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第31話「巨神のファンクラブと、匿名の愚痴仲間」

 防衛省の地下司令室。ジメジメとした梅雨の足音が近づく中、氷室査察官がまたしても【恐るべき集金システム】を立ち上げた。

「……本日より、アースディフェンダーの公式ファンクラブ『絶対不動のシールド』を設立します。基本の月額会費は1,000円。そして、月額1万円の【VIP会員】には、特別な特典を付与します」

「VIP会員の特典ですか?」西園寺管理官が身を乗り出す。「機体のコックピット見学ツアーとかですか?」

「そんなことをすれば、中身が塩ビパイプだとバレてしまうでしょう」

 氷室は冷ややかに眼鏡を押し上げた。

「VIP特典は、【パイロット(鈴木)との1対1のオンラインお悩み相談(月1回・30分)】です。現代社会でストレスを抱えるファンたちにとって、あの『手取り15万でもギリギリで耐え忍ぶパイロット』の言葉は、どんなアイドルの笑顔よりも心に刺さるはずです。彼を【共感型カウンセラー】としてマネタイズします」

 インカムの向こうで、コクピットの鈴木が悲鳴を上げた。

『ちょっと待ってください! 俺、ただの契約社員ですよ!? なんで怪獣と戦う合間に、見ず知らずの人の人生相談に乗らなきゃいけないんですか!』

「これも防衛任務(予算獲得)の一環です。鈴木さん、ファンの心に寄り添い、決して『辞めたい』などのネガティブな発言はしないように」

『俺が一番相談に乗ってほしいよぉぉっ!』

 一方その頃。

 阿佐ヶ谷の四畳半アパートで、ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイは、スマホの画面を見つめて目を輝かせていた。

(マジか! あのロボットのファンクラブができたのか! しかもVIP会員になれば、あの『絶対不動のレクイエム』のモデルになった、あのおっさんパイロットと直接話せる!)

 3号は、以前の歌に感銘を受けて以来、すっかりアースディフェンダー(というか、中の不憫なおっさん)の隠れファンになっていた。

 彼は、なけなしのバイト代から【1万円】を捻出し、震える指で『VIP会員登録』のボタンをタップした。

(よーし! これであのパイロットのおっさんと話せる! 毎日過酷な防衛を頑張ってる彼に、同じ底辺労働者としてエールを送ってやるんだ!)

 数日後。

 関東近郊の大型ショッピングモール『イオンモール・ムサシ』の広場に、アースディフェンダーが牽引車で運び込まれていた。

 ファンクラブ設立記念の出張イベントである。

「さあ皆様! VIP会員の登録はこちらのブースで!」

 広瀬がマイクで煽り、休日の家族連れやファンたちが列を作っている。

 その広場の裏手で、フードコートのゴミ回収バイト(時給1,100円)をしていた3号は、ゴミ袋を運びながら、遠目にそびえ立つアースディフェンダーを満足げに眺めていた。

(今日イベントが終わったら、いよいよオンライン通話の日だ。何話そうかな)

 しかし、宇宙最強の戦士のワクワクは、またしても天災(怪獣)によって遮られる。

『ブシュゥゥゥゥ……ッ!』

 どんよりと曇った空から、大量の粘液を撒き散らしながら、巨大未確認生物18号がショッピングモールに降下してきた。

 全長30メートル。巨大な【宇宙ナメクジ】である。

「管理官! 18号です!」佐藤がスマホの画面(ガチャの演出中)から目を逸らさずに報告する。「梅雨の湿気を操る軟体怪獣です! 奴が吐き出す粘液は、あらゆる接着剤を溶かします!」

「なんだと!?」西園寺が青ざめた。「アースディフェンダーの関節は、すべて【布ガムテープ】で接着されているのだぞ! 粘液を浴びたら、機体がバラバラに崩壊する!」

「すでに浴びてます!」高橋が絶叫した。「機体の右半身のガムテープが溶け始めました! 鈴木さん、動かないで! バランスが崩れます!」

 現場では、18号(宇宙ナメクジ)が、アースディフェンダーにすり寄るように粘液をなすりつけていた。

「ぎゃあああああっ! 肩のパイプが外れるぅぅぅっ!」

 コクピットの中で、鈴木がダミーの操縦桿にしがみついて悲鳴を上げる。

 その様子をフードコートの裏口から見ていた3号は、舌打ちをした。

(ふざけるなよ! 今夜、あのおっさんと楽しく通話する予定なんだぞ! おっさんが死んだら、俺の払ったVIP会費1万円がパーになるじゃないか!)

 自身のささやかな楽しみ(と1万円)を守るため、3号は猛ダッシュでフードコートの厨房へ飛び込んだ。

 そして、厨房の隅に積まれていた【業務用・粗塩(20キログラム入り)】の袋を両手で何袋も抱え上げた。

「ナメクジには、これだぁぁぁっ!!」

 3号は人間の姿のまま、超音速のジャンプでアースディフェンダーの頭上へ跳躍。

 そして、上空から18号の頭頂部めがけて、総重量100キロを超える業務用粗塩の袋を、親の仇のように凄まじい勢いで叩きつけたのである。

『ドゴォォォォォンッ!!』

『ギュェェェェッ!?』

 塩の袋が破裂し、猛烈な塩分が18号の体表に直接降り注いだ。

 ナメクジ怪獣にとって、塩は致命的な弱点である。浸透圧の暴力により、18号は体内の水分を急激に奪われ、「シュルルルル……」という情けない音と共に、みるみるうちに【干しシイタケのようなカラカラの塊】へと縮んでしまった。

「……えっ?」

 司令室の西園寺が、モニターを見て瞬きをした。

「な、ナメクジ怪獣が一瞬にして干からびたぞ!? いったい何が……」

 広報の広瀬が、即座にキーボードをターンッ!と叩く。

「チャンスです! アースディフェンダーは、機体の表面から【超高濃度の塩化ナトリウム・フィールド】を展開し、敵の水分を瞬時に奪い去ったのです!」

「おおおっ! 湿気を操る敵に対し、究極の乾燥・除湿システムで対抗したのか! 梅雨の時期にぴったりの機能だ!」

「すぐに『ED、次世代の除湿フィールドでナメクジ怪獣を完全無力化!』でリリースを出します!」

 司令室はまたしても、都合の良いスピンコントロールによって歓喜に包まれた。

 そして現場では、塩まみれになった3号が、誰にも見られずに地上へ着地し、ホッと息をついていた。

「あぶねー……。なんとかおっさんの命(と俺の通話権)は守ったぞ」

 その夜。

 防衛省の薄暗い宿直室で、疲れ果てた鈴木がノートパソコンの前に座っていた。

 画面には、【VIP会員:シルバァ様(※カメラオフ、音声のみ)】とのオンライン通話画面が映っている。

『……あ、あの。アースディフェンダーのパイロットの、鈴木です』

 鈴木が台本通りに、作り笑いを浮かべて話し始めた。

『今日は応援ありがとうございます。何か、お悩みなど……』

『鈴木さん! いつもお疲れ様です!!』

 スピーカーから聞こえてきたのは、やけに熱のこもった青年の声だった。

『俺、あんたのレクイエム聴きました! 手取り15万で、ガムテープの機体に乗らされてるんですよね!? 今日もナメクジの粘液で死にそうになってたじゃないですか! あんた、マジで頑張ってますよ!』

「えっ!?」

 鈴木は目を見開いた。機体の秘密ガムテープは国家機密のはずである。なぜこのファンは知っているのか。

「あ、あの……シルバァさん。なんで中身がガムテープだって知ってるんですか?」

『え? あ、いや、それは……俺、前におもちゃ工場でEDのフィギュア組み立てるバイトしてて……って、そんなことはどうでもいいんですよ! 鈴木さん、あんたの上司、鬼でしょ!?』

 その言葉に、鈴木の心のダムが決壊した。

「そ、そうなんですよぉぉっ!! 氷室査察官って人が、事あるごとに俺の給料から天引きして! 機体が傾いただけで罰金取られるし、食事は蕎麦ばっかりだし!」

『うわぁ……最悪っすね! 俺のバイト先の店長もクソで、スモーク焚きすぎただけで5万も引かれたんですよ! お互い、底辺でこき使われて辛いっすよね!』

 防衛省のパイロットと、宇宙最強の戦士。

 顔も素性も知らない二人の底辺労働者は、オンライン通話という奇妙な空間で、完全に意気投合してしまった。

 鈴木は、ファンに夢を与えるはずの通話枠の30分をフルに使い、シルバァ(3号)と共に「ブラック組織への恨み節」と「美味しいラーメン屋の情報交換」で大いに盛り上がった。

『……いやー、鈴木さんと話せてマジで元気出ました! 1万円払った甲斐がありましたよ! 明日も日雇いバイト頑張ります!』

「ありがとう、シルバァさん……! 俺も、あなたみたいな理解者がいるなら、もう少しだけパイロット頑張ってみます!」

 通話が終了し、鈴木は憑き物が落ちたような清々しい顔でパソコンを閉じた。

 (世の中には、俺の苦労を分かってくれる優しいファンがいるんだな……)

 しかし、翌朝。

 司令室で、氷室査察官が冷たい声で鈴木を呼び止めた。

「……鈴木さん。昨夜のオンライン通話の録音データを確認しました」

「えっ?」

「ファンに夢を与えるどころか、防衛省の内情と愚痴を垂れ流し、挙句の果てにラーメンの話で盛り上がるとは言語道断。国家機密漏洩のペナルティとして、今月の給与からさらに【2万円】を天引きします」

「嘘でしょぉぉぉぉっ!?」

 鈴木の清々しい気持ちは、一瞬にして絶望のドン底へと叩き落とされた。

 一方、阿佐ヶ谷のアパートでは、3号が「よし、今月はVIP会費の1万払ったから、食費はモヤシだけだな!」と、自身の首を絞めていることに気づきながらも、清々しい笑顔でモヤシを炒めていた。

 見えない絆で結ばれた二人の男たちの財布は、今日も等しく、無慈悲に削り取られていくのである。

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