表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/103

第30話「奇跡のタレ装甲と、時給1400円の害虫駆除」

 防衛省の地下格納庫に、香ばしくも甘い、濃厚な【焼き鳥のタレ】の匂いが充満していた。

 先日の平和サミットで、全身に特製ダレを浴びてしまったアースディフェンダー。西園寺管理官が鼻をつまみながら、氷室査察官に抗議している。

「……氷室査察官。サミットから数日経ちますが、なぜ機体を洗浄しないのですか! 基地の中が完全に赤提灯の居酒屋の匂いです! 視察団が来たらどう言い訳する気ですか!」

「洗浄する必要はありません。むしろ、このタレは【天の恵み】です」

 氷室がタブレットを操作し、整備班から上がってきたデータをモニターに映し出した。

「ご覧なさい。タレに含まれる大量の糖分とアミノ酸が、初夏の直射日光で乾燥・カラメル化し、機体の表面で強固な【結晶被膜】を形成しています。これにより、関節のガムテープの粘着力が復活し、塩ビパイプの強度が従来の【1.5倍】に跳ね上がりました」

「なんと! タレが装甲を補強していると!?」

「ええ。これぞ究極のSDGs。我々はこのタレの被膜を【バイオ・オーガニック・カーボン・コーティング(BOCC)】と名付け、次世代の装甲技術として特許を出願します」

 氷室の恐るべき詭弁(錬金術)に、西園寺は「おおっ!」と歓喜の声を上げた。

 しかし、コクピットの鈴木にとっては地獄であった。

『……あの。装甲が強化されたのはいいんですけど。タレが隙間からコクピット内にも垂れてきてて、コンソールがベタベタなんです。それに、甘い匂いに誘われて、ハエとかアリが機体に群がってきてるんですけど……』

「鈴木くん、それは自然との共生だ! 平和の象徴にふさわしいではないか!」

『ハエが顔に止まる平和なんて嫌だぁぁっ!』

 一方その頃。

 都内の住宅街で、分厚い白い防護服(養蜂家のような網付きの帽子)を着て、汗だくになっている青年がいた。

 巨大未確認生物3シルバーガイである。

(時給1,400円の『害虫駆除(スズメバチの巣撤去)』のバイト……! 時給は高いけど、防護服の中はサウナ状態だし、ハチは怖いし、最悪だ……!)

 彼は先日のサミットで焼き鳥の売上ボーナスを失い、さらに宇宙犬(5号)が網戸を破って逃走を図った(すぐ捕まえた)ため、網戸の修理代を稼がなければならなかったのだ。

「よし、駆除用のスモーク(煙幕)を炊いて、巣を撤去して……っと。ふぅ、これで今日のノルマは終わりだ」

 3号が防護服を脱ぎ、スポーツドリンクを一気飲みしようとした、その時である。

『ブゥゥゥゥゥン……ッ!!』

 上空から、ヘリコプターのプロペラ音のような重低音が響き渡った。

 太陽を隠すように現れたのは、全長40メートルに達する巨大なハチの怪獣――巨大未確認生物17号(宇宙キラービー)であった。

「な、なんだあれ!? デカすぎるハチ!?」

 司令室でも、佐藤がスマホの画面から顔を上げて警告を発した。

「管理官! 17号です! 宇宙の甘い蜜を求めて飛び回る危険生物です! ……あっ! 17号が、一直線にアースディフェンダーのいる屋外演習場へ向かっています!」

「なんだと!? なぜ我が軍の機体を!」

「アースディフェンダーにコーティングされた【焼き鳥のタレ】の甘い匂いに引き寄せられているんです!」

 高橋が絶望の声を上げた。

「まずいですよ! 宇宙キラービーの顎の力は強力です! タレを舐めとるついでに、機体の装甲(ダンボールと塩ビパイプ)ごとバリボリ食い破られます!」

「いかん! せっかく特許を出願したBOCC装甲が! 鈴木くん、なんとか追い払え!」

 演習場に引き出されていたアースディフェンダーの頭上に、巨大な宇宙ハチ(17号)が飛来した。

 17号は、タレでテカテカに光るアースディフェンダーの肩にガシッ!としがみつくと、巨大な舌と顎を使って、ベロベロ、バリバリと装甲を貪り始めた。

「ぎゃあああああっ! 肩が! 俺の右肩のすぐ横で、巨大なハチがガムテープを食ってるぅぅぅっ!!」

 鈴木がコクピットの中で、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら絶叫する。

(おいおいおい! あのロボット、完全にエサにされてるじゃんか!)

 遠くからその光景を目撃した3号は、慌てて再び防護服を着込んだ。

(あのままじゃ、中のおっさんが食われちまう! 俺がなんとかしないと!)

 3号は、バイト先で支給された【業務用・害虫駆除スモークマシン(煙発生器)】を抱え上げると、超音速で演習場へと駆けつけた。

 しかし、相手は全長40メートルの大怪獣。市販のスモークマシンから出る煙など、線香の煙程度の効果しかない。

「ええい、こうなったら!」

 3号はスモークマシンの吹き出し口を自分の口に当て、人間の姿のまま、宇宙人の超肺活量で【息を限界まで吸い込んだ】。

 そして、アースディフェンダーに群がる17号に向けて、凄まじい勢いでその煙を【一気に吹き出した】のである。

『ブォォォォォォォォォォッ!!!』

 3号の超肺活量によって圧縮・増幅された殺虫スモークは、巨大な竜巻のような【白い煙の柱】となって17号を包み込んだ。

『ビィィッ!? ……ビ、ブィィ……』

 強力な煙に巻かれた17号は、フラフラと飛び上がり、そのまま空中で意識を失って、遠くの海上へとポチャリと墜落していった。

「……煙幕!? どこから!?」

 西園寺がモニターを見て驚愕する。広瀬が、すかさずキーボードをターンッ!と叩いた。

「チャンスです西園寺管理官! アースディフェンダーのBOCC装甲タレは、敵に食べられることで内部で化学反応を起こし、【特殊な忌避フェロモンガス】を噴射する仕組みだったのです!」

「おおおっ! 肉を切らせて骨を断つ、いや、タレを舐めさせて毒を盛るという高度な生態系コントロール兵器!!」

「『ED、次世代バイオ装甲で環境に優しい害虫駆除!』でプレスリリースを流します!」

 司令室はまたしても、ありもしない新機能の(でっち上げの)大成功に沸き立った。

 煙が晴れた後。

 足元でこっそりとスモークマシンを回収した3号は、ぜぇぜぇと息を切らしながら安堵の笑みを浮かべていた。

「よかった……。おっさん、食われずに済んだな」

 しかし、彼のスマホに非情な着信が入る。駆除業者の社長からだ。

『おいシルバァ! お前、スモークマシンの煙幕液を【1年分】一気に使い切ったらしいな!? どんだけ無駄遣いしてんだ! 今月分の給料から液代の5万円、全額天引きだ!!』

「うそぉぉぉぉぉん!!」

 3号の絶叫が、初夏の演習場にこだまする。

 そして、コクピットの鈴木にも、非情な連絡が入っていた。

『……鈴木さん。お疲れ様です』

 インカムから、氷室査察官の透き通るような冷たい声が響く。

『敵の攻撃により、特許出願予定だったBOCC装甲(タレの塊)がすべて食い尽くされました。これは、パイロットであるあなたの【貴重な防衛資産の管理怠慢】による損失です。損害分は、冬のボーナスから天引きします』

「俺、食われる恐怖で泣いてただけなのにぃぃっ!」

 奇跡のタレ装甲は消え失せ、残されたのはベタベタのコクピットと、理不尽な天引きの明細だけ。

 底辺で地球を守る者たちの財布は、今日も怪獣の襲来と共に、無慈悲に削り取られていくのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ