第27話「ピサの巨神と、吸い込まれる売上金」
防衛省の地下司令室。メインモニターには、秋葉原の駅前広場にそびえ立つアースディフェンダーの姿が映し出されていた。
前回のゲリラ豪雨による足元の泥濘化により、機体は現在、見事なまでに【斜め15度】に傾いている。
「……あの。西園寺管理官。そろそろクレーン車で機体を真っ直ぐに直してくれませんか」
コクピットの鈴木が、インカム越しに涙声で訴えた。
「機体が前のめりに傾いてるせいで、シートベルトに体重が全部かかって、肋骨が折れそうなんです。それに、ずっと下向いてるから頭に血が上って……」
『我慢したまえ鈴木くん! 今、クレーン車を手配する予算などないのだ!』
「じゃあせめて、牽引車で引っ張って元の角度に戻すとか!」
『だめです』
氷室査察官が、冷酷に会話に割り込んだ。
「現在、その【傾いたアースディフェンダー】は、秋葉原の新たな観光名所としてバズっています。遠近法を使って『機体を手で支えているようなトリック写真』を撮るのが、SNSで大流行しているのです」
氷室がタブレットをスワイプすると、モニターに大量のSNSの投稿画像が映し出された。観光客たちが、ピサの斜塔を支えるようなポーズで笑顔の写真をアップしている。
「広報の広瀬さん。広場に【トリック写真撮影用・特等エリア】を設置し、入場料を一人500円取りなさい。さらにコラボカフェで『斜めチュロス』を新メニューとして販売します。この傾きは、もはや立派な【収益モデル】です。真っ直ぐに直すなど言語道断」
「鬼の所業だ……! 国の防衛兵器を観光地の顔出し看板みたいに……!」
鈴木の悲鳴は、今日も司令室の大人たちに黙殺された。
一方、そのコラボカフェの店内。
ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号は、新メニュー『斜めチュロス』を猛烈な勢いで揚げ続けていた。
(すげえ! 外のロボットが傾いただけで、客が倍増した! 店長が「今日の売上次第で、バイト全員に大入り袋を出す」って言ってたし、絶対にこの波に乗るぞ!)
時給1,200円の神バイトに、さらなる特別ボーナス。
3号は目を輝かせながら、レジにどんどん貯まっていく売上金(札束)をチラチラと見てはニヤついていた。
しかし、宇宙最強の戦士の「大入り袋」への夢は、またしても理不尽な形で脅かされる。
『ブォォォォォォォォンッ!!』
突如、秋葉原の空に凄まじい轟音が響き渡った。
上空から舞い降りてきたのは、全長数十メートルに及ぶ、巨大な【アリクイ】のような外見の怪獣(13号)であった。
「な、なんだあれ!?」
「怪獣だぁぁっ!」
広場にいた観光客たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
13号(宇宙アリクイ)は、その長い鼻先を秋葉原の電気街へ向けると、掃除機のような凄まじい吸引音と共に、空気を猛烈な勢いで吸い込み始めた。
『ズゴォォォォォォォォッ!!』
「管理官! 13号です! 奴は【電子部品と金属】を好む宇宙の掃除屋です!」
司令室で、佐藤が報告する。彼女のスマホ画面には「FF2 クリア」の文字が光っている。
「秋葉原の家電量販店から、パソコンやスマホが次々と吸い込まれていきます!」
その言葉通り、街中の看板、ネオンサイン、そして人々のスマートフォンが、凄まじいダイソン並みの吸引力で13号の鼻先へと吸い込まれていく。
「いかん! アースディフェンダーも金属(鉄パイプ)の塊だぞ! 吸い込まれてしまう!」
西園寺が頭を抱えた。
現場では、斜め15度に傾いていたアースディフェンダーが、13号の強烈な吸引力に引っ張られていた。
「ぎゃあああああっ! 前のめりのところに引っ張られて、傾きが30度になったぁぁっ!」
コクピットの鈴木が絶叫する。
「ガムテープが! 関節のガムテープが風圧で千切れていくぅぅっ!」
だが、この絶体絶命の危機に、誰よりも激怒している男がいた。
コラボカフェの店内にいた、3号である。
「あああああっ! 店のレジスターがぁぁっ!!」
13号の吸引力は、カフェの金属製レジスターにも及んでいた。
レジが宙に浮き、ガチャン!と蓋が開き、中に入っていた大量の売上金(そして3号の大入り袋の原資)が、空に向かって吸い込まれようとしていたのだ。
「ふ、ふざけるなぁぁっ!! 俺の!! ボーナスを!! 返せぇぇぇっ!!」
生活費を脅かされた宇宙人の怒りは、怪獣の吸引力をも凌駕した。
3号は猛ダッシュで店の外に飛び出すと、吸い込まれていく札束を空中で次々とキャッチ。そのまま人間の姿のまま、近くの工事現場へと超音速で駆け込んだ。
(あいつ、金属が好きなんだな!? なら、腹いっぱい食わせてやるよ!)
3号は、工事現場に積まれていた【超極太のH鋼(数百トン)】の束を軽々と担ぎ上げると、空中に浮かぶ13号の鼻先に向かって、やり投げのオリンピック選手のような美しいフォームでブン投げた。
『ドゴォォォォンッ!!』
『モグェッ!?』
巨大なH鋼の束は、見事に13号の細長い鼻(吸引口)にスッポリと突き刺さった。
気管(?)に数百トンの鉄骨を詰まらせた宇宙アリクイは、目を白黒させ、吸引をピタリと止めた。
「よぉーし! 今だ!」
3号は落ちてきた札束をすべてエプロンのポケットに回収すると、誰にも見られないうちにカフェの裏口へと戻っていった。
一方、上空の13号は、鉄骨を詰まらせたことによる凄まじい【むせ返り】を起こしていた。
『ブッ……ブッ……ブッ、ックシュンッ!!!』
13号の超特大のくしゃみが炸裂した。
その暴風は、吸引力とは逆の【凄まじい突風】となって秋葉原の広場を吹き荒れた。
そして、その突風を真正面から受けたのが、斜め30度に倒れかけていたアースディフェンダーであった。
「うおおおおおっ!?」
コクピットの鈴木が目を見開く。
くしゃみの突風が、前のめりになっていたアースディフェンダーの胸板に激突し、その風圧によって、機体が『ギギギギッ!』と押し戻され……なんと、奇跡的に【垂直(0度)】の直立不動の姿勢へと戻ったのである。
『ミィィィィ……』
くしゃみの反動で、13号はそのまま自ら宇宙の彼方へと吹き飛んでいき、星になった。
……沈黙が落ちた。
「な、なんだ今の現象は!?」
西園寺がポカンとモニターを見つめる。
広報の広瀬が、即座にキーボードを叩き始めた。
「完璧です! 西園寺管理官! アースディフェンダーは、敵の吸引力を予測し、あえて【極端な前傾姿勢】を取ることで風の抵抗をコントロールしていたのです! そして敵が怯んだ瞬間に、大気を操り敵を吹き飛ばしました!」
「おおおっ! なんという高度な空力計算! 単なる傾きではなく、計算し尽くされた【ダイナミック・ガード姿勢】だったのか!」
「すぐにプレスリリースを出します!」
司令室は、またしても「何もしなかったロボットの大勝利」に沸き立った。
数時間後。
カフェの店長から「お前、レジの金を守ってくれたのか! ありがとう!」と感謝され、無事に【5,000円の大入り袋】を手にした3号は、ほくほく顔で帰路についていた。
「やったぜ! これで今日は、帰りにちょっと高い発泡酒が買える!」
しかし。
防衛省の地下司令室では、氷室査察官が不機嫌そうにタブレットを叩いていた。
「……鈴木さん。なぜ機体を真っ直ぐに戻してしまったのですか」
『えっ!? いや、怪獣のくしゃみの風圧で勝手に戻っただけで……』
「おかげで、観光客から徴収していた【トリック写真の撮影料】の収益がゼロになりました。減収分は、あなたの今月の給料から天引きしますからね」
『理不尽すぎるぅぅぅっ!!』
真っ直ぐに立てば怒られ、傾けば命の危機に瀕する。
鈴木のパイロット人生は、今日も巨大な鉄パイプの重圧と共に、底なしのブラック企業で軋み続けているのであった。




