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第48話「極秘のバランスボール回避と、時給1050円のスポーツ店員」

 防衛省の地下司令室。

 すっかり秋めいてきた外気とは裏腹に、炎城司令官の周囲だけは真夏のように空間が歪んでいた。

「ぬぉぉぉ! 回避だ! 蝶のように舞い、蜂のように刺すのだぁぁっ!!」

 炎城が、メインモニターに映るGタンクの戦闘データを見ながら机を叩く。

「Gタンクの装甲は確かに厚い! だが、敵の攻撃をすべて『真正面から受けて耐える』だけの戦法では、いつか限界が来る! アースディフェンダーには、敵の猛攻をスレスレで躱す【神がかり的な回避能力ステップ】が必要だ!!」

 氷室査察官が、冷ややかな視線をタブレットから一瞬だけ上げる。

「重量50トンの機体を瞬時に横移動させるスラスターなど、我が防衛省の予算には逆立ちしても存在しません」

「そこをパイロットの気合いで捻じ曲げるのがスーパーロボットだろうが!」

 インカムから、鈴木の掠れきった声が響く。

『……あの。俺、もう気合いを入れるための筋肉が残ってないんですけど。そもそも、ペダルを漕いで前に進むだけの自転車ロボットに、どうやって横に避けろって言うんですか……』

「重心移動だ鈴木ィ! 己の体幹を極限まで鍛え上げ、機体と完全にシンクロしろぉぉっ!」

『精神論で物理法則に勝てるかぁぁぁっ!』

 一方その頃。

 都内の大型スポーツ用品店で、赤いポロシャツの制服を着た青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、商品の陳列作業を行っていた。

(時給1,050円の『スポーツ用品店スタッフ』。力仕事は少ないが、商品が多いから在庫管理が面倒なんだよな)

 彼がフィットネスコーナーを整理していると、商品棚の影から、白衣を着た天才科学者ハカセイダーが音もなく現れた。

「シルバァ! 素晴らしい素材を見つけたぞ!」

 ハカセイダーの両手には、店からくすねた【特大サイズのバランスボール(耐荷重300kg)】と、【強力なトレーニング用ゴムチューブ(エキスパンダー)】が何本も握られていた。

「おいハカセイダー! また勝手に店の物を!」

「フフフ。アースディフェンダーの次なる進化は【重心制御】と【超回避】だ。あのポンコツの操縦席の椅子を引っこ抜き、このバランスボールにすげ替える! さらにゴムチューブでコクピットの壁とパイロットを繋ぎ、アナログのジャイロセンサーを構築するのだ!」

「……えっ。それって、鈴木のおっさんがバランスを崩したら……」

「もちろん、機体ごと50トンの巨体がズッコケる。だが、彼が完璧にボールの上で重心をコントロールすれば、機体は柳のようにしなり、あらゆる攻撃を回避するだろう!」

 その夜、二人の宇宙人は屋外演習場に忍び込み、アースディフェンダーのコクピットにあった事務用のパイプ椅子を撤去。代わりに、青い巨大なバランスボールを鎮座させたのである。

 翌日。

『緊急事態発生!』

 佐藤が、スマホのボクシングゲームでスウェイを決めながら報告した。

『横浜のみなとみらい地区に、巨大未確認生物33号が出現! 全長30メートルの【宇宙シャコ】です! 奴は超音速で放たれるパンチで、空気中にキャビテーション(真空の泡)を発生させ、衝撃波でビルを粉砕しています!』

「出たな宇宙のハードパンチャーめ! 出撃だ鈴木ィ! 敵の拳を見切り、カウンターを叩き込め!」

 横浜・みなとみらい。

 宇宙シャコ(33号)が、ボクサーのようなステップを踏みながら、「シュッ! シュバババッ!」と目にも留まらぬ速さで衝撃波のパンチを繰り出し、赤レンガ倉庫の周辺を破壊していた。

 そこへ、キャタピラの轟音と共にGタンクが到着する。

『――速いパンチだ。だが、トヨハタの重装甲にはかすり傷一つ……』

 神崎流星がニヒルに笑い、Gタンクを前進させた。

 しかし、宇宙シャコの超音速パンチの連打を浴びた瞬間、神崎の表情が凍りついた。

『な……!? 装甲は無事だが、衝撃波が内部に浸透している!? AIの予測演算がパンチの速度に追いつかない!』

 ゴォンッ! ガォンッ!!

 いくら外装が硬くても、数十トンクラスの衝撃波を連続で浴びれば、内部の精密機器とパイロットは無事では済まない。Gタンクは完全にサンドバッグ状態に陥っていた。

 そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立ててアースディフェンダーが到着した。

「神崎! 大丈夫か!」鈴木が叫ぶ。

『来るなポンコツ! あの超音速パンチをまともに食らえば、ガムテープの機体など一瞬でバラバラだ!』

「くそっ! 避けるしかないのか! でもどうやって……」

 その時、鈴木の足元――昨日まであったはずの椅子が消え去り、代わりに置かれている【青いバランスボール】に貼られたメモが目に入った。

『パイロットの同志へ。椅子は捨てた。その球体の上に座り、丹田たんでんに気を込めよ。君の微細な揺れが、巨神の舞いとなる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! 今度は体幹トレーニングかぁぁぁっ!!」

 鈴木は絶望しながらも、バランスボールの上に跨った。

 そして、両足で【ペダルを漕ぎ】、右腕で【シールドのクランクを回し】、左手で【空気砲のヒモを引き】、頭の【20キロのヘルメットで索敵】しながら、ゴムチューブで繋がれた不安定なボールの上で【完璧なセンターオブグラビティ(重心)を維持する】という、もはや人間をやめたサーカス芸に突入した。

 シュババババッ!!

 宇宙シャコの超音速パンチが、アースディフェンダーの顔面を捉えようと飛んでくる。

「ひぃぃぃぃっ!!」

 鈴木が恐怖で「ビクッ!」と腰を右に逸らした瞬間。

 ゴムチューブの張力とバランスボールの反発力が連動し、50トンの機体が「グニャンッ!」とあり得ない角度で右に傾き、超音速パンチを数ミリの差で【スウェイ(上体そらし)】したのである!!

「よ、避けた!? 嘘だろ、俺の腰の動きに機体がついてくる!」

 しかし、バランスボールの上で体勢を崩したままでは、機体がそのまま倒れてしまう。

「うおおおおっ! 戻れ! 戻れ俺の腹筋と背筋!!」

 鈴木は、千切れそうな体幹の筋肉を総動員して、バランスボールの上でグニグニと腰を振り、機体の姿勢を立て直す。

 外から見れば、アースディフェンダーはまるで【酔拳の達人】か【風に揺れる柳】のように、フラフラ、グニャグニャと奇妙な動きで、宇宙シャコの連打をすべて「ヌルリ……」と躱し続けていた!

『……な、なんだあの動きは!? 物理法則を無視している!』

 ボロボロのGタンクの中で、神崎が目を剥く。

「いまだぁぁぁっ!!」

 鈴木は、極限のバランス感覚の中で奇跡的に一瞬の「静止」を作り出し、限界まで引き絞っていた左手の芝刈り機ヒモを一気に解放した!

『ボジュォォォォォォォォンッ!!!』

 至近距離から放たれた圧縮空気弾が、パンチを撃ち尽くして隙だらけになった宇宙シャコの顔面にクリーンヒット。怪獣は錐揉み回転しながら東京湾へと吹き飛んでいった。

 司令室では、炎城が机の上に立って熱狂していた。

「見たかぁぁぁっ!! アースディフェンダーの究極の回避術!! 敵の力を受け流し、無に帰す……まさに神の体幹コアだ!! 鈴木ィ! 貴様のインナーマッスルは宇宙一だぁぁっ!!」

 広瀬が、両手でガッツポーズをしながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、最新鋭のバイオ・リズミック重心制御システム(酔拳)により、超音速パンチを完全回避! 柔よく剛を制す!』でリリースします!!」

 そして現場。

 スポーツ用品店のレジからスマホで中継を見ていた3号は、ホッと息を吐いた。

「よしっ! 鈴木のおっさん、ついに完璧なバランス感覚を手に入れたな! あれなら自転車に乗っても絶対にブレないぜ!」

 しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。

「おいシルバァ! お前が整理してたコーナーから、展示用の特大バランスボールとトレーニングチューブが消えてるぞ! バイト中の横領だ! 弁償代として、今月の給料から【1万8千円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、スポーツの秋を迎えた店内に虚しく響き渡る。

 そして、究極の回避で街を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの事務的な死刑宣告が届いた。

『……鈴木さん。お疲れ様です。見事なスウェイでした』

「ひ、氷室査察官……俺の、腰が……インナーマッスルが悲鳴を上げて……」

『ええ。ところで、あなたがコクピットから正規のパイプ椅子を無断で撤去し、遊具バランスボールで遊んでいた件ですが。道路交通法における【座席ベルト装着義務違反】および、防衛省の【職務専念義務違反(勤務中のフィットネス行為)】にあたります』

「えっ」

『これらの違反の罰金と、あなたが奇妙な動きをしたことで「機体がキモい」と市民から寄せられたクレームの慰謝料として、今月の給与から【3万円】を天引きさせていただきます。次はもっとシャキッと、背筋を伸ばして戦ってくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 足、腕、首、体幹に加え、ついに【いかなる状況でもブレない究極の重心制御(バランス感覚)】を身につけてしまった鈴木。

 無敗の競輪選手になるために必要なすべての筋肉と技術が、ブラック防衛組織と宇宙人のコラボレーションによって、本人の意志を完全に無視したまま、悪魔的なレベルで完成へと近づいているのであった。

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