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第37話「アースディフェンダー大地に立つ(前編)」

 梅雨の晴れ間、じっとりとした湿気がアスファルトから立ち上る六月の東京都杉並区・阿佐ヶ谷。

 築四十年のボロアパート「コーポ日の出」の二階、家賃三万五千円の四畳半の一室で、ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイは、ちゃぶ台の上で扇風機の生ぬるい風を浴びながら、深いため息をついていた。

「あーあ……暑い。エアコンもないし、金もないし。昨日の日雇いバイト、熱中症になりかけたのに残業代出なかったしなぁ……」

 彼が冷蔵庫から、特売で買った一本三十円の麦茶を取り出して喉に流し込もうとした、その時である。

『ピロリロリロリーン!』

 窓の外から、昭和のSF映画でUFOが飛来する時に鳴るような、妙にチープな電子音が響き渡った。

 3号が驚いて窓を開けると、空から【巨大な銀色のタライ】のような円盤が、フラフラと頼りない軌道を描きながら降下してきて、アパートの前の空き地にドスンと着陸した。

 タライの蓋がパカッと開き、中から白衣を着た、頭の半分が透明なカプセルで覆われている奇妙な宇宙人が現れた。

「やあやあ、我が盟友シルバァ! 久しぶりだな! 地球という辺境の星で元気にやっているか!」

「ハ、ハカセイダー!?」

 3号は目を丸くした。

 現れたのは、彼の故郷の星からの旧友であり、宇宙でも指折りの【宇宙ロボット工学の天才】と呼ばれるマッドサイエンティスト、ハカセイダーであった。

「お前、なんで地球に!? ていうか、そのダサい宇宙船はどうしたんだよ!」

「ふふふ。最近、宇宙ネット通販で『地球のジャンクパーツ』が高値で取引されていてな。私は地球のガラクタ……もとい、ロマン溢れるアナログ部品を収集・研究するために観光ビザでやってきたのだ。しばらくお前の部屋に居候させてくれ!」

「冗談じゃない! 俺だってギリギリの生活してんのに、宇宙人の居候なんて養えるか!」

 3号は全力で拒否しようとしたが、ハカセイダーが「宿泊代だ」と言って【純度99%の宇宙レアメタル(地球の質屋に入れれば数万円にはなる)】の欠片を差し出した瞬間、あっさりと「よく来たな心の友よ!」と彼を四畳半に招き入れた。

 麦茶をすすりながら、ハカセイダーは部屋の片隅に置かれたノートパソコン(ジャンク品)の画面を指差した。

「ところでシルバァ。お前がさっきまで見ていたこの動画はなんだ? 地球の兵器か?」

 画面に映っていたのは、先日の防衛省の戦闘(?)記録映像――アースディフェンダーが牽引車で引きずられ、関節のガムテープを剥がしながら爆走している悲惨な姿だった。

「……これか。これはな、俺の『心の友』が乗っている、地球の防衛ロボットさ」

 3号の顔が、途端に真剣なものになった。

「あの中には、手取り15万で、毎日胃薬を噛み砕きながら、上司の無茶振りに耐えているおっさん(鈴木)が乗ってるんだ。機体は塩ビパイプとガムテープの寄せ集めで、自力で立つことすらできない。いつもワイヤーで吊られるか、車で引っ張られるか……。俺は、あのロボットが、いや、あのおっさんが不憫でならないんだよ!」

 3号は熱弁を振るい、ついにちゃぶ台に頭を擦り付けて土下座した。

「頼む、ハカセイダー! お前は宇宙ロボット工学の天才だろ!? あのアースディフェンダーを、せめて【自分の足で立ち上がり、自力で歩ける】ように改造してやってくれないか! あのおっさんに、大地の踏みしめ方を教えてやってくれ!!」

 天才科学者は、友の熱い涙に心を打たれたのか、あるいは単なる知的好奇心か、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ふむ……自立歩行すらできないハリボテを、私の力で本物の巨神に変えろと? 面白い。地球のジャンクパーツを使った最高の実証実験になりそうだ。よし、引き受けよう!」

 一方その頃。

 防衛省の地下司令室では、新司令官の炎城烈火えんじょう れっかが、今日も今日とて無駄に熱い怒号を響かせていた。

「立てぇぇぇっ! アースディフェンダー!! なぜ貴様は、いつも牽引車の上で寝そべっているか、ワイヤーで吊られているのだ!!」

 モニターには、屋外演習場でダラリと項垂れるアースディフェンダーの姿が映っている。

 炎城は机をバンバンと叩いた。

「スーパーロボットたるもの、自らの足で大地を踏みしめ、ズシンズシンと地響きを立てて歩かなければならん! それが人類の希望というものだろうが!!」

「し、司令官、お言葉ですが……」整備の高橋が冷や汗を拭う。「現在の機体には、歩行用のモーターやジャイロセンサーを積む空間がありません。それに……」

「予算もありません」

 氷室査察官が、冷徹な声で会話を遮った。

「二足歩行システムを構築するには、最低でも数百億円の開発費が必要です。現状、機体の移動は『事後処理班の中村班長が牽引トレーラーで引っ張る』というアナログ方式が、最もコストパフォーマンスに優れています。立つ必要などありません」

 インカム越しに、コクピットの鈴木が泣きそうな声で訴えた。

『俺だって、自分の足で歩きたいですよ! 牽引車で引っ張られると、急ブレーキのたびにコクピットの中で首がムチウチになるんです! この前なんか、シートベルトがちぎれかけました!』

「鈴木くん、甘えるな! それが戦士の痛みだ!」炎城が熱血の押し売りをする。「君の気合いで機体を立たせてみせろ! 明日の朝までに、アースディフェンダーが自力で歩く姿を私に見せてくれ! これは命令だ!!」

『無茶苦茶だぁぁぁぁっ!!』

 鈴木の絶叫が、地下司令室に虚しく響き渡った。

 予算を出さない氷室と、精神論で不可能を強要する炎城。二つの極端な理不尽の板挟みになり、鈴木はコクピットの中で胃薬のボトルを丸呑みする勢いで絶望していた。

 その夜。

 日付が変わる頃、防衛省の屋外演習場は、警備の目を掻い潜って侵入した二人の宇宙人の独壇場となっていた。

「ここがアースディフェンダーの格納庫か。なるほど、見事なまでのハリボテだな」

 ハカセイダーが、アースディフェンダーの装甲の隙間から覗く塩ビパイプをコンコンと叩きながら感心したように頷いた。

「どうだハカセイダー? お前の技術なら、これを歩かせることくらい簡単だろ?」

 3号が期待の眼差しを向ける。

「ああ、造作もない。だが、地球のテクノロジーと予算のなさを考慮し、あえて【地球の廃材】だけで歩行システムを構築してやろう。その方が、あのパイロットのおっさんにも馴染むはずだ」

 ハカセイダーは、四次元ポケットのような白衣の裾から、あちこちの粗大ゴミ置き場から拾ってきたと思われる謎のパーツを取り出し始めた。

 自転車のチェーン、巨大な歯車、車のサスペンション、そして大量のワイヤー。

 彼はそれらを魔法のような手つきで組み合わせ、アースディフェンダーの脚部の空洞に次々と組み込んでいく。

「ふはははは! 見よ、この無駄のないアナログ・リンク機構! 電力を一切使わず、純粋な運動エネルギーの変換のみで巨体を動かす、究極のエコ・システムだ!」

「す、すげえ……! これなら、明日から鈴木のおっさんも自分の足で大地を踏みしめられるんだな!」

 3号は感動で涙ぐんだ。

 徹夜の作業は明け方まで続き、東の空が白み始めた頃、ハカセイダーの改造は完了した。

「よし、完璧だ。コクピットの中に【ある動力装置】を設置しておいた。明日の朝、あのパイロットがそれに気づけば、この鋼鉄の巨神は自らの意志で大地に立つだろう」

「ありがとう、ハカセイダー! これで防衛省のブラック上司たちもぐうの音も出ないぜ!」

 二人の宇宙人は、誰にも見られることなく、満足げに演習場を後にした。

 そして数時間後。

 朝の光が差し込む防衛省の地下司令室に、けたたましい警報音が鳴り響いた。

『緊急事態発生!』

 ナビゲーターの佐藤が、スマホのアラームを止めながら報告した。

『関東郊外の工業地帯に、巨大未確認生物23号が出現! 全長40メートルの巨大な【宇宙ムカデ】です! 無数の足でビルを這い上がり、有毒ガスを撒き散らしています!』

「出たな、宇宙の害虫め!」

 炎城司令官が、赤いマフラーを翻して立ち上がった。

「よし! アースディフェンダー、ただちに出撃せよ! そして鈴木ィ! 昨日の私の命令を覚えているな! 今日こそ牽引車に頼らず、その自らの足で大地に立ち、敵に向かって歩みを進めるのだ!!」

 コクピットの中で、徹夜で絶望に暮れていた鈴木は、インカムから響く炎城の無茶振りに、完全に心が折れかけていた。

『無理に決まってるじゃないですか……! 動力なんて何一つ……ん?』

 鈴木は、足元に違和感を覚えた。

 昨夜までは平らだったコクピットの床に、見慣れない【機械の突起物】が設置されている。

 それは、どう見ても――【ママチャリのペダルとサドル】であった。

「……なんだこれ? なんでコクピットに自転車のペダルが?」

 鈴木が困惑しながらも、なんとなくそのサドルに腰掛け、足元のペダルに足を乗せた、その時。

 モニターの隅に、ハカセイダーが残したと思われる手書きのメモ(※日本語)が貼られているのに気づいた。

『パイロットの同志へ。君の熱き魂に敬意を表し、究極の自立歩行システムを贈る。このペダルを回せば、機体は前進する。立ち上がれ、そして漕げ! ――名もなき宇宙の友人より』

「……えっ?」

 鈴木がペダルに力を込めた瞬間。

『ギゴゴゴゴゴゴッ!!』

 アースディフェンダーの内部で、自転車のチェーンが巨大な歯車を回し、塩ビパイプの関節が奇跡的な連動を始めた。

「う、動いた……!? 機体が、本当に立ち上がろうとしてる!?」

 鈴木の驚愕の声と共に、アースディフェンダーはゆっくりと、しかし確実に、自らの足で大地を踏みしめ、完全に直立の姿勢をとったのであった。

(後編へ続く)

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