第41話「黒船Gタンクの襲来と、時給1100円の瓦礫撤去」
防衛省の地下司令室に、かつてないほどの激震が走っていた。
いつもは冷徹な氷室査察官の眉間には深いシワが寄り、熱血司令官の炎城烈火でさえ、モニターに映し出された【極秘資料】を見て息を呑んでいた。
「……氷室査察官。これは、冗談ではないのだな?」
「ええ。内閣府に潜り込ませたパイプからの確かな情報です」
氷室がタブレットを操作すると、メインモニターに【一枚の機体設計図】と、実戦配備に向けたプロモーション映像が映し出された。
下半身は無骨で巨大なキャタピラ。上半身には、両肩に天を突くような二門の長距離砲を備え、両腕はミサイルランチャーとなっている。
「国土交通省と、世界最大の民間自動車メーカー【トヨハタ自動車】が裏で結託し、数百億円の国家予算をつぎ込んで開発した、対巨大未確認生命体用・キャタピラ自走式起動兵器……その名も【Gタンク】です」
「ジ、Gタンクだとぉ!?」整備の高橋が絶叫した。「なんて露骨なネーミングだ! しかも、あんな重武装で公道をキャタピラで走ったら、アスファルトがズタズタになるぞ! なぜ国交省がそんなものを!」
「国交省の狙いはそこです」氷室が冷ややかに答える。「Gタンクが怪獣を倒す過程で道路やインフラを破壊すれば、国交省傘下のゼネコンに莫大な【復興公共事業】が転がり込む。トヨハタは自社の技術力を世界にアピールできる。まさに両者の利害が一致した悪魔の兵器。すでに内閣の承認も下りています」
防衛省の面々は青ざめた。
これは単なる新型兵器の登場ではない。防衛省と、国交省&トヨハタ自動車(Gタンク)による、国家防衛の主導権と【数千億円の防衛予算】を懸けた、血で血を洗う予算獲得合戦の幕開けであった。
「おのれぇぇぇっ! 企業と官僚の癒着が生んだ鉄の塊など、我がアースディフェンダーの熱き魂には遠く及ばん!」
炎城が机を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
「鈴木ィ! 聞いているか! 本日より、我が防衛省はGタンクとの全面戦争に突入する! 貴様のペダリングで、トヨハタのエンジンを凌駕してみせろ!!」
コクピットの鈴木は、インカム越しに絶望の声を上げた。
『無理に決まってるだろぉぉぉっ! こっちは人力のママチャリ駆動だぞ! トヨハタ自動車のV8ハイブリッドエンジンに勝てるわけないじゃないですかぁぁっ!』
だが、事態は鈴木の愚痴を待ってはくれなかった。
『緊急事態発生!』
佐藤がスマホの画面から目を離さずに叫ぶ。
『さいたま新都心のど真ん中に、巨大未確認生物26号が出現! 全長40メートル、全身がトゲに覆われた【宇宙アルマジロ】です! 球体になってビル群を粉砕しながら進行中!』
「出撃だ鈴木ィ! Gタンクより先に現場に到着し、アースディフェンダーの力を見せつけるのだ!!」
『ひぃぃぃっ! ペダル重いぃぃぃっ!!』
鈴木は涙と汗を撒き散らしながら立ち漕ぎでペダルを回し、アースディフェンダーを「ギゴ……ギゴ……」と不気味な音を立てて前進させた。
さいたま新都心。
宇宙アルマジロ(26号)が、巨大な鉄球のように転がりながらビルをなぎ倒していた。
そこへ、息も絶え絶えのアースディフェンダーが到着した。
「ぜぇ……ぜぇ……着いた……!」
鈴木がダミーの操縦桿に突っ伏した、その時である。
『キュラララララララッ!!』
凄まじいキャタピラの駆動音が、さいたま新都心のメインストリートを揺らした。
アスファルトを粉々に粉砕しながら、トヨハタ自動車の技術の粋を集めた巨鋼の塊――【Gタンク】が、土煙を上げて猛スピードで現れたのだ。
「な、なんだあれは! 速い!」
鈴木が目を見張る。Gタンクは、アースディフェンダーの横を滑るように通り抜けると、ピタリとキャタピラを止めた。
そして、Gタンクの外部スピーカーから、やけにクリアで低音の効いた、ニヒルでクールな男の声が響き渡った。
『――そこをどけ、防衛省のポンコツ。ここから先は、トヨハタの領域だ』
「お、お前は誰だ!」鈴木が叫ぶ。
『トヨハタ自動車・特務テストパイロット。神崎流星。正義の執行者さ』
神崎の言葉と共に、Gタンクの両肩にそびえる二門の120mm無反動砲が、26号(宇宙アルマジロ)に狙いを定めた。
『ターゲット・ロック。……悪を塵に還せ。ツイン・カノン、ファイア』
ドガァァァァァァンッ!!!
凄まじい閃光と爆音。Gタンクの肩から放たれた実弾が、26号の強固なトゲの装甲をいとも容易く貫通し、内部で大爆発を起こした。
『ギャァァァァッ!?』
26号は一撃で粉砕され、肉片となって四散した。
「……す、すごい」
鈴木は、あまりの圧倒的な火力に言葉を失った。アースディフェンダーがペダルを漕いでアッパーカットを放つ何十倍もスマートで、何百倍も強力だった。
しかし。
Gタンクの主砲の凄まじい反動と爆風、そして貫通した砲弾の余波により、26号の背後にあった【さいたま新都心の大型ショッピングモールとオフィスビル群】が、怪獣もろとも木っ端微塵に吹き飛んでしまったのだ。
「ああっ! 街が! 街がめちゃくちゃじゃないか!」鈴木が叫ぶ。
『フッ……。気にするな』神崎がニヒルに笑う。『真の正義を成すためには、多少の犠牲は必然。あとは国交省のゼネコンが綺麗に舗装してくれるさ。さらばだ、時代遅れの自転車ロボット』
Gタンクはキャタピラを鳴らし、悠然と去っていった。
後に残されたのは、文字通り焦土と化した市街地と、何もできずに突っ立っているアースディフェンダーだけであった。
その日の夕方のニュースは、Gタンクの話題で持ちきりとなった。
『国交省とトヨハタ自動車が生んだ、究極の兵器Gタンク! 街の被害は出ましたが、その圧倒的な火力に国民は歓喜しています! 一方、防衛省のアースディフェンダーは、今日も現場で突っ立っているだけでした!』
防衛省の地下司令室は、お通夜のような静けさに包まれていた。
「……負けた」炎城がギリッと歯を食いしばる。「圧倒的な火力……あれが、企業の力か……」
「来年度の防衛予算の半分が、国交省に持っていかれますね」氷室が冷たく言い放つ。「鈴木さん。あなたが一歩も動かなかったせいで、防衛省は窮地に立たされました。ペナルティとして、今月の給料から【4万円】天引きします」
『俺のせいじゃないだろぉぉぉっ!!』
理不尽な天引きを宣告され、鈴木はコクピットの中でボロボロと涙をこぼした。
「ちくしょう……! 俺だって、毎日毎日、足に血豆を作りながらペダルを漕いでるのに! あんなエアコンの効いた快適なコクピットに乗ってる、気取ったエリートに笑われて……。俺は、俺は……本当のヒーローになりたいんだよぉっ!」
鈴木の悲痛な叫びは、誰にも届かないはずだった。
しかし、その涙を、コクピットの窓ガラス(アクリル板)の外から、ジッと見つめている男がいた。
「……おっさん」
瓦礫と化した市街地で、ヘルメットを被り、ツルハシを持ったジャージの青年。
巨大未確認生物3号である。
(時給1,100円の『国交省・瓦礫撤去バイト』で現場に来てみれば……あの戦車ロボット、めちゃくちゃやりやがって。鈴木のおっさん、完全に心折れちまってるじゃないか)
3号は、アースディフェンダーのコクピットの中で突っ伏して泣いている鈴木の姿を見て、胸の奥で何かが熱く燃え上がるのを感じた。
(おっさんは、手取り15万で、毎日文句を言いながらも、必死にペダルを漕いで地球を守ろうとしてるんだ。それを、金に物を言わせたエリートのオモチャに馬鹿にされるなんて、絶対に許せねえ!!)
宇宙最強の戦士の心に、これまでとは違う、明確な【怒りと決意】が芽生えた。
生活費のためでも、バイトを守るためでもない。
純粋に、理不尽に虐げられる「泥臭い友」を、勝たせてやりたいという思い。
「……待ってろよ、鈴木のおっさん」
3号は、手元のスマートフォン(ジャンク品)を取り出し、宇宙の長距離通信アプリを起動した。
発信先は、先日宇宙へ帰ったばかりの天才科学者、ハカセイダー。
『……ん? どうしたシルバァ。地球のジャンクパーツはもう十分集まったぞ』
「ハカセイダー。頼みがある」
3号は、夕日に照らされるボロボロのアースディフェンダーを見上げながら、力強く言った。
「このポンコツロボットを……【本物の巨大ロボット】にしてくれ。トヨハタ自動車のクソ戦車なんか、指先一つでひねり潰せるような、宇宙最強の機体にだ!!」
『……ほう?』
電話の向こうで、天才科学者が嬉しそうに笑う気配がした。
「俺も手伝う! 宇宙の技術と、地球のジャンクパーツで、あのエリートどもに一泡吹かせてやろうぜ! 鈴木のおっさんを、本物のヒーローにしてやるんだ!」
巨大な権力と資本をバックに現れた黒船、Gタンク。
それに立ち向かうのは、予算ゼロの防衛省のブラック社員と、時給1,100円のフリーター宇宙人。
アースディフェンダーを真のロボットへと進化させるための、前代未聞の【裏・極秘改造プロジェクト】が、今、静かに幕を開けたのである。




