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第25話「AIの歌姫と、濃厚豚骨のカロリー補給」

 防衛省の地下司令室。冷え切った空気の中で、氷室査察官がまたしても【恐るべき集金計画】を打ち上げた。

「……皆様。アースディフェンダーの次なる収益の柱として、【公式テーマソング】を制作し、音楽配信のサブスクリプションで印税を稼ぎます」

「テ、テーマソングだと!?」西園寺管理官が目を見開いた。「氷室査察官! 我々は防衛組織ですよ!? アイドルやアニメじゃあるまいし、ロボットのテーマソングを誰が買うんですか!」

「疲弊した現代社会のサラリーマンたちです」

 氷室は冷酷にタブレットを操作し、データを示した。

「先日の『不動のまま怪獣を退ける(※宇宙人が裏で支えていた)』映像により、アースディフェンダーは【絶対に倒れない、不屈の象徴】として一部の企業戦士からカルト的な人気を得ています。彼らをターゲットに、魂を奮い立たせるような楽曲を配信すれば、莫大なストリーミング収益が見込めます。広報の広瀬さん、手配は?」

「はい! しかし氷室査察官、有名な作曲家や作詞家に依頼する予算が……」

「外注などしません。音楽生成AIを使います」

 氷室の鶴の一声により、広報官の広瀬とナビゲーターの佐藤は、司令室の隅でノートパソコンを開かされた。

「ええと……【Mureka】と【Soundraw】、それに【CREEVO】のアカウントを開設しました」

 佐藤が、ポテトチップスをかじりながら気怠そうに画面を操作する。

「氷室査察官、これ、プロンプト(指示文)にどんなキーワードを入れます? 『巨大ロボット、勇気、希望、無敵』とかですか?」

「ダメです。それではあまりにも嘘くさい」氷室が即座に却下した。「国民が求めているのは、等身大の苦悩と、そこから立ち上がるリアルな姿です。もっと現場の【血の通った真実】をプロンプトに入れなさい」

 その言葉を聞いた瞬間、コクピットの中で蕎麦をすすっていた鈴木が、インカム越しにボソッと呟いた。

『血の通った真実って……【関節はガムテープ】で【月給15万】で【見えない誰か(宇宙人)に助けられてギリギリ生きてる】ってことですか……』

「それです!」

 広瀬がバンッと机を叩いた。

「鈴木さんのその悲壮感! 現代のストレス社会を生きるサラリーマンにぶっ刺さります! 佐藤さん、今の鈴木さんの愚痴を全部、AIの作詞プロンプトにぶち込んでください!」

「了解でーす。ジャンルは……90年代のJ-POP風の、テンポの良いダンスチューンにしときますね」

 ものの数分後。

 最新の生成AIが、防衛省のスーパーコンピューター(※一部のグラボはメルカリで売却済み)の処理能力を借りて、一曲のテーマソングを書き上げた。

『♪見えない誰かに 支えられて〜 今日も鉄パイプは 軋むのさ〜……』

『♪ギリギリの残高 胃薬噛み砕き〜 倒れないことだけが 僕の誇り〜……』

 司令室のスピーカーから、無駄にクオリティの高い女性ボーカルの歌声と、やたらとノリの良いデジタルサウンドが流れ出した。

「……おおっ! なんという名曲だ!」

 西園寺が感動で打ち震えている。

「予算の都合で動けない悲哀が、見事に【動かざる巨神の重厚感】へと昇華されている! 広瀬くん! これをすぐに『アースディフェンダー公式応援歌:【絶対不動のレクイエム】』として配信したまえ!」

 かくして、ただの【ブラック職場の愚痴】をAIに歌わせただけの楽曲が、防衛省公式の名の下に全世界へとリリースされたのである。

 一方その頃。

 関東某所の国道沿い。真っ赤な看板が目印の、濃厚豚骨ラーメンチェーン【山岡家】のカウンター席で、一人の男が猛烈な勢いでラーメンをすすっていた。

 ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイである。

「ズズズッ……ふぅ! やっぱこれだぜ! ガツンとくる豚骨の匂いと、表面に浮いた分厚いラード! スモッグ怪獣を吹き飛ばして消費した数万キロカロリーが、細胞の隅々まで染み渡る……!」

 彼は、ネギを大盛りにした特製味噌ラーメンにニンニクを大量に投入し、至福の表情を浮かべていた。

 過酷な日雇いバイトと怪獣退治の連続で、彼の体は常に塩分と脂を欲しているのだ。

「すいません、半ライス追加で! あと、餃子も!」

 3号が店員に追加注文をした、その時である。

 店内の有線放送(USEN)から、やたらとキャッチーなイントロの曲が流れてきた。

『♪見えない誰かに 支えられて〜 今日も鉄パイプは 軋むのさ〜……』

「……ん? なんだこの曲。なんか変な歌詞だな」

 3号はラーメンをすする手を止め、店内のスピーカーに耳を傾けた。

『♪本当は一歩も 歩けないけど〜 誰かのために 立つふりをする〜……』

『♪見返りなんて 求めないさ〜 だって手取りは 15万だから〜……』

 その歌声を聴いた瞬間。

 3号の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ち、濃厚な豚骨スープの中に波紋を作った。

(なんだこの曲……! めちゃくちゃ俺の心に刺さるじゃないか……! そうだよ、俺だって見返りなんて求めてない……! いや本当はちょっと欲しいけど、でも地球の平和のために、こっそり見えないところで支えてるんだよ……!)

 彼は、この曲が【アースディフェンダーのパイロットの悲哀】を歌ったものだとは夢にも思っていない。

 ただただ、「宇宙の末端公務員として、誰にも知られずに地球(と自分の生活)を守る俺の応援歌だ」と、完全に自分に重ね合わせて号泣していたのである。

「うっ、うぅっ……! おばちゃん! この曲、誰の歌!? スマホでダウンロードしたいんだけど!」

「あらお兄ちゃん、最近流行ってるアースディフェンダーの曲よ。ネット配信限定らしいわよ」

「アースディフェンダー……? ああ、あのハリボテの! あそこのパイロット、俺と同じくらい苦労してんだな……!」

 3号は即座に自分のスマホ(ジャンク品)を取り出し、なけなしの残高を使って、防衛省公式の楽曲を250円でダウンロード購入した。

 そして同じ日の夕方。

 防衛省の地下司令室では、氷室査察官が信じられないものを見る目でタブレットのグラフを見つめていた。

「……氷室査察官。信じられません」広瀬が震える声で報告する。「先ほど配信した【絶対不動のレクイエム】ですが……SNSで『社畜の心に響く』『歌詞がリアルすぎて泣ける』と大バズりし、音楽配信サイトの総合ランキング1位を獲得しました」

「なんだと!?」西園寺が椅子から飛び上がった。「い、印税はいくらだ!?」

「再生回数とダウンロード販売を合わせて、初日だけで【約2,000万円】の利益です。しかも、現在進行形で伸び続けています」

 その報告に、司令室は静まり返った。

 命懸けで怪獣と戦う(ふりをする)よりも、AIで愚痴を歌わせた方が儲かるという、防衛組織としての存在意義を根底から覆す事実が突きつけられたのだ。

「……素晴らしい」

 氷室が、口元を歪めて妖しく笑った。

「これで次期のパイプとガムテープの仕入れ代は盤石です。佐藤さん、すぐに第二弾のプロンプトを作成しなさい。次は【事後処理班の中村班長の死臭への嘆き】をバラード調に仕上げるのです」

「了解でーす。印税の一部、私の残業代(ガチャ代)に回してくださいよ」

 そして、コクピットの鈴木は。

 自身の魂の叫びが世間で大ヒットし、防衛省に莫大な利益をもたらしているにもかかわらず、自分の手取りが【15万円】から一円も上がっていないという現実に、ただただ虚空を見つめていた。

『……あの。印税、パイロットの俺には入らないんですか……? 曲のモデル、俺ですよね……?』

『鈴木くん、君は防衛省と契約している公務員(という建前の契約社員)だ。職務中に発生した知的財産権は、すべて国に帰属するのだよ』

「鬼かぁぁぁっ!!」

 鈴木の絶叫が、AIの美しい歌声と共に地下格納庫に虚しく響き渡る。

 一方その頃。

 ラーメンを完食し、エネルギーを完全に充填した3号は、阿佐ヶ谷の四畳半アパートへの帰り道を、イヤホンで【絶対不動のレクイエム】をリピート再生しながら、清々しい足取りで歩いていた。

「♪ギリギリの残高〜 胃薬噛み砕き〜……よし! 歌に励まされたし、明日も日雇いバイト頑張るぞ!」

 防衛省が生み出した欺瞞のAIソングは、宇宙最強の戦士のモチベーションを保つための、最高の応援歌となっていた。

 人類の防衛予算と宇宙人の精神衛生は、今日もまた、奇妙な循環によってギリギリのところで支えられているのである。

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