第23話「巨神のカーナビと、回る寿司の攻防」
防衛省の地下司令室。いつものように薄暗い室内で、氷室査察官が冷ややかな声で新たな【コスト削減案】を読み上げていた。
「……というわけで、本日をもってアースディフェンダーの【軍事用・超長距離専用通信回線】の契約を解除しました。毎月の維持費だけで数千万円もかかるのは無駄の極みです」
「け、解除ぉ!?」西園寺管理官がすっ頓狂な声を上げた。「氷室査察官! それでは現場の鈴木くんや中村班長と、どうやって戦術的コミュニケーションを取るのですか!」
「ご安心を。代替システムは既に導入済みです」
氷室がタブレットを操作すると、司令室のメインモニターに、見慣れたビジネス向けチャットツールの画面がデカデカと映し出された。
「本日から、アースディフェンダーの戦術通信および部隊間の連絡は、すべてこの【Slackのワークスペース】で行います。基本無料で使えますし、チャンネルごとに怪獣の情報を整理できて非常に合理的です。ワークスペース名は【earth-defender-base】としました」
インカム(※市販のBluetoothイヤホンに変更されている)越しに、コクピットの鈴木から悲鳴が上がった。
「ちょっと待ってください! 全高50メートルの巨大ロボに乗って怪獣と対峙してる時に、スマホで文字打ってチャットしろって言うんですか!? 無理ですよ! 既読スルーしたら怒られるんですか!?」
「音声入力を使えばいいでしょう。それと鈴木さん、雑談チャンネルに『胃が痛い』と書き込むのはやめなさい。ログが流れて重要な指示を見落としますよ」
氷室の血も涙もないIT化指令により、人類の最終兵器の通信網は、そこらのベンチャー企業と同じレベルのインフラへとダウングレードされた。
さらに氷室のコストカットは止まらない。
「事後処理班の中村班長。あなたが運転する牽引トレーラーの【軍事用GPSレーダー】も、昨日ネットオークションで売却しました。代わりに、これを支給します」
「……なんですか、これ」
中村班長が手渡されたのは、薄型のタブレット端末【AvidPad S80】であった。
「そのタブレットに【Yahoo!カーナビプラス】をインストールしてあります。月額数百円で、渋滞情報もバッチリ回避できる優れものです。これからは、このカーナビの案内に従って怪獣の元へ向かってください」
「ふざけんな! 俺が運転してんのは全長数十メートルの超特大トレーラーだぞ! 一般道のカーナビで案内されたら、細い路地とかガード下に突っ込まされて詰むだろうが!」
「そこはあなたの【プロの運転技術】でなんとかしなさい」
防衛省のインフラが次々と民生品に置き換えられていく中、あの男は、ささやかな幸せを噛み締めていた。
東京都内、某大型ショッピングセンターに併設された大人気の回転寿司チェーン【トリトン】。
ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号は、カウンター席で目を輝かせていた。
(北海道に行った時は時間がなくて食べられなかったけど、都内にも店舗があったなんて! 今日の俺は、出前のバイト代が入ったからちょっとリッチだぜ!)
彼はレーンを流れてくる皿には目もくれず、備え付けのタッチパネルで【特大ボタンエビ】と【炙りサーモン】を注文した。
鼻歌交じりに、地球の90年代のヒット曲『Chase the Chance』をフンフンと口ずさむ。
(♪Chase the chance~ 信じてる道へ~……あー、寿司が来るまでのこの待ち時間、最高にワクワクするな!)
しかし、宇宙最強の戦士の平穏は、いつも唐突に破られる。
『ウィィィィン! ウィィィィン!』
突然、店内の客たちのスマホが一斉に【緊急怪獣速報】を鳴らし始めた。
「えっ!?」
3号が驚いて顔を上げると、店内のテレビモニターにニュース速報が流れていた。
『緊急事態です! 東京都郊外のバイパス道路に、巨大未確認生物11号が出現! まるで巨大なタイヤのような形状で、猛スピードで道路を転がって進行中! このままではショッピングセンターに激突します!』
「……はぁ!?」
3号は立ち上がった。
「冗談じゃない! 俺の頼んだボタンエビと炙りサーモンが、今まさに新幹線レーンで運ばれてこようとしてるんだぞ! 店が潰されたら寿司が食えないじゃないか!」
一方、防衛省の地下基地。
Slackの【#緊急・出撃チャンネル】に、佐藤から『11号出現。タイヤみたいなやつ。めっちゃ速い(スタンプ)』という軽いメッセージが投下されていた。
「アースディフェンダー、ただちに出撃せよ!」
西園寺の号令で、鈴木を乗せたハリボテが牽引車で引っ張り出される。
「中村班長! タブレットのカーナビで、最短ルートを検索しろ!」
「やってるよ! ……くそっ、Yahoo!カーナビが『この先、右折です』って言ってるけど、こんな巨大なトレーラーで片側一車線の交差点を曲がれるわけないだろ! うおおおっ、強行突破だ!」
中村班長の神がかったハンドルさばきで、トレーラーは道路標識をギリギリでかわしながら、猛スピードで転がってくる11号の迎撃ポイントへと急ぐ。
コクピットの鈴木は、必死にスマホに向かって叫んでいた。
「音声入力! 『右腕のワイヤーのテンション限界です、これ以上揺れると装甲が落ちます』! 送信!」
『……鈴木さん。音声入力が誤変換されて【右腕のワイヤーのテンション限界です、これ以上茹でると豚骨が落ちます】になってますよ。意味不明です』
「もう嫌だこの職場ぁぁっ!」
Slackでの意思疎通が完全に崩壊している間に、タイヤ怪獣(11号)は、3号のいるショッピングセンターまであと数キロの地点まで迫っていた。
(くそっ! 寿司が到着するまであと1分! それまでにアイツを止めて戻ってくる!)
3号は人間の姿のまま、店の裏口から猛ダッシュで飛び出した。
『Chase the Chance』のサビを猛烈なテンポで口ずさみながら、超音速でバイパス道路へと向かう。
現場では、ついに中村のトレーラーが11号の正面に先回りすることに成功していた。
「よし! アースディフェンダーを道路のど真ん中に停車! これで巨大なバリケードになる!」
「中村班長! 無茶です! あんな質量が時速100キロでぶつかってきたら、アースディフェンダーは木っ端微塵になります!」
高橋の悲鳴がSlackの【#整備班チャンネル】に書き込まれるが、もう遅い。
猛烈な勢いで回転しながら迫り来る11号。
コクピットの鈴木は「南無三!」と目を閉じた。
その瞬間。
アースディフェンダーの数十メートル手前の道路上に、ジャージ姿の青年が飛び出してきた。
「俺の! ボタンエビを! 邪魔するなぁぁっ!」
3号は、向かってくる巨大なタイヤ怪獣の真正面に立ち塞がると、両手を前に突き出し、渾身の力で【巨大な車止め】のごとく受け止めたのである。
『ギュルルルルルルッ!!』
凄まじいゴムの焼ける匂いと摩擦音。
3号の足元のコンクリートが削れ、猛烈な白煙が上がる。
しかし、宇宙最強の戦士の踏ん張りにより、11号の回転速度は急激に落ちていき……ついに、完全に停止して『コテッ』と横に倒れ込んだ。
「……ふぅ。危なかった。さあ、寿司だ寿司!」
3号は、煙の中から誰にも見られないように一瞬で姿を消し、再び超音速でショッピングセンターへと戻っていった。
白煙が晴れた後。
そこには、一歩も動かずに立ち尽くすアースディフェンダーと、その手前でなぜか自滅して倒れている11号の姿があった。
「な、なんだ!? 一体何が起きた!?」
西園寺が驚愕する。広瀬がすかさずタブレットを操作した。
「西園寺管理官! アースディフェンダーの【見えない重力ブレーキ】が、敵の回転を完全に殺したのです! すぐに『ED、次世代ナビゲーションシステムによる完璧なルート予測で、敵を封殺!』というニュースを流します!」
「おおっ! 素晴らしい! Yahoo!カーナビの導入が功を奏したな!」
「ええ。これで通信費とレーダー費用の削減は、大成功として財務省に報告できます」
氷室が満足げに頷く。
司令室は勝利の歓喜に包まれ、Slackの【#general】チャンネルには、佐藤から『おつかれー(クラッカーのスタンプ)』が投下された。
そして。
トリトンのカウンター席に、息を切らして戻ってきた3号。
ちょうど目の前の新幹線レーンに、頼んでいた【特大ボタンエビ】と【炙りサーモン】が到着したところだった。
「……間に合った……!」
彼は感動の涙を流しながら、ツヤツヤのボタンエビを口に運んだ。
「う、美味すぎる……! 地球の海の恵み、最高だ……! アパートの家賃払ったらまたギリギリだけど、これがあるから地球防衛はやめられないぜ!」
人類の防衛予算の削減と、宇宙人のささやかなグルメの執念。
巨大な嘘とスピンコントロールにまみれた防衛省の日常は、今日も誰かのタダ働きによって、美しく回っていくのである。




