第32話「巨神のクールビズと、室外機を守る戦士」
防衛省の地下司令室。五月も下旬に差し掛かり、むせ返るような初夏の湿気が漂う中、氷室査察官がまたしても【無慈悲な通達】を出していた。
「……皆様。昨今の電気代高騰を受け、本日から基地内の【エアコン使用を全面禁止】とします。全員、クールビズで業務に当たってください」
「ええっ!?」西園寺管理官が、汗だくの顔をハンカチで拭いながら悲鳴を上げた。「氷室査察官! 地下施設で空調を切ったら、サーバーの熱と相まってサウナ状態になりますよ!」
「気合いで乗り切りなさい。首に保冷剤でも巻いておけば十分です」
氷室は、一人だけ涼しい顔でハンディファン(※自腹)を回しながら言い放った。
しかし、一番の地獄を見ているのは、やはりこの男であった。
『……あの。氷室査察官。助けてください……』
インカムから、鈴木の掠れた声が響く。
彼は現在、屋外演習場に引き出されたアースディフェンダーのコクピットの中にいた。
機体の胸部にあるコクピットの窓は【ただのアクリル板】であり、直射日光を遮るものは何もない。つまり、現在のコクピット内は【気温45度を超える完全な温室】と化していたのである。
『全身の毛穴から汗が噴き出してます……。ダミーの操縦桿が熱くて握れません。このままじゃ、怪獣と戦う前に熱中症で死にます……!』
「仕方ありませんね。パイロットが死んで労災が下りるとコストがかさみます」
氷室がタブレットを操作した。
「軍事用の冷却システムを積む予算はありませんので、フリマアプリで【家庭用の中古エアコン(6畳用)】を1万5千円で購入しました。今から取り付け業者を向かわせます」
「全高50メートルのロボットに、6畳用の家庭用エアコンを付ける気ですか!?」
高橋がツッコミを入れるが、氷室は「コクピット内の体積は3畳ほどですから、オーバースペックなくらいです」と一蹴した。
数時間後。
演習場に、軽トラックに乗った作業着姿の青年がやってきた。
巨大未確認生物3号である。
(時給1,500円の『エアコン取り付けバイト』……。夏に向けて稼ぎ時だけど、室外機が重いんだよな……って、え?)
3号は、目の前にそびえ立つボロボロのアースディフェンダーを見て絶句した。
(またこのロボットかよ! ていうか、宛先が『胸のコクピット』って……まさか、あのおっさん(鈴木)のところに家庭用エアコンを付ける気か!?)
先日のVIP通話ですっかり「心の友」となっていた鈴木のピンチを知り、3号の目に職人の炎が宿った。
(任せろ鈴木のおっさん! 俺が完璧な配管で、お前の職場をキンキンに冷やしてやるぜ!)
3号は、エアコンの室内機と室外機を軽々と担ぎ上げると、超音速の身のこなしで機体をよじ登った。
そして、コクピットのアクリル板に器用に穴を開け、室内機を設置。さらに、背中の塩ビパイプの骨組みに、極太の【結束バンド】と【ガムテープ】で強引に室外機を固定した。
「よし、試運転だ!」
3号がリモコンのスイッチを入れると、室内機から『ピピッ』という音と共に、涼しい風が吹き出し始めた。
「……あ、あああぁぁぁ……! 涼しいぃぃぃ……!」
コクピットの鈴木が、吹き出し口に顔を近づけて感涙にむせぶ。
「ありがとう、業者のお兄さん! あなたは神だ!」
窓越しに鈴木が手を合わせるのを見て、3号も親指を立てて(サムズアップ)応えた。
(よかったな、おっさん。これで少しは快適に過ごせるぜ)
しかし、二人のささやかな幸せは、容赦なく破壊される。
『緊急事態発生!』
司令室の佐藤が、スマホの画面に冷えピタを貼りながら報告した。
『演習場の上空に、巨大未確認生物19号が出現しました! 全長30メートルの、巨大な【宇宙クリオネ】みたいな奴です!』
「宇宙クリオネだと!?」西園寺が汗を拭う。
「はい! 奴は周囲の熱エネルギーを吸収して成長する怪獣です! 吸収された周囲は異常な高温になり……ああっ! 19号が、アースディフェンダーの真上に陣取りました!」
19号が頭上の触角を光らせた瞬間、演習場の気温が異常なペースで上昇し始めた。
気温は50度、60度と跳ね上がり、アースディフェンダーの関節を固定していたガムテープの粘着材がドロドロに溶け出し、『ニュルル……』と嫌な音を立てて機体が沈み込み始めた。
「ひぃぃぃっ! コクピットの窓枠が歪んできた!」
鈴木が絶叫する。
さらに悪いことに、限界を超えた外気温により、3号がたった今取り付けたばかりの【エアコンの室外機】から、プシューッ!と白煙が上がり始めたのだ。
(おいおいおい!!)
作業を終えて帰ろうとしていた3号が、それを見て顔を真っ青にした。
(あの室外機が壊れたら、俺の取り付けバイトの評価が『星1』になって、ペナルティで時給が引かれちまう! なにより、鈴木のおっさんがまた熱中症で死ぬじゃないか!)
自分の評価と、心の友の命。
二つを守るため、3号は演習場の隅にあった【巨大な鉄板(戦車の装甲板のスクラップ)】を両手で拾い上げた。
「俺の! 完璧な施工を! 邪魔するなぁぁぁっ!!」
3号は人間の姿のまま、アースディフェンダーの背後に跳躍。
そして、巨大な鉄板を【巨大なウチワ】のように構え、室外機と、その上空にいる19号(宇宙クリオネ)に向けて、目にも留まらぬ超音速で扇ぎ始めたのである。
『バサバサバサバサバサッ!!』
宇宙最強の戦士による、渾身の【超音速パタパタ】。
それは、もはや風というレベルではなかった。音速を超えた空気の摩擦と圧縮により、凄まじい【極低温のブリザード】が発生したのだ。
熱を吸収しようとしていた19号は、許容量を遥かに超える超強風と冷気(そして物理的な風圧)を叩きつけられ、『パキキキッ!』と一瞬にして氷漬けになり、そのまま空の彼方へと吹き飛ばされていった。
「……えっ?」
司令室の西園寺が、モニターを見てポカンと口を開けた。
「怪獣が、突然吹雪に包まれて吹き飛んでいったぞ!? いったい何が……」
すかさず、広瀬の指がキーボードの上で踊り狂う。
「チャンスです西園寺管理官! アースディフェンダーの背部に搭載された【新型コンプレッサー(室外機)】が、周囲の熱を強制的に吸い上げ、敵に向けて【絶対零度の排気熱】として放出したのです!!」
「おおおっ! なんという逆転の発想! 冷却と攻撃を同時に行う、究極の熱交換システム!」
「『ED、次世代のエコ空調兵器で熱波怪獣を完全粉砕!』でプレスリリースを流します!」
司令室は、またしてもスピンコントロールの奇跡によって大勝利の歓喜に包まれた。
風が止んだ後。
アースディフェンダーの背中で、室外機が再び『ブゥゥゥン……』と正常な音を立てて動き始めたのを確認し、3号はホッと胸を撫で下ろした。
「よし。これで星5の評価は確実だな」
誰にも見られずに地上に降りた3号は、心地よい疲労感と共に、軽トラに乗って帰路についた。
そして、コクピットの中。
室温が快適な26度に保たれ、鈴木は涙を流しながらエアコンの冷風を浴びていた。
「よかった……これで、今年の夏はなんとか生き延びられる……!」
しかし、インカムから氷室査察官の透き通るような冷たい声が響いた。
『……鈴木さん。お疲れ様です』
「はい! 氷室査察官、エアコンの導入、本当にありがとうございました!」
『ええ。しかし、先ほども言った通り、現在防衛省は節電キャンペーン中です。あなたが個人的に使用しているそのエアコンの電気代は、すべて【給与天引き】となります』
「えっ」
『加えて、機体の背中に不格好な室外機が付いたことで、スポンサーから「景観が悪い」とクレームが来ました。景観損害賠償として、今月の給料からさらに【1万円】引かせていただきます』
「鬼かあああああああああっ!!」
鈴木の悲痛な絶叫が、快適な26度のコクピット内に虚しく響き渡る。
宇宙人が守り抜いた涼しい風は、鈴木の財布を極寒のブリザードへと変貌させたのであった。




