第26話「ゲリラ豪雨と、時給1200円の透明な傘」
防衛省の地下司令室。連日の集金計画ですっかり生気を取り戻した西園寺管理官に対し、氷室査察官がさらなる【マネタイズ戦略】の資料を提示した。
「……音楽配信による利益は順調ですが、これだけでは足りません。本日から、アースディフェンダーの機体表面を【広告媒体】として民間企業に販売します」
「なんと! F1レーシングカーのように、機体にスポンサーのロゴを貼るのですね!」
「その通りです。胸部メインスポンサー枠が月額1億円、肩のサブ枠が5000万円。すでに数社から契約を取り付けています」
氷室がモニターに映し出した画像には、有名企業のロゴがベタベタと貼られたアースディフェンダーの姿があった。威厳は完全に消え失せ、走る広告塔と化している。
さらに氷室は続けた。
「そして、この広告効果を最大化するため、秋葉原の駅前広場に【アースディフェンダー公式コラボカフェ】を期間限定でオープンさせます。目玉は、広場に直立不動で展示される実機です」
「素晴らしい! ファンが押し寄せて、カフェの売上も爆増間違いなしだ!」
西園寺が歓喜する中、事後処理班の中村班長が、またしても死んだ魚のような目でパイプ椅子から立ち上がった。
「……氷室査察官。コラボカフェの厨房担当、まさかまた俺じゃないでしょうね」
「ご名答です。メニューは原価率10%以下の【ガムテープ風チュロス(ただの焦げたパンの耳)】と、【絶対不動オムライス(異常に固く焼いた卵)】です。あなたの事後処理スキルで、見栄え良く盛り付けてください」
「俺は洋食屋の親父か!」
かくして、秋葉原のど真ん中で、防衛省の威信を懸けたコラボカフェがオープンした。
カフェの店内は大盛況だった。
窓際の特等席(チャージ料1万円)には、機体にロゴを貼ったスポンサー企業の重役たちが座り、外にそびえ立つ自社の広告塔を満足げに眺めている。
「いらっしゃいませー! 絶対不動オムライス、お待たせいたしました!」
店内で、爽やかな笑顔で接客をしているアルバイトの青年がいた。
巨大未確認生物3号である。
(時給1,200円で、しかも余ったオムライスやチュロスが『まかない』としてタダで食べられる! この神バイト、絶対にクビになるわけにはいかない!)
彼は接客の合間に、窓の外に立つアースディフェンダーをチラリと見た。
(あの日、北海道から運んだボロボロのロボット……。今はスポンサーまでついて、立派にやってるんだな。中のパイロットのおっさんも、少しは給料上がったかな?)
3号は、かつての同志(と勝手に思っている)の出世を、我が事のように喜んでいた。
しかし、その実態は地獄である。
コクピットの鈴木は、インカムで泣き叫んでいた。
「た、田中班長! 俺の目の前のカメラセンサー(※市販のWebカメラ)のレンズの上に、スポンサーのロゴシールが貼られてて、外が全く見えないんですけど!」
『我慢しろ鈴木! 氷室査察官の命令で「一番目立つ場所に貼れ」って言われたんだ!』
さらに悪いことに、空の雲行きが怪しくなってきた。
先ほどまで晴天だった秋葉原の空が急に暗くなり、ポツリ、ポツリと雨が降り始めたかと思うと、一瞬にしてバケツをひっくり返したような【ゲリラ豪雨】に見舞われたのである。
「まずいですよ、田中班長!」
司令室の整備班・高橋が悲鳴を上げた。
「スポンサーのロゴシール、予算がないからって【家庭用プリンターで印刷したコピー用紙】を【水糊】で貼っただけですよね!? 豪雨に打たれたら、インクが滲んでシールが剥がれます!」
「いかん! ロゴが剥がれたら、その下にある関節の【単管パイプとガムテープ】がスポンサーの重役たちに丸見えになってしまうぞ!」
西園寺が頭を抱える。
「しかも、あの機体、防水処理なんか一切してませんよ! このままだとコクピットに雨水が浸水して、配線がショートします!」
高橋の絶叫通り、外では凄まじい雨がアースディフェンダーを叩きつけていた。
機体に貼られたロゴマークのインクがドロドロに溶け出し、ホラー映画のように黒い涙を流し始めている。
カフェの窓際に座るスポンサーたちが「おや? なんだかウチのロゴが溶けているような……」と怪訝な顔をし始めた。
「……ああっ! だめだ、もうシールが剥がれる!」
店内でその様子を見ていた3号は、血の気が引いた。
(あのシールが剥がれたら、中身がボロボロの鉄パイプだってバレちゃう! そうなったら、このロボットのプロジェクトは終わるし、俺の時給1,200円のまかない付き神バイトも消滅する!!)
生活を守るための防衛本能が、またしても宇宙人を突き動かした。
「店長! ちょっとトイレ行ってきます!」
3号はエプロンを脱ぎ捨て、店の裏口から猛ダッシュで飛び出した。
彼はバックヤードにあった【忘れ物の透明なビニール傘】を両手に一本ずつ掴むと、人間の姿のまま、目にも留まらぬ超音速でアースディフェンダーの頭上(地上50メートル)へと跳躍した。
『ブォォォォォォッ!!』
「な、なんだ!?」
カフェの客たちが窓の外を指差す。
アースディフェンダーの頭上で、二本のビニール傘を超音速で振り回す3号。
あまりの回転速度により、傘は完全に透明な【巨大な円盤状のシールド】と化していた。
凄まじい遠心力と風圧が、上空から降ってくるゲリラ豪雨をすべて弾き飛ばし、アースディフェンダーの周囲にだけ【一滴の雨も降らない絶対領域】を作り出したのである。
「す、すごい! アースディフェンダーの周りだけ、雨が弾かれているぞ!」
「まるで目に見えないバリアが張られているようだ!」
スポンサーの重役たちが、目を輝かせて立ち上がった。
司令室では、西園寺がポカンと口を開けていた。
「……どういうことだ? 我々の機体に、電磁シールド機能など備わっていたか?」
「ありませんよ! あれ、ただの塩ビパイプですよ!」高橋が叫ぶ。
「チャンスです!!」
広報の広瀬が、キーボードをターンッ!と叩いた。
「『アースディフェンダー、スポンサーのロゴを守るため、最新鋭の【全方位不可視バリア】を展開!』……これでいきましょう! 雨粒一つ通さない、完璧な保護機能のアピールです!」
「素晴らしい! これで広告費の単価をさらに釣り上げられるぞ!」
かくして、絶体絶命の危機は、またしてもスピンコントロールによって【大いなる奇跡】へとすり替えられた。
30分後。ゲリラ豪雨は嘘のように去り、再び夏の太陽が顔を出した。
バリア(超音速のビニール傘)の役目を終えた3号は、誰にも見られずに地上へ着地し、フラフラになりながらカフェの裏口へと戻ってきた。
「……ぜぇ、ぜぇ……腕が、ちぎれるかと思った……」
彼は息も絶え絶えにエプロンを着け直す。
「でも、これで俺のバイト先も、あのおっさんのパイロットの仕事も守られたんだ……」
店長から「おいシルバァ! トイレ長すぎだぞ! 早くホールに戻れ!」と怒鳴られながらも、3号の顔には、やり遂げた男の清々しい笑みが浮かんでいた。
しかし。
アースディフェンダーのコクピットでは、全く別の悲劇が起きていた。
『……あの。上からの雨は防げたんですけど。足元の水たまりから跳ね返った泥水で、機体の足回りのガムテープが全部剥がれて、完全に自立できなくなってます……』
鈴木が、冷たい泥水に浸かった足元を見下ろしながら、インカムで力なく報告する。
『佐藤さん、助けてください……。機体が、ピサの斜塔みたいに傾き始めてます……』
『あー、鈴木さんごめんなさい。今、FF2の皇帝と戦ってて手が離せないんで、自力でバランス取ってください』
「お前はいつまでそのゲームやってんだぁぁっ!」
バリアの死角から侵入した泥水により、人類の希望は静かに、そして確実に傾きつつあった。
宇宙人のタダ働き(時給1,200円)による延命措置も、防衛省の根本的な欠陥を覆い隠すことはできないのであった。




