれていたGタンクもドサリと解放された。

『……な、なんだ今の音波攻撃は。装甲をすり抜け、内部から対象を破壊する共鳴兵器だと……!?』

 スライムまみれになったGタンクの中で、神崎が戦慄していた。

 地下司令室では、炎城が感動の涙を流して机に突っ伏していた。

「聞いたか諸君!! これぞ魂の咆哮!! アースディフェンダーの雄叫びが、スライムを共鳴現象で打ち砕いたのだ!! 鈴木ィ! 貴様の肺活量は神の息吹だぁぁっ!!」

 広瀬が、耳を塞ぎながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、最新鋭の超音波共鳴ソニック・レゾナンスブラスターを搭載! 無敵のスライム怪獣を粉砕し、またしてもGタンクを救出!』でリリースします!!」

 そして現場。

 音楽ホールの裏口でスマホを見ていた3号は、ホッと胸を撫で下ろした。

「よしっ! 鈴木のおっさん、ついに凄まじい心肺機能を手に入れたな! あれなら自転車で富士山を登っても息切れしないぜ!」

 しかし、背後から運搬業者の親方の怒号が飛んだ。

「おいシルバァ! お前が運んでた強豪校の特大スーザフォンがないぞ! 明日のコンクールで使う大事な楽器だぞ! 弁償代として、今月の給料から【3万5千円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、秋の芸術の空に虚しく響き渡る。

 そして、肺がちぎれるほどの息吹で勝利を掴んだ鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いた。

『……鈴木さん。お疲れ様です。見事な音響兵器でした』

「(ゼェ……ハァ……ゼェ……)ひ、氷室、査察官……俺の、肺胞が……破裂……」

『ええ。ところで、あなたが機体から発したあの重低音ですが。「近隣の窓ガラスが揺れた」「うるさくて昼寝ができない」と、都民から【騒音苦情】が殺到しています。防衛省への慰謝料請求として、今月の給与から【3万円】を天引きさせていただきます』

「えっ」

『さらに、勤務中に楽器スーザフォンを演奏する行為は、職務専念義務違反にあたります。次は休日に、河川敷で吹いてくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 足、腕、首、体幹、バランス感覚に加え、ついに【常人を遥かに超える異常な心肺機能カーディオと肺活量】までをも身につけてしまった鈴木。

 来るべき「生涯無敗の競輪レーサー」としての完成形に向け、このブラック防衛組織という名の拷問器具は、彼を一切の妥協なく最強のアスリートへと仕立て上げているのであった。

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