第40話「熱血の海開きと、時給1200円のスイカ割り」
七月。本格的な夏の到来と共に、防衛省の地下司令室には、冷房の設定温度をめぐる【静かなる戦争】が勃発していた。
「ぬぉぉぉ! 夏だ! 海だ! 特訓だぁぁっ!!」
新司令官・炎城烈火が、室温28度の司令室で滝のような汗を流しながら絶叫する。
「諸君! アースディフェンダーが自立歩行(※ペダル式)をマスターした今、次なるステップは悪路走破性の向上である! よって、湘南海岸での【夏季・熱血地獄の海浜合宿】を敢行する!!」
「し、司令官! 勘弁してください!」
整備班の高橋が悲鳴を上げる。「あの機体は塩ビパイプとガムテープの塊ですよ! 海風の塩分を浴びたら、パイプが錆びる前にガムテープの粘着力が死んで、機体が砂浜で空中分解します!」
しかし、氷室査察官が冷ややかに眼鏡を押し上げ、炎城に同調した。
「いえ、合宿は決行します。実は既に、湘南の観光協会と契約を結びました」
「け、契約?」西園寺の抜けた穴を埋めるため、すっかり苦労人体質になった広報の広瀬が聞き返す。
「ええ。アースディフェンダーを【海の家の巨大看板】兼【ビーチクリーン(ゴミ拾い)のシンボル】として貸し出すことで、一日あたり50万円の協賛金が入ります。機体の塩害リスクよりも、目先の現金が優先です」
「氷室査察官! あなたも司令官と同じくらい狂ってる!」
インカムから、鈴木の掠れた声が響く。
『……あの。俺、今まさに砂浜でペダル漕がされてるんですけど。自転車で砂浜走ったことあります? タイヤ(足)が砂に埋まって、ペダルがコンクリートの壁みたいに重いんです。もう両太ももが爆発しそうなんですが……』
「気合いだ鈴木ィ!!」炎城がマイクを奪い取る。「砂浜の抵抗こそが真の足腰を鍛え上げるのだ! そのまま海に向かってダッシュせよ!」
『鬼かあああああっ!!』
一方その頃。
照りつける太陽の下、湘南海岸の「海の家・サマーパラダイス」で、ジャージの上にアロハシャツを羽織った青年が、猛烈な勢いで氷を削っていた。
巨大未確認生物3号である。
(時給1,200円の『海の家・調理補助バイト』! 今日は海開きで客も多いし、店長が「かき氷を1000杯売ったら特別ボーナスを出す」って言ってたからな! 絶対に売り切ってやるぜ!)
3号は、宇宙人の超絶スピードで手動のかき氷機を回し、次々とイチゴ味やブルーハワイ味のかき氷を量産していた。
ふと窓の外を見ると、遠くの砂浜で、アースディフェンダーが「ギゴ……ギゴ……」と、信じられないほど遅いスピードで砂に足を取られながらもがいている。
(あーあ。鈴木のおっさん、また無茶なことさせられてんな。でも、俺もボーナスのために手を休めるわけにはいかない!)
だが、夏の海岸の平和は、突如として破られる。
『緊急事態です!』
地下司令室で、佐藤がスマホの「水着イベントガチャ」を回しながら気怠そうに報告した。
『相模湾の沖合から、巨大未確認生物25号が上陸してきました! 全長30メートル、まるで巨大な【宇宙スイカ】のような球体怪獣です!』
「宇宙スイカだと!?」炎城が目を輝かせる。
「はい。海水を大量に吸収して巨大化し、口から【種】を機関銃のように連射してきます! ……あっ! 25号が、アースディフェンダーのいる砂浜に向かって転がっていきます!」
ズズズンッ! と地響きを立てて、緑と黒の縞模様を持つ巨大な球体(25号)がビーチに上陸した。
「出たな怪獣め!」炎城が叫ぶ。「鈴木ィ! 夏の海岸といえばスイカ割りだ! 貴様の熱い魂を込めた『超絶・必殺スイカ割り』で、奴を真っ二つにしてやれぇぇっ!!」
「無理ですってばぁぁっ!!」
コクピットの鈴木が絶叫する。
「砂に足が埋まって、ペダルが1ミリも回りません! 動けないんです!!」
鈴木が悲鳴を上げている間にも、25号はアースディフェンダーに照準を合わせ、巨大な口(のような裂け目)から、機関銃のような勢いで【直径1メートルの巨大な種】を「ドボボボボボッ!」と乱射し始めた。
「ひぃぃぃっ!」
アースディフェンダーの装甲(ダンボールと塩ビパイプ)に巨大な種が直撃し、ボコボコと凹んでいく。
さらに、乱射された種の流れ弾が、3号の働く「海の家」へと飛んできたのだ。
(おいおいおい!! 俺の海の家が壊れたら、かき氷1000杯のボーナスがパーになっちまう!!)
3号はアロハシャツを脱ぎ捨て、超音速で海の家の裏手へ飛び出した。
周囲を見渡すと、海岸の防波堤を補強するために置かれていた【巨大なテトラポッド(数トン)】が目に入った。
(鈴木のおっさん! 合図に合わせて腕を振り下ろせ!)
3号は人間の姿のまま、巨大なテトラポッドを軽々と持ち上げると、超音速でアースディフェンダーの背後に回り込んだ。
そして、アースディフェンダーの右腕(発泡スチロール製)の真裏に潜り込み、テトラポッドを棍棒のように構えた。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
鈴木がヤケクソになって、ダミーの操縦桿を前に倒したその瞬間。
3号は、アースディフェンダーの右腕の動きに完全に同期させ、巨大なテトラポッドを宇宙スイカ(25号)の頭頂部めがけて、渾身のフルスイングで叩き落とした!
『パカァァァァァァァァンッ!!!』
凄まじい衝撃音と共に、テトラポッドの質量と宇宙人の腕力が直撃した宇宙スイカは、見事なまでに左右に真っ二つに割れ、大量の赤い果汁を撒き散らしながら沈黙した。
「……おおおおおおおっ!!」
司令室で、炎城が机に立ち上がってガッツポーズをした。
「見事だ!! アースディフェンダーが、一歩も動かずに強靭な上半身の捻りだけで、見事なスイカ割りを決めたぞ!!」
広瀬が、冷や汗を拭いながらキーボードをターンッ!と叩く。
「完璧です! 『ED、真夏のビーチで重力波スイカ割り! 砂浜の平和は俺が守る!』でリリースを出します!」
「素晴らしい! これで夏のボーナス商戦のスポンサーもイチコロだ!」
司令室は、熱血司令官の歓喜と広報の嘘によって大いに沸いた。
一方、現場。
真っ二つに割れた宇宙スイカから、津波のような大量の【甘いスイカの果汁】が砂浜に押し寄せた。
そして、その果汁の波は、3号が必死に守り抜いたはずの「海の家」を直撃した。
「……えっ」
テトラポッドを捨てて戻ってきた3号の目の前で、海の家の店内は真っ赤なスイカ果汁で水浸しになり、彼が必死に削ったかき氷のストックも、すべてドロドロに溶けてしまっていた。
店長の怒鳴り声が響く。
「おいシルバァ! 店の氷が全部ダメになったじゃねえか! 今日のボーナスは無しだ! 片付けが終わるまで帰るなよ!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶望の叫びが、湘南の海に虚しく吸い込まれていく。
そして、コクピットの鈴木にも、氷室からの非情な通達が届いていた。
『……鈴木さん。お疲れ様です』
「ひ、氷室査察官! スイカ割り、成功しましたよね!?」
『ええ。しかし、あなたが敵を真っ二つに粉砕したせいで、怪獣の体液(スイカの果汁)が飛散し、防衛省で回収して【食料として転売】する計画が白紙になりました』
「えっ」
『貴重な食料資源を無断で破壊した罪として、あなたの夏のボーナスから【3万円】を天引きさせていただきます。次は、綺麗にくり抜いてくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおっ!!」
夏の海に響く、労働者たちの悲痛な叫び。
熱血上司の無茶振りと、冷徹上司の天引きシステムは、真夏の太陽よりも過酷に、二人の男の財布を焦がし続けていくのである。




