第38話「アースディフェンダー大地に立つ(後編)」
『ギゴゴゴゴゴゴッ!!』
防衛省の屋外演習場。
朝日に照らされる中、これまで自立すら不可能だった全高50メートルのハリボテ――アースディフェンダーが、巨大な関節のきしみ音を立てながら、完全に自らの足で大地に直立した。
「……おおおおおっ!!」
地下司令室でモニターを見つめていた熱血新司令官・炎城烈火が、感動のあまり真っ赤なマフラーで滝のような涙を拭った。
「見たか諸君!! 機体が、アースディフェンダーが自ら大地に立ったぞ!! パイロットの魂が、鋼鉄の巨神に命を吹き込んだのだ!! これぞ不屈の防衛魂!!」
「し、信じられません……!」整備班の高橋が目玉を飛び出させる。「あの機体には歩行用のモーターもバッテリーも積んでいないはずなのに! いったいどういう動力で!?」
氷室査察官が、冷ややかな目を細めながらタブレットを操作した。
「……素晴らしい。赤外線スキャンによると、機体の各関節が【無数のワイヤーと自転車のチェーン】のようなアナログ機構で連結され、コクピットからの物理的な回転エネルギーのみで駆動しているようです。電力を一切消費しない、究極のエコ・システム……。これで牽引車のガソリン代が浮きますね」
司令室が「人類の奇跡だ!」「経費削減の極みだ!」と歓喜に沸く中。
その【奇跡の動力源】となっているコクピットの鈴木は、地獄の業火に焼かれていた。
「重いぃぃぃぃぃぃっ!! なんだこれぇぇぇぇっ!!」
鈴木は、コクピットの床に設置された【ママチャリのペダル】を、顔を真っ赤にして必死に踏み込んでいた。
ハカセイダーが組み込んだ「究極のアナログ歩行システム」。それは、パイロットがペダルを回す力を、無数の歯車と滑車を使って数万倍に増幅し、50メートルの巨体を強引に動かすという、物理法則を度外視した悪魔のからくりであった。
「ギア比が……ギア比がおかしいだろ!! ペダルを一回転させるのに、太ももの筋肉が千切れそうになるぅぅっ!!」
ギィィィ……ガチャン!
鈴木が全身の体重をかけてペダルを半回転させると、外のアースディフェンダーが一歩、右足を踏み出す。
ギィィィ……ガチャン!
もう半回転させると、左足を踏み出す。
全高50メートルの巨体の自重と、関節に巻かれたガムテープの摩擦抵抗。それらすべての負荷が、ダイレクトに鈴木の両足にのしかかっていたのだ。
『鈴木ィ!! 感動したぞ!!』
インカムから、炎城司令官の暑苦しい声が響く。
『牽引車など不要! そのまま歩いて、工業地帯で暴れる宇宙ムカデ(23号)の元へ向かうのだ! 走れ! 大地を蹴って走るのだぁぁっ!』
「無理言うなあああああっ!! こっちは立ち漕ぎでも時速2キロが限界なんだよぉぉっ!!」
鈴木の悲鳴は無視され、アースディフェンダーは「ギゴ……ギゴ……」と不気味な音を立てながら、関東郊外の工業地帯へと歩み(ペダリング)を進めていった。
一方その頃。
工業地帯を見下ろす小高い丘の上で、二人の宇宙人がその様子を双眼鏡で観察していた。
ジャージ姿の巨大未確認生物3号と、白衣を着た天才科学者ハカセイダーである。
「おおっ! 見ろよハカセイダー! 鈴木のおっさんが、自分の足で歩いてるぜ!」
3号が感動で目を潤ませた。
「いつも牽引車の上で項垂れてたあのロボットが、堂々と大地を踏みしめてる……! これでおっさんも、少しは胸を張って仕事ができるな!」
しかし、ハカセイダーは透明なカプセル越しに冷や汗を流していた。
「……あ、ああ。まさか本当に動かすとはな。地球人の体力は侮れん」
「え? なんか問題あるのか?」
「いや……あのシステムのギア比だが。機体の重量を人力のみで動かすため、ペダルの重さは【ブレーキをいっぱいに握りしめた状態の、錆びついた三人乗り自転車で、傾斜30度の坂道を登る】のに等しい負荷がかかる仕様になっている」
「はあ!?」
3号が双眼鏡を取り落としそうになる。
「お、お前……! そんな拷問器具みたいなシステム組んだのか!? おっさんの足の筋肉が爆発しちまうぞ!」
「しかたないだろう! モーターがないのだから物理の法則に従うしかない! だが安心しろ、彼が諦めてペダルを止めれば機体は止まる。それだけのことだ」
だが、鈴木は止まれなかった。
『アースディフェンダー、現場に到着しました!』
司令室の佐藤が、スマホの画面を見ずに報告する。
『前方に巨大未確認生物23号(宇宙ムカデ)! 奴が工業地帯のコンビナートに巻き付き、有毒ガスを吐き出そうとしています!』
「いかん! コンビナートが爆発したら周辺一帯が吹き飛ぶぞ!」炎城が叫ぶ。「鈴木ィ! 敵の懐に飛び込み、その強靭な足腰で蹴り飛ばせ!!」
コクピットの鈴木は、すでに全身汗だくで、目は虚ろになり、口から泡を吹きかけていた。
「ぜぇ……はぁ……蹴り飛ばせって……。このペダル、足首の関節とも連動してるのか……!?」
前方では、全長40メートルの宇宙ムカデが、無数の足をウネウネと動かしながら、アースディフェンダーに向かって有毒ガスを噴射しようとしていた。
「くそっ……! このままじゃ、ガスを吸って死ぬ……!! ならば!!」
人間の限界を超えた生存本能が、鈴木を狂気の沙汰へと駆り立てた。
鈴木はサドルから腰を浮かし、両手でダミーの操縦桿を力任せに握りしめると、完全に【立ち漕ぎ】の姿勢をとった。
「うおおおおおおおおっ!! 競輪選手の意地を見せてやるぅぅぅぅっ!!(※鈴木の趣味は休日の中継観戦)」
ガガガガガガガガッ!!
鈴木の太ももの筋肉が悲鳴を上げ、限界を超えた乳酸が分泌される中、凄まじい勢いでペダルが回転し始めた。
その狂気のペダリングは、チェーンと滑車を通じてアースディフェンダーの脚部に伝わり、なんと全高50メートルの巨体が、ズシン!ズシン!ズシン!と地響きを立てて【猛ダッシュ】を始めたのである!
「……な、なんだあのスピードは!?」
司令室の炎城が目を見張る。
「巨神が走っている! 大地を揺らし、風を切り裂いて走っているぞ!!」
広報の広瀬が、狂喜乱舞しながらキーボードを叩く。
「完璧です! 『ED、秘められた独立機動システムをついに解放! 大地を駆ける平和の使者!』でリリースします!!」
外から見れば、アースディフェンダーが猛然とダッシュし、敵に肉薄する勇壮な姿。
しかしコクピットの中では、「ヒィィ! ハァァ! 膝が! 膝の軟骨がすり減るぅぅっ!」と、一人のサラリーマンが自転車を立ち漕ぎしながら号泣しているという、あまりにも惨めな地獄絵図が展開されていた。
そして。
アースディフェンダーが宇宙ムカデ(23号)の懐に飛び込んだ瞬間。
鈴木は、ペダルの右側だけを、全身の体重を乗せて一気に踏み抜いた!!
「必殺!! フルパワー・立ち漕ぎ・右ストレーーートォォッ!!」
ギィンッ!!!
ペダルの回転が腕の関節システムに伝達され、アースディフェンダーの右腕(発泡スチロール製)が、ダッシュの慣性を乗せて凄まじいアッパーカットとして振り抜かれた。
『メギャァァァァァッ!!』
強烈な物理的質量(と鈴木の太ももの犠牲)を伴った一撃が、宇宙ムカデの顎を完璧に打ち抜いた。
脳震盪を起こした23号は、そのまま錐揉み回転しながら空の彼方へと吹き飛んでいき、星になった。
……静寂。
工業地帯の朝日に、右腕を天に突き上げたまま直立不動のポーズをとるアースディフェンダーのシルエットが、神々しく浮かび上がった。
「……勝った」
炎城司令官が、震える声で呟く。
「勝ったぞ諸君!! アースディフェンダーが、自らの足で走り、自らの拳で敵を粉砕したのだ!! これぞロボット! これぞ男のロマンだぁぁぁっ!!」
司令室は、かつてないほどの大歓声と拍手に包まれた。
丘の上から見ていた3号も、拳を握りしめて涙を流していた。
「やった……! やったぞハカセイダー! 鈴木のおっさん、自分の力で怪獣を倒したんだ! 俺たちの改造が、あのおっさんの役に立ったんだな!!」
「あ、ああ……そうだな」ハカセイダーは、目を逸らしながら冷や汗を拭った。「(あのパイロット、よく両足の筋肉が断裂しなかったな……地球人の生命力は異常だ)」
こうして、アースディフェンダーの「自立歩行」という歴史的快挙は、大成功として世間に報じられた。
防衛省の威信は高まり、炎城司令官の評価もうなぎ登りとなった。
しかし、その日の午後。
防衛省の医務室のベッドで、鈴木は両足にギプスを巻かれ、白目を剥いて天井を見つめていた。
両太ももの肉離れと、極度の筋疲労による【全治2ヶ月】の重傷である。
そこへ、氷室査察官が冷たい足音を立ててやってきた。
「……お疲れ様です、鈴木さん。素晴らしい活躍でした」
「……氷室、査察官……俺の、両足が……」
「ええ。機体が自力で歩けるようになったため、本日をもって事後処理班の中村班長の牽引トレーラーは【売却】しました。これからは常に、あなたの足で出撃してもらいます」
「…………」
鈴木が絶望に顔を歪める中、氷室はさらに無慈悲なタブレットを突きつけた。
「ところで、コクピットに設置されていた【自転車のペダル部品】ですが。これは防衛省の認可を受けていない無断改造にあたります」
「えっ?」
「よって、違法改造の罰金として今月の給与から【3万円】。さらに、あなたがペダルを力強く踏みすぎたせいでチェーンが伸びてしまったため、修理費として【2万円】を天引きさせていただきます。来月は怪我を治して、もっとスムーズに漕いでくださいね」
「鬼かあああああああああああああああっ!!!」
鈴木の悲痛な絶叫が、初夏の青空に虚しく響き渡る。
宇宙の友人が良かれと思って与えた「大地に立つ力」は、パイロットの身体と財布を徹底的に破壊する、悪魔の仕様へと成り果てていた。
熱血上司の過剰な期待と、冷徹上司のコストカット。防衛省の地獄は、自転車のチェーンと共に、今日も重苦しく回り続けているのである。




