第4話「【最新鋭機】という名のペンキ塗り」
巨大未確認生物2号、通称「ハナミズ」の死体解体作業が始まってから二週間が経過した。
房総半島の風向きが変わるたび、防衛省の地下基地には、ほのかに「腐った魚とアンモニアを混ぜて煮詰めたような匂い」が漂ってくる。
「……あー、鈴木くん。聞こえるかね。本日の訓練メニューだが、腕部の【油圧シリンダー(に見える塩ビパイプ)】の清掃だ。昨日、カモメが糞を落としていったからね。視察に来る政治家に『汚れた英雄』だと思われないように、ピカピカに磨き上げてくれたまえ」
コクピットの中で、鈴木は雑巾を片手に白目を剥いた。
外では高所作業車に吊るされた整備兵たちが、巨大なアースディフェンダーの装甲を拭いている。もはや地球を守る兵器のパイロットというよりは、巨大な仏像のすす払いをする門前町の住人の気分だった。
「西園寺さん……。昨日の黒田さんの話、聞きましたよ。2号の損害賠償、300億超えるって。そのお金があるなら、このガトリング砲、本物に変えられませんか?」
「馬鹿なことを言いたまえ。本物を載せたら重さで機体が崩壊する。それに、本物を持たせたら【武器輸出三原則】だの【環境影響評価】だの、別の書類が100万枚は必要になる。このままでいいんだ。このまま『最強だ』と言い張り続けるのが、最もコストパフォーマンスが良いんだからね」
西園寺の相変わらずの官僚答弁に、鈴木は胃薬を二錠飲み込んだ。
隣のサブシートでは、ナビゲーターの佐藤が相変わらずスマホの画面を連打している。
「あ、鈴木さん。広瀬さんから連絡です。来週の『アースディフェンダーMk-II 発表会』に向けて、機体のカラーリングを一部変更するそうです。肩のパーツを金色のペンキで塗ってくださいって」
「Mk-II!? 第1世代すら動かないのに、もう後継機かよ!」
「いえ、名前だけですよ。中身はこのまま、外見を少し変えて『最新鋭にアップグレードしました』って発表すれば、また追加の予算が下りるそうです。広瀬さんの案では【不測の事態にも対応可能な、ナノマシン・コーティング採用】というキャッチコピーで行くとか」
「ペンキだろ! ただのペンキだろ!!」
鈴木の絶叫が虚しく響く中、基地のスピーカーが突然、けたたましい警報を鳴らした。
『緊急警報! 緊急警報! 上空3万メートルに、正体不明の飛行物体を探知! 凄まじい速度で下降中。目標、アースディフェンダー基地直上!』
「な……なんだって!? 怪獣か!?」
「いえ、サイズは2メートル程度。小さいです。でも、熱量が異常です!」
佐藤が珍しくスマホを置き、モニターを操作した。
映し出されたのは、真っ赤に加熱しながら大気圏を突破してくる【小さなカプセル】のような物体だった。
「……これ、怪獣じゃないな。宇宙船か?」
「鈴木くん! チャンスだ!」
通信機から西園寺の興奮した声が響く。
「Mk-IIの発表前に、実績を作るんだ! あれをアースディフェンダーの【新型迎撃システム】で撃墜したことにしろ!」
「無茶ですよ! このガトリング、ただの筒だって言ったじゃないですか!」
「田中班長! 打ち上げ花火の準備だ! ターゲットが視認できる距離に来たら、全部打ち上げろ! 広瀬くん! カメラを回せ! 光学エフェクトで後から【超高出力レーザー】に書き換えるんだ!」
基地全体が、戦いではなく「撮影」のために動き出した。
熱血整備士の高橋が「これじゃ嘘じゃないですか!」と泣きながら走り回っているが、ベテランの田中班長は「これが仕事だ」と淡々と花火の導火線をチェックしている。
飛行物体は、猛烈な勢いで基地の近くの空き地へと落下してきた。
衝突の直前、アースディフェンダーの肩から、数十発の打ち上げ花火が空高く放たれた。
『ヒュ〜……ドォォォォォン!!』
「よし! 今だ! 広瀬、今の映像を加工してニュースへ流せ! 『アースディフェンダーの新型兵器、宇宙からの侵略者を一撃で粉砕!』だ!」
しかし。
煙が晴れた戦場(撮影現場)にいたのは、破壊された宇宙船ではなかった。
落下地点には、直径3メートルほどのクレーター。
そこから、ふらふらと立ち上がったのは……ランドセルを背負った、小さな子供のような姿をした宇宙人だった。
「……え?」
モニターを見ていた鈴木が呆然とする。
その小さな宇宙人は、手にした奇妙な機械を操作すると、大音量の【地球語(翻訳版)】で話し始めた。
『……おーい。極東担当の3号さんはどこだー? 本部から【お届け物】だぞー。不在だったから追跡モードで直接来ちゃったよー』
「……お届け物?」
その時、基地の近くのアパートの影から、銀色の巨人の姿をした……ではなく、ジャージ姿の地球人に擬態した「3号」が、猛烈な勢いで走ってきた。
「ちょっと待て! 待て待て待て! こんな住宅街の真ん中に【弾道配送】するなよ! 始末書の枚数が足りなくなるだろ!」
3号(ジャージ姿)は、小さな宇宙人から荷物を受け取ると、辺りをキョロキョロと見渡した。そして、台車に乗ったまま花火を撃ち尽くして煙を吐いているアースディフェンダーと目が合った。
「……あ。やべ」
3号は即座に姿を消した。
しかし、今の光景はすべて広報官・広瀬のカメラに収められていた。
「西園寺管理官……今の、見ましたか?」
「ああ。見たとも」
西園寺は、眼鏡の奥の目をギラリと光らせた。
「あの銀色の侵略者(3号)め、宇宙から【危険な大量破壊兵器】を密輸したな。そしてアースディフェンダーの勇猛な攻撃を、謎の小型宇宙船を使って防ぎやがった」
「えっ、いや、今のどう見ても宅急便ですよね?」
「黙れ鈴木くん! 国民が求めているのは宅急便ではなく、卑劣な宇宙人との戦いだ!」
その日の夜。
テレビのニュースは、広瀬が超特急で編集した【衝撃映像】に染まっていた。
『【緊急特報】! 卑劣な第3号、宇宙の犯罪組織から新型爆弾を入手か!? 阻止しようとしたアースディフェンダーMk-IIのレーザーを、謎の盾で防御! 状況は深刻です!』
阿佐ヶ谷の古いアパート。
シルバーガイ(3号)は、届いたばかりの【実家からの仕送り(宇宙の保存食と、故郷の母親が編んだセーター)】を手に、テレビの前で膝から崩れ落ちた。
「セーター……母ちゃんが送ってくれた、冬用の防寒セーターが……『新型爆弾』って……」
彼は通信機を手に取り、泣きながら上司に連絡した。
「課長……もう無理です。俺、明日から無断欠勤します。地球人が怖いです。……え? 『広報戦略も戦いのうちだ、我慢しろ』? ……俺、ヒーローですよね? 宇宙の平和守ってるんですよね……?」
一方、防衛省のオフィス。
黒田が書類の山を抱えて西園寺の元へやってきた。
「西園寺さん。今のニュースのおかげで、Mk-IIの開発予算、予定の1.5倍で通りましたよ。おめでとうございます」
「ふふふ、当然だよ黒田くん。危機は煽れば煽るほど、金に変わるんだ」
「ただし、花火の火種が近隣のビニールハウスを数棟焼きました。その損害賠償、あと『宇宙船が落下した空き地』の地主からの苦情対応。これ、事後処理班の中村さんに丸投げしておきましたから」
現場では。
ドロドロの怪獣の死体処理に加えて、新たに「焼けたビニールハウス」の補償交渉を命じられた中村班長が、虚空を見つめながら呟いていた。
「……あのア神輿ロボ、一回本当に爆発してくれないかな。そうすれば、これ以上仕事が増えなくて済むのに……」
地球の平和は、今日も莫大な嘘と、一通の誤解された仕送りと、誰かの死ぬような残業によって守られていた。
そして。
アースディフェンダーの格納庫では、若手整備士の高橋が、誰にも気づかれないように、EDの足首の駆動モーターに、私物のノートPCを接続していた。
「……見ててください、鈴木さん。俺が本当に、この機体を歩かせてみせます。そうすれば、もう誰も嘘をつかなくて済むはずなんだ……!」
彼が打ち込んだコマンドが、沈黙していたハリボテの深部で、小さな、しかし確かな火を灯したことに、まだ誰も気づいていなかった。
【キャラクタープロフィール:高橋】
年齢:22歳
役職:アースディフェンダー 若手整備士
経歴:幼少期に見たロボットアニメに感化され、このプロジェクトに志願した熱血漢。EDの実態が「巨大なハリボテ」であることを知った夜は三日三晩泣き明かしたが、諦めきれず、独断で「本当に自律歩行するための制御OS」を自作のノートPCで組み続けている。現場の「大人たちの事情」を最も理解したくないピュアな青年。
【キャラクタープロフィール:山田将軍】
年齢:58歳
役職:地球防衛軍 総司令官
経歴:事なかれ主義を極めた、天下り待ちのトップ。現場の悲鳴も西園寺の隠蔽工作も、「うむ、よきに計らえ」の一言ですべて聞き流す。責任を取らされることだけは神がかり的な直感で回避する。ある意味、この組織で最も「最強の防衛能力」を誇る人物。




