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第5話「奇跡の一歩は、破滅への助走」

 防衛省の地下に広がる第1格納庫は、かつてないほどの熱気とフラッシュの光に包まれていた。

 本日は、マスコミ各社と政府高官を招いての【アースディフェンダーMk-II お披露目式見学会】である。

「ご覧ください皆様! これが度重なる実戦データを元に改修された、人類の新たなる剣、Mk-IIです! 肩の装甲に施された黄金のナノマシン・コーティング(※ホームセンター特売のペンキ)が、あらゆる宇宙からの攻撃を跳ね返します!」

 特設ステージの上で、広報官の広瀬がマイクを握り、淀みない作り話を披露している。

 カメラマンたちが一斉にシャッターを切り、招待された大物政治家たちが「ほう、これで我が国の防衛も安泰だな」と満足げに頷いていた。

 一方、そんな華やかなステージを見下ろす、地上50メートルのコクピット内。

「……佐藤さん。俺、もう嫌だ。なんでこんな見世物パンダみたいなこと……」

「鈴木さん、マイク切れてますから安心して泣いてください。あ、今日のログインボーナス、レア石だ。ラッキー」

 鈴木は黄金色に塗られた肩パーツの裏側で、剥き出しになった単管パイプがギシギシと悲鳴を上げている音を聞きながら、胃薬の瓶をカラカラと振った。もう空だった。

「西園寺管理官。今回の発表会で、Mk-IIの【次世代関節駆動システム開発費】として、追加で150億円の予算請求の目処が立ちました」

「素晴らしいぞ、黒田くん。これで我々の部署はあと5年は安泰だ。動かないものを『もう少しで動く』と言い続ける錬金術……これぞ究極の行政マジックだよ」

 ステージ袖では、西園寺と黒田がワイングラスでも傾けかねない様子でほくそ笑んでいた。

 事後処理班の中村班長だけが、「この見学会の後の、パイプ椅子500脚の片付け、誰がやると思ってんだ……」と虚空を見つめてブツブツと呟いている。

 すべてが、いつも通りの【巨大な茶番】で終わるはずだった。

 あの熱血若手整備士が、余計な正義感を発揮しなければ。

『……鈴木さん。聞こえますか。俺です、高橋です』

 不意に、鈴木のインカムに整備班の高橋から、暗号通信のようなノイズ混じりの声が入った。

「高橋くん? どうしたんだ、こんな本番中に」

『鈴木さん。俺、悲しかったんです。こんな立派な機体なのに、台車に乗せられて、ペンキを塗られて、嘘の塊にされていくのが』

「うん、まぁ、俺も毎日悲しいけど」

『だから……俺、徹夜で組み上げたんです。アースディフェンダーの足首と膝のモーターを強制的に直結し、自律的な姿勢制御を可能にする【真の歩行プログラム】を!』

「……はい?」

 鈴木の背筋に、冷たい汗がツーッと伝い落ちた。

『大人たちの嘘は、俺が終わらせます。今、外部端末からプログラムをインストールしました。アースディフェンダーは……今、大地に立ちます!!』

「ば、馬鹿野郎! やめろおおおお!!」

 鈴木の絶叫と同時だった。

 コクピットの計器類(ダミーだと思っていた部分)が突如として赤く発光し、機体の足元から、地鳴りのような凄まじいモーターの駆動音が轟いた。

 ガガガガガガガッ!!

 ズギュウゥゥゥン!!

「な、なんだ!? 演出の予定にはないぞ!?」

 ステージ上の広瀬がマイクを持ったまま振り返る。西園寺も目を剥いた。

 50メートルの巨体が、これまで機体を支えていた無数のワイヤーを引き千切りながら、右足をゆっくりと持ち上げたのだ。

「おおっ! 動いたぞ! 歩くのか!」

「す、すごい! これが日本の技術力!」

 何も知らないマスコミと政治家たちは、盛大な拍手を送り始めた。

 しかし、現場の人間たちだけは、これがどれほどの【破滅】を意味するかを瞬時に理解した。

 現代の素材工学において、全高50メートル、重量数千トンの機体を二本の足で支えることなど物理的に不可能である。それを無理やりモーターの力だけで動かせばどうなるか。

「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

 コクピットの鈴木は、洗濯機の中に放り込まれたカエルのように激しくシェイクされていた。

 持ち上がった右足。しかし、その自重に耐えきれず、膝関節のカバー(ただのプラスチック)が弾け飛び、中の【工事用足場パイプ】が飴細工のようにひしゃげた。

 ズドドドドドドォォォォン!!!

 アースディフェンダーの右足が、一歩、前に踏み出された。

 ただその一歩だけで、地下格納庫の分厚いコンクリートの床が粉々に砕け散った。

 巨大な質量が叩きつけられた衝撃波で、マスコミ席のパイプ椅子が宙を舞い、展示用のパネルが吹き飛び、スプリンクラーが一斉に誤作動して会場に土砂降りの雨を降らせる。

「ぎゃああああっ!?」

「逃げろ! 踏み潰されるぞ!!」

 パニック映画さながらの阿鼻叫喚の地獄絵図。

 奇跡のプログラムを実行した高橋は、崩れゆく巨体を見上げながら膝から崩れ落ちた。

「嘘だ……俺の計算では、完璧に歩けるはずだったのに……! 関節の素材が、ただの鉄パイプとガムテープだったなんて……!!」

「だから最初からハリボテだって言っただろうがこのバカヤロー!!」

 田中班長が泣き叫ぶ高橋の首根っこを掴んで全力で避難する。

 バランスを崩したアースディフェンダーは、そのまま斜めに傾き、格納庫の壁面に激突。黄金のナノマシン・コーティング(ペンキ)が盛大に剥がれ落ち、上半身が壁にめり込んだ状態で、完全に沈黙した。

「……お、終わった……。私の官僚人生が……終わった……」

 水浸しのステージで、西園寺が白目を剥いて気絶しかけていた。

 しかし、その横で、広瀬だけは鬼の形相でマスコミのカメラに向かって叫んでいた。

「ご、ご覧いただけましたでしょうか皆様!! これがアースディフェンダーMk-IIの【圧倒的な出力】です!! 強力すぎるパワーに、この旧式の格納庫では耐えきれなかったのです!!」

「えっ!? あ、ああ、なるほど、そういう……?」

「そうです! 機体をコントロールするためには、より強固な【超巨大専用演習場】と、未知の合金を開発するための【莫大な追加予算】が必要不可欠なのです!! 本日はその威力を証明するための、あえてのデモンストレーションでした!!」

 広瀬の狂気じみたスピンコントロールに、パニックになっていた政治家たちが「そ、そうか……なら仕方ないな」と謎の納得をし始める。

 その頃。

 地下での騒ぎなど知る由もない、阿佐ヶ谷の古いアパート。

 シルバーガイ(3号)は、ちゃぶ台でカップラーメンをすすりながら、スマホでニュース速報を見ていた。

『【速報】防衛省地下で局地的な地震が発生! アースディフェンダーの出力テストの影響か!?』

「……出力テスト?」

 青年は割り箸を止めた。

「いやいや、あんなただの鉄の塊が、地震起こすほどのエネルギー出せるわけないじゃん。……まさか、俺が知らないだけで、地球人ってとんでもない自爆兵器を隠し持ってるのか? やばいなこの星。刺激しないように、もっと大人しくしておこう……」

 宇宙最強の戦士は、地球人の【見栄と事故】に完全に怯えきっていた。

 数時間後。

 完全に鎮火し、廃墟と化した第1格納庫の片隅。

 煤だらけになった西園寺の前に、黒田が分厚いファイルをドンッと置いた。

「西園寺さん。計算が終わりました。格納庫の修繕費、破壊されたマスコミの機材の弁償、および関係者の口止め料。しめて【250億円】になります。……どうやって捻出します?」

「……高橋くんを、今すぐ左遷しろ。いや、いっそ彼を宇宙人に引き渡して……」

「現実逃避しないでください。あと、中村班長が『瓦礫の撤去費用で特別手当を出さないなら、労働基準監督署にすべてをぶちまける』とハンマーを持って暴れています」

 そして、壁に突き刺さったままのアースディフェンダーのコクピットでは。

「……佐藤さん。俺、生きてる?」

「生きてますよ、鈴木さん。ただ、機体が壁にめり込んでハッチが開かないので、救助が来るのは明日の朝になるそうです。あ、私定時なんで帰りますね。お疲れ様でしたー」

 ツー、ツー、ツー。

 無情にも切断された通信機を握りしめ、鈴木は暗闇の中でただ一人、むせび泣いた。

 たった一歩。機体が歩みを進めただけで、国庫から数百億が消し飛び、現場の労働環境はさらに悪化する。

 絶対に動かしてはいけない防衛兵器。その恐るべき真価が、今ここに証明されたのだった。

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