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第35話「熱血司令官の着任と、死へのダッシュ訓練」

 翌朝。

 西園寺が去り、二日酔いの呻き声が響くどんよりとした地下司令室に、ピンと張り詰めた空気が漂っていた。

 氷室査察官が冷たい目で二日酔いの面々を見下ろす中、司令室の重厚な扉がバーンッ!と勢いよく蹴り開けられた。

「待たせたな、諸君!!」

 そこに立っていたのは、西園寺のような事勿れ主義の官僚とは対極の存在だった。

 日に焼けた肌、鋭い眼光、そしてなぜか室内なのに真っ赤なマフラーをなびかせている、筋骨隆々の男。

「私が、本日付けでこの防衛基地の司令官に就任した、炎城えんじょう 烈火れっかだ!!」

 あまりにも昭和のロボットアニメから飛び出してきたような暑苦しい新司令官の登場に、司令室の全員が言葉を失った。

「赴任の挨拶は後だ! 私はまず、我が日本の誇る無敵の鋼鉄巨神、アースディフェンダーを見たい! 案内したまえ!」

 炎城新司令官は、ズンズンと大股で格納庫へと向かっていく。

 整備の高橋が顔面蒼白になり、氷室の袖を引いた。

「ひ、氷室査察官! まずいです! あの人、アースディフェンダーの中身が【ただの鉄パイプとガムテープのハリボテ】だってこと、絶対に知らされてませんよ!」

「……ええ。彼には『超極秘の最新鋭機体』としか伝わっていません。まさか、ここまで純粋なタイプが来るとは」

 氷室でさえ、わずかに額に汗をにじませた。

 格納庫の扉が開く。

 そこには、昨夜の雨でさらにガムテープが剥がれかけ、右腕をウインチでギリギリ吊り上げている、惨憺たるアースディフェンダーの姿があった。

 コクピットの中では、鈴木が死んだ魚の目で胃薬をかじっている。

 炎城司令官は、そのボロボロの巨神を見上げ、カッ!と目を見開いた。

「おおおおおっ……! なんということだ!」

 司令官がワナワナと震え出す。高橋が「終わった、バレた」と目を閉じた、その瞬間。

「見ろ、あの全身に刻まれた無数の傷跡(剥がれたガムテープ)! そして、極限まで軽量化された剥き出しの内部フレーム(塩ビパイプ)! なんという実戦に特化した、無骨で美しい機体なのだ!!」

「……えっ?」

 司令室の面々が、一斉にずっこけた。

「素晴らしいぞアースディフェンダー! そしてパイロットの鈴木ィ! 君のその血走った眼(疲労と睡眠不足)は、常に地球の平和を想う戦士の目だ!!」

 炎城は熱い涙を流しながら、鈴木に向かって親指を突き立てた。

「機体がこれほどまでにストイックな仕様だとは知らなかった! だが、機械のスペックを補うのはパイロットの魂だ! よし、今すぐ機体を起動しろ! 共に朝日に向かって10キロのダッシュ訓練だぁぁぁっ!!」

『動きませんよぉぉぉっ!! エンジン入ってないんですぅぅっ!!』

 鈴木の悲痛な絶叫が響くが、炎城は聞く耳を持たない。

「エンジンがない? 素晴らしい! 電子制御に頼らない究極の独立機動か! ならば己の足で走れぇぇっ!」

 結局、炎城の「気合いと根性」の圧力に屈し、中村班長が泣きながら牽引トレーラーに乗り込み、アースディフェンダーを乗せて早朝の演習場を爆走することになった。

「もっと速くだ! アースディフェンダーの機動力はそんなものかぁぁっ!」

 炎城が助手席からメガホンで怒鳴る。

 時速60キロで引っ張られるアースディフェンダーは、凄まじい風圧を受け、関節のガムテープが『ブチブチブチッ!』と悲鳴を上げて剥がれ始めていた。

「ひぃぃぃっ! 機体が! 機体が空中分解するぅぅっ!」コクピットの鈴木が絶叫する。

 その頃。

 演習場の外周道路で、道路工事の交通整理バイト(時給1,200円)をしていた3号は、誘導灯を振りながら信じられない光景を目撃していた。

(お、おい! なんであのポンコツロボットが、あんな猛スピードで引っ張られてるんだ!? 関節が外れかかってるじゃないか!)

 このままでは、心の友である鈴木が空の彼方へ散華してしまう。

 3号はヘルメットを深く被り直すと、超音速のダッシュで演習場内に侵入した。

(クソッ! 俺が外側から押さえてやる!)

 3号は人間の姿のまま、爆走するアースディフェンダーに並走しながら、剥がれかける装甲板を両手でバンバンと押し込み、外れそうな塩ビパイプの関節を力技でガッチリとホールドした。

「んぎぎぎぎっ……! 時速60キロの風圧の中で、このデカブツの関節を支えながら走るの、めちゃくちゃキツい……!」

 宇宙最強の戦士が、透明なテーピング代わりとなって並走するという、地獄のシャトルラン。

 炎城司令官は、風圧に耐えて(3号に押さえられて)微動だにしない巨神の姿を見て、さらに感動の涙を流していた。

「見ろ! あの圧倒的な空気抵抗を物ともしない完璧なバランス! やはりアースディフェンダーは最高の機体だ!!」

『見えない宇宙人のおかげですよぉぉぉっ!!』

 嘘とスピンコントロールで乗り切ってきたブラック組織に、ついに「ハリボテを本物のスーパーロボットだと信じて疑わない熱血上司」がやってきた。

 氷室の冷徹なコストカットと、炎城の無知なる熱血。

 二つの理不尽に挟まれた鈴木の胃腸と、3号の筋肉疲労は、ここから最悪のピークを迎えるのである。

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