第45話「極秘の腹筋スモークと、時給1080円の小麦粉運び」
防衛省の地下司令室。
八月の猛暑を迎え、冷房の効かない(氷室が予算削減で切っている)室内で、炎城司令官が今日も元気に真っ赤なマフラーを靡かせていた。
「ぬぉぉぉっ! 暑い! だがこの暑さこそが闘志を燃やす薪となる! 鈴木ィ! 今日のペダリングの調子はどうだ!」
インカム越しに、鈴木の死に絶えそうな声が響く。
『……司令官。両足はペダルで痙攣し、右腕はシールドのクランクで千切れそうになり、左腕は空気砲のヒモで肉離れし、首は20キロのヘルメットでムチウチです。もう、動かせる筋肉が残っていません……』
「馬鹿者! 漢にはまだ最大の武器である【腹筋と背筋(体幹)】が残っているだろうが! 体幹を鍛えねば、真の力は発揮できんぞ!」
『これ以上、俺に何をさせる気ですかぁぁっ!』
一方その頃。
関東郊外の巨大な製粉工場の倉庫で、粉まみれになったジャージの青年――巨大未確認生物3号が、台車に荷物を積んでいた。
(時給1,080円の『小麦粉袋・運搬バイト』。重さ30キロの袋を運ぶ重労働だが、宇宙人の俺なら余裕だぜ)
すると、倉庫の影から白衣の天才科学者ハカセイダーが、台車ごと小麦粉の袋を数袋くすねてきた。さらに彼の手には、バーベキュー用の【巨大な足踏み式ふいご(空気ポンプ)】が握られている。
「ハカセイダー、またお前か! 今度は何を企んでるんだ?」
「フフフ。Gタンクの強固な装甲に対抗するには、アースディフェンダーに【回避行動】と【特殊防御】が必要だ。この小麦粉とポンプを使って、敵の光学兵器を無効化する『アンチ・ビーム・スモークディスペンサー』を実装する!」
その夜、二人はまたしても演習場に忍び込んだ。
ハカセイダーは、アースディフェンダーの肩の塩ビパイプに小麦粉を詰め込み、ホースをコクピットに繋いだ。そして、鈴木の座るシートベルトを改造し、腰に【腹筋ローラーとボート漕ぎマシンを合体させたような頑丈なハーネス】を取り付けたのである。
「よし。これでパイロットが前後に激しく上体を揺らせば(腹筋と背筋を酷使すれば)、ポンプが作動して機体から粉塵スモークが噴射される仕組みだ。……あのパイロットのシックスパックは約束されたな」
「頼むぜ鈴木のおっさん! これでどんな敵の攻撃も防げるはずだ!」
翌日。
『緊急事態発生!』
佐藤が、スマホのハンディファンを顔に当てながら報告した。
『八王子市の山間部に、巨大未確認生物30号が出現! 全長40メートルの【宇宙レンズムシ】です! 背中の巨大な水晶体で太陽光を集め、数千度の超高熱ビームを照射しています!』
「出撃だ鈴木ィ! Gタンクに遅れをとるな!」
八王子・山間部。
宇宙レンズムシ(30号)が、背中のレンズで真夏の強烈な太陽光を収束させ、「ジュォォォォッ!」という音と共に山を焼き払っていた。
そこへ、轟音を立ててGタンクが急行する。
『――太陽光を利用したエコな怪獣か。だが、トヨハタの耐熱装甲の前には無意味だ』
神崎流星がニヒルに笑い、Gタンクを前進させる。
しかし、30号がGタンクに向けて高熱ビームを照射した瞬間、神崎の表情が凍りついた。
『な……装甲が、溶けている!? 太陽光の収束率が異常だ! キャタピラが溶けたアスファルトに癒着して動けない!』
数千度の光線を浴び続け、最新鋭のGタンクの表面がドロドロに融解し始めた。
そこへ、「ギゴ……ギゴ……」と不気味な音を立てて、満身創痍のアースディフェンダーが到着した。
「神崎! 大丈夫か!」鈴木が叫ぶ。
『来るなポンコツ! あのビームを浴びれば、ガムテープの機体など一瞬で灰になるぞ!』
「くそっ! あのビームを防ぐ方法なんて……」
その時、鈴木の腰にガッチリと固定された【謎のシートベルト(ハーネス)】の横に貼られたメモが目に入った。
『パイロットの同志へ。腰を前後に激しく振れ。腹筋と背筋の躍動が、光を遮る霧となる。――名もなき宇宙の友人より』
「……またか! また筋肉かぁぁぁっ!!」
鈴木は狂気の沙汰に突入した。
両足で【ペダルを全力漕ぎ】。右手で【シールドのクランクを回し】。首に【20キロのヘルメットを被って索敵】しつつ。
さらに、ハーネスに固定された腰を使い、まるでボート競技の選手のように、上体を「ギック! バコンッ! ギック! バコンッ!」と激しく前後に折り曲げ始めたのである!
「腹筋が! 背筋が! 体幹が引き裂かれるぅぅぅぅっ!!」
鈴木が腹筋と背筋を限界まで酷使してポンプを作動させた瞬間。
アースディフェンダーの肩口から、「ブシュゥゥゥゥッ!!」と凄まじい勢いで【真っ白な煙(※ただの小麦粉)】が噴射され、周囲一帯を瞬く間に覆い尽くした!
「な、なんだこれは!?」
Gタンクの神崎が驚愕する。
真っ白な粉塵の幕が光を乱反射(ミー散乱)させ、宇宙レンズムシの超高熱ビームは完全に霧散してしまったのだ。
「いまだぁぁぁっ!!」
鈴木は、腹筋運動を続けながら、左手の【芝刈り機のヒモ】を限界まで引き抜き、空気砲を発射!
『ボジュォォォォォォォォンッ!!!』
放たれた高圧の空気弾が、ビームを無効化されて戸惑う30号の背中のレンズを粉々に打ち砕き、怪獣は悲鳴を上げて山奥へと逃げ去っていった。
『……信じられん。光を拡散させるアンチ・レーザー・パウダーだと?』
神崎が、真っ白に粉化粧したGタンクの中で震え声を出した。
『防衛省め……どれだけ高度な光学防御技術を隠し持っているというのだ……!』
地下司令室では、炎城が涙で前を見失っていた。
「見たか諸君!! アースディフェンダーの機体から、鈴木の熱き魂が【白いオーラ(湯気)】となって噴き出したぞ!! あれぞ闘志の具現化だぁぁっ!!」
広報の広瀬が咳き込みながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、最新鋭の光学無効化チャフ・スモークを展開! Gタンクをまたしても救出!』でリリースを出します!!」
そして現場。
製粉工場の倉庫で、真っ白な粉まみれになったアースディフェンダーの雄姿を見た3号は、汗を拭いながらサムズアップした。
「鈴木のおっさんの腹筋、完全に割れたな。よくやったぜ!」
しかし、背後から工場長の怒号が飛んできた。
「おいシルバァ! お前が運んでた高級小麦粉が5袋も消えてるぞ! しかもなんで外のロボットから粉が噴き出してんだ! 弁償代として今月の給料から【1万5千円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、真夏の空に吸い込まれていく。
そして、見事な腹筋と背筋で光を制した鈴木にも、氷室査察官からの極低温の通達が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様です。見事なチャフ散布でした』
「ひ、氷室査察官……俺の、腹筋が……シックスパック通り越してエイトパックに……」
『ええ。ところで、あなたが機体から撒き散らしたあの白い粉ですが。調査の結果【食用小麦粉】であることが判明しました。SDGsに反する重大な食品ロス行為として、農林水産省からクレームが入りました』
「えっ」
『食品ロスの罰金、およびGタンクを粉まみれにした「洗車代」の請求として、今月の給与から【3万5千円】を天引きさせていただきます。次はもっと環境に配慮した煙を出してくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおおっ!!」
両足、両腕、首、そしてついに鋼鉄の体幹を手に入れた鈴木。
ブラック環境の中で強要される「一人オーケストラ地獄」は、彼の肉体を、来るべき競輪界で【生涯無敗のペダリング】を生み出すための、完璧なアスリート仕様へと強制進化させているのであった。




