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第34話「西園寺の栄転と、もやし炒めの地獄絵図」

 防衛省の地下司令室。

 西園寺管理官が、私物の入ったダンボール箱を抱え、感極まった顔で涙を拭っていた。

「……皆様。私、西園寺は本日をもって、内閣府の【特命・次世代防衛予算編成室】の室長へと栄転することになりました。これも偏に、皆様と……何より、見えないところで支えてくれた【広瀬くんのスピンコントロール(嘘)】のおかげです!」

 西園寺は、完全に「ハリボテがバレて豚箱行きになる前に逃げ切れた」という安堵の涙を流していた。

「送別会を手配しました」

 氷室査察官が、無表情のままタブレットを掲げる。

「会場は激安居酒屋『鳥番長』。予算の都合上、一人1,500円の【もやし炒め食べ放題・激安粗悪焼酎飲み放題コース】です。経費は落ちませんので実費でお願いします。また、鈴木さんは平和の象徴としてコクピットで待機する義務があるため、iPadのZoom経由で参加してください」

『タブレット越しに一人で麦茶飲めって言うのかぁぁっ!』

 その夜。

 激安居酒屋『鳥番長』の薄汚れた座敷席は、文字通りの【地獄絵図】と化していた。

「ううっ……ヒック! お前ら、俺が毎日どれだけ胃を痛めてたか分かるかぁぁっ!」

 悪酔いしやすい激安焼酎をジョッキで何杯も煽った西園寺が、完全にベロベロになって管を巻いていた。ネクタイは頭に巻かれ、目は完全に据わっている。

「いつバレるか、いつガムテープが剥がれるか! 視察が来るたびに寿命が縮んでたんだぞ! 俺はもう解放されるんだ! ひゃはははっ!」

「西園寺さんだけズルいですよぉ!」広瀬が号泣しながら焼酎をラッパ飲みする。「俺なんか、毎日毎日『不可視のバリアが』とか『重力波が』とか、息を吐くように嘘をつき続けて、もう自分が何者か分からないんですよぉぉ!」

「俺だってぇぇ!」事後処理班の中村が、もやし炒めを泣きながら頬張る。「怪獣の腐肉と死臭の片付けばかりで、家に帰っても嫁から『生ゴミ臭い』ってファブリーズかけられるんだぞぉぉ!」

 防衛組織のエリートたちの、あまりにも惨めな愚痴の応酬。

 氷室査察官だけは「粗悪なアルコールは脳細胞を破壊し、コスパが最悪です」とウーロン茶をすすっているが、他の面々は完全に限界を迎えていた。

 そして、そのテーブルに新しいもやし炒めを運んできたアルバイトの青年がいた。

 巨大未確認生物3シルバーガイである。

(時給1,050円の居酒屋バイト……って、うわぁ。鈴木のおっさんのブラック上司たち、めちゃくちゃ荒れてるじゃん)

 テーブルの中央に置かれたiPadの画面では、コクピットの鈴木が「俺も酔っ払って全てを忘れたい……」と死んだ魚の目で麦茶をすすっている。3号は、心の友(鈴木)をこき使う大人たちの惨状に、呆れ果てていた。

 その時である。

 居酒屋のテレビから、緊急ニュースの速報音が流れた。

『緊急事態です! 都内の繁華街に巨大未確認生物21号が出現! 酔っ払いの発するアルコール臭に引き寄せられる、巨大な【宇宙ウツボ】です!』

「な、なんだとぉ!?」

 ベロベロの西園寺が、ジョッキをドンッと叩きつけた。

「俺の! 送別会を! 邪魔する気かぁ! アースディフェンダー! 出撃ぃぃぃ! ひっく!」

『無理ですよ! 牽引車を運転する中村班長もそっちで泥酔してるじゃないですか!』

 iPad越しの鈴木が絶叫する。

「ええい! 広瀬くぅん! なんとか誤魔化せ!」

「むりれすぅ……遠隔バリアって設定にするにも、距離が離れすぎてましゅ……」

 大人たちが使い物にならない中、3号は静かにエプロンを脱いだ。

(鈴木のおっさんにこれ以上迷惑はかけさせねえ!)

 3号は超音速で繁華街へ向かうと、暴れる21号(宇宙ウツボ)の口内に、近くの酒屋のトラックに積まれていた【度数96%のスピリタス(ウォッカ)の樽】を次々と放り込んだ。

『ンギュェェェッ!?』

 急性アルコール中毒を起こした宇宙ウツボは、一瞬で目を回し、千鳥泳ぎで宇宙へと帰っていった。

 テレビが「怪獣、突如として泥酔し撤退!」と報じる。

「……見だかお前らぁ!」

 西園寺が立ち上がり、高々とジョッキを掲げた。

「アースディフェンダーは、一歩も動かずして敵を泥酔させた! 私の置き土産となる、完璧な勝利だぁぁ! 乾杯!」

「かんぱーい!」

 泥酔した大人たちが狂喜乱舞する中、iPadの中の鈴木だけが「絶対にあの宇宙人ファンが助けてくれたんだ……」と、シラフのまま涙を流していた。

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