第47話「極秘のダイナモ・フラッシュと、時給1120円の自転車修理」
防衛省の地下司令室。
九月に入り、少しだけ涼しくなった風が吹き抜ける中、炎城司令官の怒号だけが相変わらず室内の温度を沸騰させていた。
「ぬぉぉぉ! 機動力! 圧倒的なスピードだ!!」
炎城が真っ赤なマフラーを振り回す。
「Gタンクの弱点は明確になった! 奴らのキャタピラは直線番長に過ぎず、小回りが利かん! さらにAIの処理速度を超える【超高速の敵】には、砲塔の旋回が追いつかないのだ! アースディフェンダーにこそ、敵を幻惑する神速の機動力が必要だ!!」
氷室査察官が、冷ややかな視線をタブレットに落とす。
「おっしゃる通りです。しかし、重量50トンの機体を高速駆動させるモーターなど、我が防衛省の予算では開発不可能です」
「そこを気合いでなんとかするのが防衛魂だろうが!」
インカムから、鈴木の掠れた声が響く。
『……あの。気合いって言いますけどね。俺の体、すでに【ペダル漕ぎ・シールド手回し・空気砲ヒモ引き・索敵首振り・スモーク腹筋・跳躍スクワット】で完全にキャパオーバーなんですよ。これ以上、何を早く動かせって言うんですか……』
「足だ鈴木ィ!! ペダルを回す回転数を、さらに極限まで引き上げるのだ!!」
『これ以上回したら、俺の股関節から火が出ますぅぅっ!』
一方その頃。
阿佐ヶ谷の商店街にある「サイクルショップ・タカハシ」の店先で、油まみれになったジャージの青年――巨大未確認生物3号が、ママチャリのパンク修理をしていた。
(時給1,120円の『自転車屋の修理バイト』。地味な作業だが、宇宙人の超感覚ならチューブの穴なんて一瞬で見つけられるぜ)
そこへ、白衣の天才科学者ハカセイダーが、音もなく店の裏口に忍び込んできた。彼の手には、店の倉庫からくすねたばかりの【競技用自転車の21段変速ギア(ディレイラー)】と、【超高輝度の自転車用ダイナモライト(発電機付きLED)】が大量に握られている。
「ハカセイダー! お前、また勝手に店の備品を!」
「フフフ。アースディフェンダーの次なる進化は【光】と【回転数】だ。あのポンコツに、この変速ギアと発電機を組み込む。これでパイロットのおっさんは、真の『神速』を手に入れるだろう」
「……おっさんの足、千切れないだろうな?」
「安心しろ。ギアを軽くすれば、足への負荷は減る。その代わり……人間の限界を超える『回転数』が要求されるがな」
その夜、二人の宇宙人は防衛省の演習場へ侵入。
アースディフェンダーの胸部に、大量の自転車用LEDライトをガムテープで密集させて貼り付け、その配線を足元のペダル駆動部に繋いだ。さらに、ペダル部分に競技用の21段変速ギアを強引に組み込み、コクピットの右壁に【ギアチェンジ用のレバー】を設置したのである。
翌日。
『緊急事態発生!』
佐藤が、スマホの画面でガチャの確定演出を見つめながら報告した。
『調布市の飛行場跡地に、巨大未確認生物32号が出現! 全長25メートルの【宇宙チーター】です! 奴はチーターの姿をしていますが、手足がタイヤになっており、超音速で地上を爆走しています!』
「出たなスピード狂め! 出撃だ鈴木ィ! Gタンクのキャタピラでは追いつけん、貴様の足で超えろ!」
調布・飛行場跡地。
宇宙チーター(32号)が、「ギュイィィィィンッ!」とタイヤの摩擦音を響かせながら、マッハの速度で滑走路を走り回り、旋風で周囲の施設を破壊していた。
そこへGタンクが到着する。
『――速いな。だが、トヨハタのターゲティングシステムから逃れられると思うな』
神崎流星のクールな声が響く。Gタンクの巨大な砲塔が、超音速で走る32号を追って「ギュルルルッ!」と旋回を始める。
しかし。
『……なっ!? 砲塔の旋回モーターが追いつかない!? ターゲット・ロスト!』
あまりの敵のスピードに、重量級のGタンクは完全に翻弄され、砲塔を空回りさせることしかできない。
そこへ、いつものように「ギゴ……ギゴ……」と鈍い音を立てて、アースディフェンダーが到着した。
「神崎! 奴の動きが速すぎて、ミサイルじゃ当たらないぞ!」
鈴木が叫ぶ。
『黙れポンコツ! 私のGタンクに当てられない敵を、その自転車ロボットにどうにかできるわけが……』
その時、鈴木の右壁に設置された新しいレバーに貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。ギアを一番軽くしろ。そして、君の足が不可視の竜巻となるまでペダルを回せ。超絶なる回転が、光を生み出す。――名もなき宇宙の友人より』
「……ギアチェンジ!? この機体に、変速ギアがついたのか!!」
鈴木は歓喜した。今まで、50トンの機体を【重すぎる単一ギア】で強引に動かしていたのだ。ギアを軽くすれば、どれほど足が楽になることか!
鈴木は迷わず、右壁のレバーを「カチャカチャカチャッ!」と【第1速(最も軽いギア)】まで叩き落とした。
スコッ。
ペダルの抵抗が、嘘のように消え去った。
「か、軽い!! 羽のように軽いぞ!! これならいくらでも回せる!!」
しかし、軽すぎるギアで50トンの機体を進ませ、さらに胸部のダイナモを発電させるためには、通常の数十倍の回転数が必要になるという地獄の罠に、鈴木はまだ気づいていなかった。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
鈴木は、両足を猛烈な勢いで回し始めた。
シャアァァァァァァッ!!
軽いペダルは鈴木の脚力をダイレクトに回転数へと変換し、1分間に200回転……いや、300回転(RPM)という、プロの競輪選手すら凌駕する異常な【超高回転ペダリング(ハイ・ケイデンス)】の領域へと突入した!
「足が! 足が止まらないぃぃぃぃっ!! 回転が速すぎて、自分の足が見えないぃぃぃっ!!」
鈴木の悲鳴と共に、超高速回転するペダルがダイナモを猛烈に駆動させる。
すると、アースディフェンダーの胸部に密集して貼り付けられた大量のLEDライトが、太陽を直視したかのような【数百万ルーメンの強烈な閃光】を一斉に放ったのである!!
『ピッカァァァァァァァァァァンッ!!!!』
『ギャウゥゥゥゥッ!?』
超音速で爆走していた宇宙チーター(32号)は、突如として放たれた目潰しの閃光を真正面から浴び、完全に視界を奪われた。
パニックを起こした32号は、そのまま直進して管制塔の跡地に「ドゴォォォンッ!!」と激突し、気絶してひっくり返った。
「いまだぁぁぁっ!!」
鈴木は、足を超高速で回したまま(止めるとダイナモの光が消えるため)、左手のヒモを限界まで引き抜き、空気砲を発射!
『ボジュォォォォンッ!!』
気絶した怪獣にトドメの圧縮空気弾が直撃し、見事に粉砕した。
『……ば、馬鹿な。人力の発電システムで、あの光量を……!?』
Gタンクの中で、神崎がサングラス越しに目を丸くして震えていた。
司令室では、炎城が感動のあまり鼻血を出していた。
「見たか諸君!! アースディフェンダーの胸から、鈴木の燃えたぎる命の輝きが【プラズマ・フラッシュ】となって迸ったぞ!! これぞ男の光だぁぁっ!!」
広瀬が、目をショボショボさせながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、極秘の超高輝度・太陽拳システムにより神速の敵を無力化! Gタンクの死角を完全カバー!』でリリースします!!」
そして現場。
自転車屋の店先でスマホの中継を見ていた3号は、ガッツポーズをした。
「よしっ! 鈴木のおっさん、ついに競輪のトップレーサー並みのケイデンスを手に入れたな!」
しかし、背後から店長の怒号が飛んだ。
「おいシルバァ! お前、倉庫にあった高級変速ギアとダイナモライトを箱ごとパクっただろ! 窃盗だ! 弁償代として、今月の給料から【2万5千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、秋の気配を感じる商店街に虚しく響き渡る。
そして、閃光で敵を討ち取った鈴木にも、氷室査察官からの極寒の通達が届いた。
『……鈴木さん。お疲れ様です。見事な目潰しでした』
「ひ、氷室査察官……俺の、足が……ケイデンスが異常すぎて、関節から煙が出てます……」
『ええ。ところで、あなたが胸部から放ったあの強烈な光ですが。航空法における【飛行場周辺での不適切な強力灯光の照射】に違反します』
「えっ」
『さらに、あなたがペダルを超高速回転させた際、チェーンから発生した金属音が【騒音防止条例】の基準値を大きく上回っていました。これらの罰金として、今月の給与から【3万円】を天引きさせていただきます。次はもっと静かに、そして薄暗く戦ってくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
足の筋肉、腕、首、体幹に加え、ついに【プロレーサーすら凌駕する超高回転ペダリングの技術】を強制的に習得させられた鈴木。
彼の肉体は、防衛省という名の地獄のトレーニング施設で、来るべき競輪無敗伝説の日に向けて、着実に、そして悲惨なまでに鍛え上げられていくのであった。




