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第46話「極秘のブースト・ジャンピングと、時給1100円の綱渡り」

 防衛省の地下司令室。

 夏の終わりを告げる湿った風が吹き抜ける中、炎城司令官がモニターに向かって絶叫していた。

「ぬぉぉぉ! 敗北! また敗北だぁぁっ!!」

 モニターには、昨日、河川敷で宇宙ムカデを粉砕し、ついでに周辺の住宅街に巨大なクレーターを作ったGタンクの勇姿が流れていた。

「神崎流星……あいつの機動力は異常だ。キャタピラとは思えぬ加速で敵の懐に飛び込み、一撃で仕留める。我がアースディフェンダーも、大地を走るだけでなく、空を翔ける……いや、敵を強襲するための【圧倒的な飛躍力】が必要だ!」

 氷室査察官が冷ややかに眼鏡を光らせる。

「了解しました。次世代の強襲兵器として、ロケットブースターの実装を計画します。ただし、予算は相変わらずゼロです」

「ロケットブースターだと!?」高橋が震える。「あんな巨大な機体に何基のブースターを積む気ですか! 爆発したら……」

「ご安心を。高価なロケット燃料は使いません。使用するのは、工業用の高圧CO2ガスボンベ……つまり、業務用消火器の噴射力です」

 インカムから、鈴木の魂が削れる音が聞こえてきた。

『司令官……いや、氷室査察官……。今の装備で、俺はすでに両足の筋肉痛、右腕の腱鞘炎、左腕の肉離れ、首のムチウチ、腹筋と背筋の断裂寸前です。これ以上、何をさせる気ですか……』

「気合いだ鈴木ィ! おとこは、限界の先にある壁を突き破るために存在するのだ!!」

 その夜、深夜の工事現場。

 巨大な土管が積み上げられた一角で、ジャージ姿の3シルバーガイが、深夜の【高圧ガスボンベの搬入バイト(時給1,100円)】をしていた。

(重い……! 二酸化炭素がパンパンに詰まったこのボンベ、一缶で30キロはあるぞ)

 3号がぜぇぜぇ言いながらボンベを積み上げていると、影からハカセイダーが音もなく現れた。

「シルバァ。いい素材を見つけたな」

「……またお前かハカセイダー! 今度は何を作るつもりだ!」

「ふふふ。アースディフェンダーに【強襲・飛躍システム】を実装する。名付けて『高圧圧縮・ジャンピング・スパイク』だ」

 翌朝。

 ハカセイダーの手により、アースディフェンダーの足裏には巨大な金属板が、背中には大量の消火器(CO2ボンベ)がガムテープで縛り付けられていた。

「よし、システムは完成だ。鈴木のおっさん、今日のペダル漕ぎは……前回の腹筋に加えて【フルスクワット】を追加するぞ!」

「あーあ……鈴木のおっさん、明日には足が動かなくなりそうだぜ……」

 午前10時。

『緊急事態です!』

 佐藤が、スマホのゲームを中断して叫ぶ。

『都庁の屋上に、巨大未確認生物31号が出現! 全長20メートルの【宇宙カマキリ】です! 鋭い鎌で都庁の展望台を切り刻み、さらに都心部への降下を開始しました!』

「出撃だ鈴木ィ! 都庁の展望台に飛びつき、敵を叩き落とせ!」

 鈴木がペダルを漕ぎ、都庁へと急行する。

 そこにはすでにGタンクが到着していた。

『――遅いぞ、防衛省のポンコツ。展望台の高さまで、キャタピラで登るわけにはいかない』

 神崎のニヒルな声が響く。Gタンクは都庁の足元で、無防備な展望台を切り刻む宇宙カマキリを見上げることしかできない。

『AIの計算でも、展望台への強襲は不可能と出ている。……撤退して、後で空爆する』

「待て! 俺がやる!」

 鈴木が叫ぶ。

「あそこにはまだ、観光客が取り残されているんだ!!」

 鈴木は、コクピットの壁に貼られた新しいメモを目にした。

『パイロットの同志へ。その消火器を解禁せよ。深く、深く、己を殺して屈伸スクワットせよ。君の膝が、大気を支配するバネとなる。――名もなき宇宙の友人より』

「……またか! また筋肉の要求かぁぁっ!!」

 鈴木は、両足で【ペダルを漕ぎ】、右手で【シールドを回し】、左手で【空気砲のヒモを引き】、腰で【腹筋運動を繰り返しながら】、ついに両足の膝を最大まで曲げ、超低姿勢の【フルスクワット】の体勢に入った。

「うおおおおおおおおっ!! 膝が! 膝の皿が割れるぅぅぅっ!!」

 鈴木が立ち上がる勢いで、CO2ボンベの安全ピンを蹴り飛ばした瞬間。

『ブォォォォォォォォォォンッ!!!』

 足裏から噴射された高圧CO2の爆風が、アースディフェンダーを垂直に打ち上げた!

 50メートルの巨体が、まるで本物のミサイルのように都庁の展望台へ向かって跳躍する。

「飛んだ……!? あの鉄屑が飛んだぞ!?」

 Gタンクの神崎が、モニター越しに目を剥く。

 空中。

 アースディフェンダーは、空中で体勢を崩しながらも、右手のシールドを展開(回転させながら)して、宇宙カマキリの鋭い鎌を強引に弾き飛ばした。

「いっけぇぇぇっ!!」

 鈴木が空中で腹筋を激しく収縮させ、左手のヒモを引く。

『ボジュォォォォンッ!!』

 圧縮空気弾が、空中で身動きの取れない宇宙カマキリの胸部を直撃。カマキリは展望台から突き落とされ、地上に激突して動かなくなった。

『……信じられん。人力のフルスクワットで、高度300メートルに到達だと?』

 神崎が、信じられないものを見る目で空を見上げていた。

 司令室では、炎城が机を突き破る勢いで歓喜の雄叫びを上げていた。

「見たか!! アースディフェンダーのジャンプこそが、人類の進化だ!! 鈴木、貴様の膝蓋骨は、鋼よりも硬い!!」

 広瀬が、冷や汗を流しながらキーボードを叩く。

「完璧です! 『ED、極秘開発のCO2噴射による垂直跳躍ブースト・ジャンプで高高度戦闘を制圧! 展望台の平和を守り抜く!』でリリースを出します!!」

 そして現場。

 空を飛んだボロボロの巨神を見届けた3号は、ガッツポーズをした。

「やったな鈴木のおっさん! これでGタンクも手出しできまい!」

 しかし、背後から現場監督の怒号が飛ぶ。

「おいシルバァ! お前が運搬してた高圧ボンベの在庫が合わないぞ! 備品持ち出しの窃盗だ! 罰金として今月の給料から【3万円】天引きだ!!」

「うそぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、真夏のビル街にこだまする。

 そして、病院を守り抜いた鈴木にも、氷室査察官からの氷のような通達が届いた。

『……鈴木さん。お疲れ様です。見事な跳躍でした』

「ひ、氷室査察官……俺の、両膝が……軟骨がすり減って……」

『ええ。しかし、あなたが機体に搭載した【業務用消火器】ですが、防衛省の備品管理簿から消えていました。高圧ガス保安法違反および、公道での無許可飛行、さらに着地時にコンクリート舗装を割ったことによる補修費を請求します。合計で【4万円】、給与天引きさせていただきます。次はもっとフワリと着地してくださいね』

「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」

 両足の太もも、両腕、首、体幹、そして両膝。

 鈴木の肉体は、文字通り「パーツごとに鋼鉄化」しつつあった。

 競輪選手としての才能が、過酷な防衛と理不尽な天引きの中で、不本意ながらも極限まで研ぎ澄まされていくのであった。

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