第36話「熱血のロケットパンチと、時給1100円の剛速球」
防衛省の地下司令室。
今日も今日とて、新司令官である炎城烈火の暑苦しい大音声が、冷え切ったコンクリートの壁に反響していた。
「足りん!! アースディフェンダーには、何かが決定的に足りん!!」
炎城は、無駄に赤いマフラーを翻しながら、メインモニターの前に仁王立ちした。
「防御力と機動力(牽引車)は申し分ない! だが、スーパーロボットたるもの、敵を一撃で粉砕する【必殺技】が不可欠だ! そうだろう、諸君!!」
整備の高橋が「いや、動かないから技とか無理ですし……」と喉まで出かかった言葉を飲み込む中、氷室査察官がスッとタブレットを差し出した。
「おっしゃる通りです、炎城司令官。実は私も、必殺技の導入を検討していました。最もコストパフォーマンスに優れた一撃、【ロケットパンチ】です」
「おおっ! ロケットパンチ! 男のロマンだな!」
「はい。右腕のパーツを射出し、物理的な質量で敵を粉砕します。射出機構には、ホームセンターで仕入れた【極太のトラック荷台用ゴムバンド(500円)】を採用しました。ミサイルを撃つより数千万倍も安上がりです」
インカムから、鈴木の悲鳴が上がった。
『ふざけないでください! パチンコ玉みたいに右腕をゴムで飛ばす気ですか!? ていうか、右腕が飛んでいったら、後で誰が拾いに行くんですか!』
「もちろん、事後処理班の中村班長です。拾ってくれば何度でも撃てます。究極のSDGs兵器です」
「素晴らしい!」炎城が感動で打ち震える。「火薬に頼らず、ゴムの張力とパイロットの気合いで腕を飛ばす! これぞ地球環境と魂に配慮した、真の必殺技だ!!」
『俺の気合いで飛距離が伸びるわけないだろぉぉっ!』
その日の午後。
炎城の思いつき(と氷室の悪魔的コストカット)の実験台として、アースディフェンダーは演習場に引き出されていた。
『緊急事態です!』
佐藤が、スマホの野球ゲームでホームランを打ちながら報告した。
『演習場から数キロ離れた山間に、巨大未確認生物22号が出現! 全長30メートルの巨大な【宇宙ガメ】です! 甲羅の硬度はダイヤモンド並みで、現在、山を削りながらこちらへ進行中!』
「出たな宇宙の怪獣め!」炎城が拳を握りしめる。「よし鈴木ィ! 今こそ新必殺技の力を見せる時だ! ゴムの張力を限界まで引き絞り、右腕を放てぇぇっ!!」
コクピットの鈴木は、涙を流しながら、右腕パーツに繋がったワイヤーのストッパー(手動)をギギギギ……と外した。
極太のゴムバンドが限界まで収縮し、バチンッ!という情けない音と共に、発泡スチロールと塩ビパイプでできた右腕が射出された。
……ポスッ。
飛距離、わずか15メートル。
右腕は綺麗な放物線を描き、アースディフェンダーのすぐ目の前の地面に、虚しく転がった。
「…………」
司令室が静まり返る。
「……ん? おかしいな」炎城が首を傾げる。「気合いが足りなかったのか?」
『だからゴムの限界だって言ったじゃないですかぁぁっ!』
「いかん! 宇宙ガメが迫ってくるぞ! このままではアースディフェンダーが踏み潰される!」
万事休す。誰もが絶望した、その時である。
演習場のすぐ近くにある、場末のバッティングセンター。
ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号は、時給1,100円でピッチングマシンの裏側に入り、散らばったボールを回収するバイトをしていた。
(あーあ。今日も鈴木のおっさん、無茶振りされてんな……って、ええっ!?)
防球ネットの隙間から演習場を見ていた3号は、目を見開いた。
アースディフェンダーの右腕がポロリと落ち、その向こうから巨大な亀の怪獣が地響きを立てて迫っているではないか。
(おいおいおい! あの熱血の上司、必殺技って言いながらただ腕を落としただけかよ! おっさんが亀に潰されちまう!!)
心の友の絶体絶命の危機に、3号はボールの入ったカゴを放り出し、人間の姿のまま超音速で演習場へと飛び出した。
(おっさん! あんたの必殺技は、俺が完成させてやる!)
3号は地面に転がったアースディフェンダーの右腕(数十トンのハリボテ)をガシィッ!と掴み上げると、野球のピッチャーのように大きく振りかぶった。
宇宙最強の戦士による、完璧なピッチングフォーム。
ターゲットは、迫り来る宇宙ガメ(22号)のダイヤモンドの甲羅。
「食らえぇぇっ! 労働者の! 剛速球だぁぁぁっ!!」
ビシュォォォォォォォッ!!!
3号の腕から放たれた「右腕」は、マッハ5を超える凄まじい衝撃波をまとい、本物のミサイル以上のスピードで空を切り裂いた。
そして、22号の硬い甲羅のど真ん中に、寸分の狂いもなくクリーンヒット!
『メギャァァァァッ!?』
ダイヤモンド並みの硬度を誇る甲羅が、発泡スチロールの拳(に込められた宇宙人の超運動エネルギー)によって粉々に砕け散り、宇宙ガメは白目を剥いてひっくり返った。
「……えっ?」
司令室の炎城が、目玉が飛び出るほど驚愕した。
「み、右腕が、地面に落ちた直後に超音速で再加速したぞ!? いったいどういうことだ!?」
広報の広瀬が、冷や汗をかきながらも即座にキーボードを叩く。
「チャンスです司令官! あれは地面に落ちたのではなく、【地脈のエネルギーを吸収するためのタメ】だったのです! 大地のパワーを吸収した右腕が、見えない推進力で敵を粉砕しました!」
「おおおおおっ!!」
炎城が感動のあまり号泣し始めた。
「素晴らしい! アースディフェンダーは地球そのものとリンクしているのか! まさにアース(地球)のディフェンダー(守護者)!! 鈴木ィ! お前の熱い魂、確かに見届けたぞぉぉっ!」
司令室は、熱血司令官の勘違いと広瀬のスピンコントロールによって、またしても大勝利の熱狂に包まれた。
そして現場では。
剛速球を投げ終えた3号が、肩をグルグルと回しながら着地していた。
「ふぅ……。ちょっと肩に力入りすぎたかな。でも、これでおっさんの面目も保てたし、俺もバイトに戻るか」
3号がバッティングセンターにコソコソと戻った瞬間、店長の怒鳴り声が飛んできた。
「おいシルバァ! お前がサボってる間に、ピッチングマシンのボールが詰まって機械が壊れたぞ! 修理代として今月の給料から【2万円】天引きだ!!」
「うそぉぉぉぉぉん!!」
3号の悲痛な絶叫が、バッティングセンターに虚しく響き渡る。
そして、コクピットの鈴木にも、氷室査察官からの非情な通達が入っていた。
『……鈴木さん。お疲れ様です』
「ひ、氷室査察官! やりましたよ! 怪獣倒しました!」
『ええ。しかし、あなたが放った右腕ですが、怪獣に激突した衝撃で発泡スチロールが粉々に四散し、回収不能となりました』
「えっ」
『右腕の再建費用は、あなたの必殺技の威力調整ミスによる器物損壊として、ボーナスから【3万円】天引きさせていただきます。次はもっと優しく当ててくださいね』
「理不尽すぎるだろおおおおおおおっ!!」
熱血上司の無茶振りと、冷徹上司のコストカット。
二つの地獄の板挟みになった鈴木と、その尻拭いをしてバイト代を失った宇宙人。
新体制になっても、彼らの財布と胃腸の防衛線は、完全に崩壊し続けているのである。




