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第33話「巨神のふるさと納税と、時給1300円の防衛線」

 防衛省の地下司令室。ジメジメとした六月の湿気を吹き飛ばすかのように、氷室査察官がまたしても【恐るべき錬金術】を披露していた。

「……皆様。アースディフェンダーの次なる資金調達スキームが完成しました。全国の自治体と連携し、機体の部品を【ふるさと納税の返礼品】として提供します」

「ほほう! ふるさと納税!」西園寺管理官が身を乗り出した。「しかし、機体の部品となると、軍事機密の漏洩にならないか?」

「ご安心ください」

 氷室がタブレットをタップすると、モニターに【高級そうな桐箱】の画像が映し出された。

 箱の中には、黒ずんだ布の切れ端と、日焼けしたプラスチックの破片がうやうやしく鎮座している。

「これらは、先日の戦闘(※ただのゲリラ豪雨とハチの襲撃)で剥がれ落ちた【布ガムテープの残骸】と、【劣化した塩ビパイプの切れ端】です。これに『巨神のうろこ』という立派な名前を付け、寄付額10万円コースのプレミアム返礼品として出品しました。現在、すでに3万件の予約が殺到し、総額30億円の寄付金が集まっています。そのうち3割が、我々防衛省の活動資金に還流する仕組みです」

「な、なんだと……! ただのゴミが30億円に化けたのか!」

 西園寺が驚愕で震える中、現場の格納庫では、事後処理班の中村班長が、山積みのダンボール箱に囲まれながら死んだ魚の目でプチプチをハサミで切っていた。

「……なんで事後処理班の俺が、毎日毎日ガムテープのゴミを桐箱に詰めて、ふるさと納税の梱包作業をさせられてるんだ。俺の仕事は怪獣の死体の片付けであって、内職のオバチャンじゃないぞ……」

 さらに、コクピットの中の鈴木からも、インカム越しに悲痛な声が響いた。

『中村班長、俺の方が地獄ですよ……。氷室査察官の命令で「付加価値をつけるため、パイロット直筆のお礼状を同封しろ」って言われて、朝からずっとコクピットの中で3万枚のサインを書いてるんです。もう右手の感覚がありません……』

「鈴木くん、気合いだ!」西園寺がマイクで発破をかける。「君のそのサイン一枚が、次回のガムテープの仕入れ代になるのだぞ!」

『俺の給料に還元してくださいよぉぉっ!』

 一方その頃。

 関東郊外にある、巨大な物流センターの深夜シフト。

 無数のダンボール箱がベルトコンベアを流れていく中、ジャージの上に作業用ベストを着た青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、超音速のスピードで荷物を仕分けていた。

(時給1,300円の『深夜の仕分け・ピッキングバイト』! 深夜割増もついてるし、ここが頑張り時だ!)

 彼は流れてくる荷物のバーコードを専用端末でスキャンし、次々とカゴ台車に積み込んでいく。

(よし、この『巨神の鱗』って書かれた防衛省からの荷物、異常に軽くて助かるぜ! 中身はただのゴミらしいけど、おかげで俺の仕分けノルマがガンガン進む!)

 3号はご機嫌で鼻歌を歌いながら、3万個の返礼品ダンボールを次々と出荷レーンへと押し出していた。

 しかし、宇宙最強の戦士の平和なバイト時間は、突如として破られる。

『緊急事態です!』

 司令室の佐藤が、スマホの【スイカゲーム】でスイカを作りながら報告した。

『演習場に隣接する巨大物流センターの上空に、巨大未確認生物20号が降下してきました! 全長40メートルの巨大な【宇宙ヤギ】です!』

「ヤギだと!?」西園寺が眉をひそめる。

「はい! 植物繊維を好んで食べる宇宙の害獣です。……あっ! 20号が、物流センターの屋根を食い破りました! 奴のターゲットは、センター内に保管されている【数万箱のダンボール(ふるさと納税の返礼品)】です!」

 その報告に、氷室の血の気が引いた。

「なんだと!? あのダンボールの山は、総額30億円分の寄付金に相当する【返礼品】です! もし全て食われたら、各自治体から違約金を請求され、防衛省が完全に破産します!」

「いかん! アースディフェンダー、ただちに出撃せよ! 我々の30億円のダンボールを死守するのだ!」

 西園寺の怒号と共に、サイン書きで右手が限界を迎えている鈴木を乗せたアースディフェンダーが、牽引車で物流センターへと引き出された。

 現場では、20号(宇宙ヤギ)が『メェェェェッ!』と間抜けな鳴き声を上げながら、物流センターの屋根をバリバリと咀嚼し、中のダンボールの山に巨大な舌を伸ばそうとしていた。

「無理です! 無理ですって!」

 鈴木がコクピットの中で絶叫する。

「相手はヤギですよ!? アースディフェンダーのふくらはぎのパーツ、この間予算がなくて【みかん箱】で代用したじゃないですか! 近づいたら機体ごと食われます!」

 鈴木の危惧通り、20号はアースディフェンダーのふくらはぎ(みかん箱)に目をつけ、ヨダレを垂らしながら突進してきた。

 万事休す。誰もが防衛省の破産(と鈴木の被食)を覚悟した、その時である。

(ふざけるなぁぁっ!!)

 物流センターの内部で、仕分け作業をしていた3号がブチギレていた。

(俺が! 深夜から汗水垂らして仕分けたダンボールの山だぞ!! これが全部食われたら、荷物の紛失扱いで俺の時給から弁償代が引かれるだろうが!!)

 自分の労働の成果と、時給1,300円を守り抜くため、3号は人間の姿のまま、手元にあった【荷物運搬用の巨大なカゴ台車(鉄製・高さ2メートル)】をガシィッ!と掴み上げた。

「紙の代わりに、鉄でも食ってろぉぉぉっ!!」

 3号は超音速のダッシュで跳躍すると、迫り来る20号の巨大な口(開いた顎のど真ん中)に向かって、巨大なカゴ台車を親の仇のようにフルスイングで突っ込んだのである。

『ガキィィィィンッ!!!』

『メ、メギェェェェッ!?』

 想定外の「極めて硬い鉄の塊」を全力で噛み砕こうとした20号は、凄まじい金属音と共に歯を痛め、さらに喉の奥にカゴ台車がつっかえてパニック状態に陥った。

 『メェェッ! メボェッ!』と涙目でむせ返りながら、20号は食欲を完全に失い、一目散に宇宙の彼方へと逃げ帰っていった。

「……えっ?」

 司令室の西園寺が、モニターを見て瞬きをした。

「ヤギ怪獣が、突然歯を押さえて逃げ帰ったぞ!? いったい何が起きたのだ!」

 すかさず、広瀬の指がキーボードの上で踊り狂う。

「チャンスです西園寺管理官! アースディフェンダーの放った【不可視の対繊維防護力場フォースフィールド】が、敵の牙を物理的に弾き返したのです!!」

「おおおっ! なんという強固な防御力! ふるさと納税の返礼品を守り抜く、完璧なる国家の盾!」

「すぐに『ED、鉄壁の守りで国民の資産を完全保護! 寄付金も大安心!』でリリースを出します!」

 司令室は、またしてもスピンコントロールの奇跡によって、大勝利の歓喜に包まれた。

 そして現場では。

 喉にカゴ台車を詰まらせた怪獣が飛び去った後、3号はゼェゼェと息を切らしながら着地し、無傷のダンボールの山を見て安堵の息を吐いた。

「よかった……。これで俺の仕分けノルマは達成だぜ」

 しかし、背後から物流センターの現場監督の怒号が飛んだ。

「おいシルバァ! お前が使ってた5番レーンのカゴ台車が一つ紛失してるぞ! 備品の管理はどうなってるんだ! 始末書書いて、弁償代として今月の給料から【1万5千円】天引きだ!」

「うそぉぉぉぉん!?」

 3号の絶叫が、明け方の物流センターにこだまする。

 そして、コクピットの鈴木にも、非情な連絡が入っていた。

『……鈴木さん。お疲れ様です』

 インカムから、氷室査察官の冷徹な声が響く。

『あなたがサインを書くスピードが遅いせいで、発送待ちのダンボールがセンターに山積みになり、結果的に怪獣を呼び寄せる事態となりました。これは重大な過失です』

「えっ!? いや、3万枚も手書きで……」

『よって、防衛省の危機管理費用として、今月の給料から【2万円】を天引きします。残りのサイン、今日の昼までに終わらせてくださいね』

「鬼かあああああああああっ!!」

 手首の激痛と共に放たれた鈴木の絶叫が、朝日に照らされるアースディフェンダーのコクピットに虚しく響き渡る。

 国民の寄付金(30億円)は守られたが、現場で戦う二人の男の財布は、今日も等しく、無慈悲に削り取られていくのである。

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