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第24話「巨神のダイエットと、完璧な空のコンサルタント」

 防衛省の地下司令室。昼時だというのに、室内に漂うのは出汁の匂いと、氷室査察官の冷ややかな声だけだった。

「……皆様。本日から、基地内の食堂メニューを全面的に改訂します。支給されるのは【ダイエット向きの蕎麦】と【野菜ジュース】のみです」

「な、なんだとぉっ!?」

 西園寺管理官が、手に持っていた割り箸を震わせた。

「氷室査察官! なぜカツカレーやラーメンがないのですか! 我々は日々、怪獣という国家の危機と戦っているのですよ!」

「カツカレーは眠気を誘い、業務効率を低下させます。何より食費の無駄です」氷室は冷酷にタブレットをタップした。「低カロリーで腹持ちのいい食べ物を徹底的にリサーチした結果、蕎麦と野菜ジュースが【最もコストパフォーマンスの高い燃料】であると結論づけました。健康管理ダイエットと経費削減の一石二鳥です」

 インカム越しに、コクピットの鈴木から悲鳴が上がる。

「ちょっと待ってください! 俺、昨日から蕎麦しか食べてないから、力が入らなくてウインチが回せないんですけど!」

『我慢してください鈴木さん』佐藤が雑音交じりに答える。『あ、見てください。私、スマホを【motorola edge 60 pro】に買い替えたんです。リフレッシュレートが高くて画面がヌルヌル動くから、レトロゲームの『ファイナルファンタジーII』のレベル上げが捗りますよ』

「お前は最新機種でなんでそんなレトロゲームやってんだよ! ていうか俺のカロリー不足の話を聞け!」

 鈴木が胃袋の空虚さに涙していると、司令室の扉が開き、広報官の広瀬がスタイリッシュなスーツ姿の男性を連れて入ってきた。

「西園寺管理官! アースディフェンダーの新規スポンサー獲得のため、外部から敏腕のPRコンサルタント、赤沢あかざわさんをお招きしました!」

「どうも、赤沢です」

 赤沢は自信に満ちた笑みを浮かべ、タブレットで一枚の【コンサルティング用バナー画像】を提示した。

「現在のEDプロジェクトには『透明性』が欠けています。そこで私が提案する新たなキャッチコピーは、【A Perfect Skyア・パーフェクト・スカイ】。雲一つない完璧な青空の下に立つアースディフェンダーの姿をバナーにし、投資家にクリーンなイメージをアピールするのです」

「おおっ! 『A Perfect Sky』! なんと素晴らしい響きだ!」西園寺が手を叩く。

「本日の午後、快晴の演習場でスチール撮影を行います。鈴木さん、関節のガムテープは見えないようにポージングをお願いしますね」

 一方その頃。

 空腹と疲労に苛まれる鈴木とは対照的に、束の間の休息を満喫している男がいた。

 ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイである。

「はぁ〜……極楽、極楽」

 彼は札幌出張の疲れを癒やすため、近所のスーパー銭湯【心禄こころくの湯】の広々とした露天風呂に肩まで浸かっていた。

 フリマの売上も底をつき、彼自身も「低カロリーで腹持ちのいいモヤシ炒め」ばかりの貧乏ダイエット生活を送っているが、このワンコインで入れる銭湯の時間だけは譲れなかった。

「♪ベスト尽くしても〜 明日が見えない〜……っと」

 3号は、お湯の中でglobeの『Faces Places』を気持ちよさそうにハミングしていた。90年代の日本の名曲は、なぜか宇宙人の心に深く刺さるのである。

(さて、風呂上がりはコーヒー牛乳を一気飲みして、気分爽快でアパートに帰るぞ!)

 しかし。

 彼が風呂から上がり、脱衣所で服を着て外に出た瞬間、その「気分爽快」は無残にも打ち砕かれた。

『ブォォォォォォ……ッ!』

 空を覆い尽くすほどの、真っ黒な巨大な雲。

 いや、雲ではない。上空をフワフワと漂う、全長100メートルを超えるエイのような巨大未確認生物12号(スモッグ怪獣)が、口から大量の【真っ黒な排気ガス】を撒き散らしていたのだ。

「うわっ! ゲホッ、ゴホッ! なんだこれ!?」

 3号はむせた。せっかく【心禄の湯】で洗い流した体が、一瞬にしてすすだらけになり、安物のジャージに焼肉屋のダクトのような臭いが染み付いていく。

「ふ、ふざけるなよ……! 俺の完璧な風呂上がりを、スモッグで台無しにしやがってぇぇっ!」

 同じ頃、防衛省の演習場では、コンサルタントの赤沢が頭を抱えていた。

「ダメだ! スモッグのせいで空が真っ暗だ! これでは『A Perfect Sky』のバナー撮影ができない! プロジェクトのクリーンなイメージが丸潰れだ!」

「西園寺管理官! 12号が撒き散らすスモッグで、都内の日照量がゼロになっています!」広瀬が叫ぶ。

「ええい、アースディフェンダー、出撃! なんとかしてあの黒煙を吹き飛ばせ!」

 牽引トレーラーに乗せられたアースディフェンダーが演習場に引き出されるが、コクピットの鈴木は完全にガス欠だった。

「無茶言わないでください! 蕎麦と野菜ジュースじゃ、右腕のウインチを回すカロリーすら残ってないんです! ていうか、黒煙を吹き飛ばす装備なんてこの機体にはありません!」

 絶望的なブラック労働とカロリー不足が、ついに人類の防衛線を崩壊させようとしていた、その時である。

『ドギュルルルルルッ!!』

 上空の黒煙のど真ん中に、地上から【猛烈なスピードで回転する銀色の竜巻】が突っ込んでいった。

 風呂上がりの体を汚された怒りで我を忘れた、3シルバーガイによる【超音速スピン・アタック】である。

『ギュェェェッ!?』

 スモッグ怪獣(12号)は、予想外の物理的竜巻攻撃を腹に受け、盛大に黒煙を吐き出しながら遥か彼方の海上へと吹き飛ばされていった。

 さらに、3号の超音速スピンが巻き起こした凄まじい突風が、都内を覆っていたスモッグをものの数秒で一掃してしまったのだ。

 空に、雲一つない完璧な青空が戻ってきた。

「……おおっ!」

 演習場にいた赤沢が、歓喜の声を上げた。

「見ましたか皆様! アースディフェンダーがただ立っているだけで、謎の竜巻が発生し、怪獣とスモッグを吹き飛ばしました! まさにクリーンエネルギー! 完璧な『A Perfect Sky』です! 広瀬さん、今すぐシャッターを!」

「はいっ! 最高のコンサルティングバナーが撮れました!」

 カシャカシャカシャッ!と、青空の下で直立不動(※鈴木がカロリー不足で動けないだけ)のアースディフェンダーの写真が大量に撮影されていく。

「素晴らしい成果です、赤沢さん」氷室査察官がタブレットを見ながら頷く。「これで環境配慮型のESG投資ファンドからも、莫大な資金が引き出せそうですね」

 司令室は勝利の歓喜に包まれ、佐藤は「あ、FF2の熟練度上がった」と呟きながら最新スマホの画面をタップし続けていた。

 そして。

 上空からひっそりと路地裏に着地した3号は、自分のジャージの匂いを嗅いで絶望していた。

「……最悪だ。排気ガスの匂いが染み付いて取れない。これじゃもう一回、銭湯に行かないとダメじゃんか……」

 財布の中には、もうコインロッカー代の小銭しか残っていない。

 宇宙最強の戦士は、泣く泣くアパートの冷水シャワーを浴びる決意を固めた。

『……あの。バナー撮影終わったなら、早く食堂に降ろしてください。蕎麦、もう伸びきってると思うんですけど、それでもいいから食べたいです……』

 青空の下に取り残された鈴木の哀愁漂う声が、インカムのノイズに消えていく。

 巨神のダイエットと敏腕コンサルの罠は、現場の人間と宇宙人の胃袋を、等しく容赦なく削り取っていくのであった。

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