第30話「奇跡のタレ装甲と、時給1400円の害虫駆除」
防衛省の地下格納庫に、香ばしくも甘い、濃厚な【焼き鳥のタレ】の匂いが充満していた。
先日の平和サミットで、全身に特製ダレを浴びてしまったアースディフェンダー。西園寺管理官が鼻をつまみながら、氷室査察官に抗議している。
「……氷室査察官。サミットから数日経ちますが、なぜ機体を洗浄しないのですか! 基地の中が完全に赤提灯の居酒屋の匂いです! 視察団が来たらどう言い訳する気ですか!」
「洗浄する必要はありません。むしろ、このタレは【天の恵み】です」
氷室がタブレットを操作し、整備班から上がってきたデータをモニターに映し出した。
「ご覧なさい。タレに含まれる大量の糖分とアミノ酸が、初夏の直射日光で乾燥・カラメル化し、機体の表面で強固な【結晶被膜】を形成しています。これにより、関節のガムテープの粘着力が復活し、塩ビパイプの強度が従来の【1.5倍】に跳ね上がりました」
「なんと! タレが装甲を補強していると!?」
「ええ。これぞ究極のSDGs。我々はこのタレの被膜を【バイオ・オーガニック・カーボン・コーティング(BOCC)】と名付け、次世代の装甲技術として特許を出願します」
氷室の恐るべき詭弁(錬金術)に、西園寺は「おおっ!」と歓喜の声を上げた。
しかし、コクピットの鈴木にとっては地獄であった。
『……あの。装甲が強化されたのはいいんですけど。タレが隙間からコクピット内にも垂れてきてて、コンソールがベタベタなんです。それに、甘い匂いに誘われて、ハエとかアリが機体に群がってきてるんですけど……』
「鈴木くん、それは自然との共生だ! 平和の象徴にふさわしいではないか!」
『ハエが顔に止まる平和なんて嫌だぁぁっ!』
一方その頃。
都内の住宅街で、分厚い白い防護服(養蜂家のような網付きの帽子)を着て、汗だくになっている青年がいた。
巨大未確認生物3号である。
(時給1,400円の『害虫駆除(スズメバチの巣撤去)』のバイト……! 時給は高いけど、防護服の中はサウナ状態だし、ハチは怖いし、最悪だ……!)
彼は先日のサミットで焼き鳥の売上ボーナスを失い、さらに宇宙犬(5号)が網戸を破って逃走を図った(すぐ捕まえた)ため、網戸の修理代を稼がなければならなかったのだ。
「よし、駆除用のスモーク(煙幕)を炊いて、巣を撤去して……っと。ふぅ、これで今日のノルマは終わりだ」
3号が防護服を脱ぎ、スポーツドリンクを一気飲みしようとした、その時である。
『ブゥゥゥゥゥン……ッ!!』
上空から、ヘリコプターのプロペラ音のような重低音が響き渡った。
太陽を隠すように現れたのは、全長40メートルに達する巨大なハチの怪獣――巨大未確認生物17号(宇宙キラービー)であった。
「な、なんだあれ!? デカすぎるハチ!?」
司令室でも、佐藤がスマホの画面から顔を上げて警告を発した。
「管理官! 17号です! 宇宙の甘い蜜を求めて飛び回る危険生物です! ……あっ! 17号が、一直線にアースディフェンダーのいる屋外演習場へ向かっています!」
「なんだと!? なぜ我が軍の機体を!」
「アースディフェンダーにコーティングされた【焼き鳥のタレ】の甘い匂いに引き寄せられているんです!」
高橋が絶望の声を上げた。
「まずいですよ! 宇宙キラービーの顎の力は強力です! タレを舐めとるついでに、機体の装甲(ダンボールと塩ビパイプ)ごとバリボリ食い破られます!」
「いかん! せっかく特許を出願したBOCC装甲が! 鈴木くん、なんとか追い払え!」
演習場に引き出されていたアースディフェンダーの頭上に、巨大な宇宙ハチ(17号)が飛来した。
17号は、タレでテカテカに光るアースディフェンダーの肩にガシッ!としがみつくと、巨大な舌と顎を使って、ベロベロ、バリバリと装甲を貪り始めた。
「ぎゃあああああっ! 肩が! 俺の右肩のすぐ横で、巨大なハチがガムテープを食ってるぅぅぅっ!!」
鈴木がコクピットの中で、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら絶叫する。
(おいおいおい! あのロボット、完全にエサにされてるじゃんか!)
遠くからその光景を目撃した3号は、慌てて再び防護服を着込んだ。
(あのままじゃ、中のおっさんが食われちまう! 俺がなんとかしないと!)
3号は、バイト先で支給された【業務用・害虫駆除スモークマシン(煙発生器)】を抱え上げると、超音速で演習場へと駆けつけた。
しかし、相手は全長40メートルの大怪獣。市販のスモークマシンから出る煙など、線香の煙程度の効果しかない。
「ええい、こうなったら!」
3号はスモークマシンの吹き出し口を自分の口に当て、人間の姿のまま、宇宙人の超肺活量で【息を限界まで吸い込んだ】。
そして、アースディフェンダーに群がる17号に向けて、凄まじい勢いでその煙を【一気に吹き出した】のである。
『ブォォォォォォォォォォッ!!!』
3号の超肺活量によって圧縮・増幅された殺虫スモークは、巨大な竜巻のような【白い煙の柱】となって17号を包み込んだ。
『ビィィッ!? ……ビ、ブィィ……』
強力な煙に巻かれた17号は、フラフラと飛び上がり、そのまま空中で意識を失って、遠くの海上へとポチャリと墜落していった。
「……煙幕!? どこから!?」
西園寺がモニターを見て驚愕する。広瀬が、すかさずキーボードをターンッ!と叩いた。
「チャンスです西園寺管理官! アースディフェンダーのBOCC装甲は、敵に食べられることで内部で化学反応を起こし、【特殊な忌避フェロモンガス】を噴射する仕組みだったのです!」
「おおおっ! 肉を切らせて骨を断つ、いや、タレを舐めさせて毒を盛るという高度な生態系コントロール兵器!!」
「『ED、次世代バイオ装甲で環境に優しい害虫駆除!』でプレスリリースを流します!」
司令室はまたしても、ありもしない新機能の(でっち上げの)大成功に沸き立った。
煙が晴れた後。
足元でこっそりとスモークマシンを回収した3号は、ぜぇぜぇと息を切らしながら安堵の笑みを浮かべていた。
「よかった……。おっさん、食われずに済んだな」
しかし、彼のスマホに非情な着信が入る。駆除業者の社長からだ。
『おいシルバァ! お前、スモークマシンの煙幕液を【1年分】一気に使い切ったらしいな!? どんだけ無駄遣いしてんだ! 今月分の給料から液代の5万円、全額天引きだ!!』
「うそぉぉぉぉぉん!!」
3号の絶叫が、初夏の演習場にこだまする。
そして、コクピットの鈴木にも、非情な連絡が入っていた。
『……鈴木さん。お疲れ様です』
インカムから、氷室査察官の透き通るような冷たい声が響く。
『敵の攻撃により、特許出願予定だったBOCC装甲(タレの塊)がすべて食い尽くされました。これは、パイロットであるあなたの【貴重な防衛資産の管理怠慢】による損失です。損害分は、冬のボーナスから天引きします』
「俺、食われる恐怖で泣いてただけなのにぃぃっ!」
奇跡のタレ装甲は消え失せ、残されたのはベタベタのコクピットと、理不尽な天引きの明細だけ。
底辺で地球を守る者たちの財布は、今日も怪獣の襲来と共に、無慈悲に削り取られていくのである。




