第21話「エリート学園の野望と、見えない添え木」
五月の爽やかな風とは無縁の、防衛省の薄暗い地下司令室。
氷室査察官が、完成したばかりの分厚い【ピッチデック(投資家向けのプレゼン資料)】をテーブルに叩きつけた。
「……皆様。次なる予算獲得のスキームが完成しました。防衛省と文部科学省の予算を二重取りする、究極の錬金術です」
「おおっ! 氷室査察官、今度は一体何を?」西園寺管理官が身を乗り出す。
「教育事業です」氷室は冷たい笑みを浮かべた。「アースディフェンダーの次世代パイロットと、有能な整備士を育成するための超エリート教育機関、【日本創機学園】を設立します」
その壮大な計画名に、司令室がどよめいた。
「素晴らしい!」西園寺が手を叩く。「怪獣の脅威から地球を守る若きエリートを育成する……。これなら、国からの莫大な【私学助成金】と、富裕層からの高額な学費を根こそぎ徴収できます!」
「広瀬さん、募集用のチラシの進捗は?」
「はい!」広報官の広瀬がタブレットを掲げた。「目を引くように、デカデカと『新・サービスガイド』というタイトルでデザインしました!」
その瞬間、氷室の表情が凍りついた。
「……広瀬さん。今すぐ『新』という文字を削除しなさい。タイトルは単なる【サービスガイド】です。いいですか、『新』などとつけると、いかにも最近思いついた泥縄式の計画のように見えます。我々は【長年の構想を経て設立された、確固たる教育機関】を装うのです。絶対に【サービスガイド】で統一しなさい」
「し、失礼いたしました! すぐに修正します!」
スピンコントロールの鬼である広瀬でさえ、氷室の【書類上の完璧な体裁】に対する執念にはタジタジであった。
しかし、コクピットの中で待機していた鈴木は、インカム越しに絶望の声を上げた。
「ちょっと待ってください! エリート学園って、生徒に何を教えるんですか!? この機体、動かすと自壊する鉄パイプの寄せ集めですよ!?」
『黙りたまえ鈴木くん』西園寺が冷たく返す。『君は【特別教官】として、生徒たちに「いかにしてコクピットの中で何もせず、威厳を保ったまま胃薬を飲むか」という精神論を教えるのだ。立派なシラバス(講義計画)だろう』
「ただの拷問のチュートリアルじゃないですか!」
その日の午後。
関東郊外の演習場に、文科省の役人と、出資を検討している富裕層のスポンサーたちが視察に訪れていた。
台車に乗せられたアースディフェンダーが、初夏の陽射しを浴びて(ワイヤーで吊られながら)堂々とそびえ立っている。
「ご覧ください、出資者の皆様!」広瀬がマイクで煽る。「これから、アースディフェンダーによる【姿勢制御のデモンストレーション】をお見せします! いかなる衝撃にも揺るがない、これが我が【日本創機学園】が目指す【絶対防衛の基礎】です!」
その言葉とは裏腹に、コクピットの鈴木は、自身の【個別支援計画書】に書かれた『短期目標:視察団の前で倒れない』という悲しすぎる目標を反芻しながら、震える手でウインチのハンドルを握っていた。
……その時である。
演習場の地面が、突如としてグラグラと不気味に揺れ始めた。
『緊急事態です!』司令室の佐藤が、スマホの地震速報アプリを見て叫んだ。『演習場の地下を、巨大未確認生物9号が掘り進んでいます! モグラ型の怪獣です! この局地的な地震は、あいつが地下で暴れているせいです!』
ドズンッ! ドズンッ!
地面が激しく上下に波打つ。
ただでさえバランスの悪いアースディフェンダーの巨体が、メトロノームのように左右に大きく揺れ始めた。
「ひぃぃぃっ! 倒れるぅぅぅっ!」
鈴木が絶叫する。
「いかん! スポンサーの前で機体が倒壊したら、学園の助成金がパーになるぞ! 鈴木くん、なんとか踏ん張れ!」
「無理です! ガムテープの粘着力が地震で剥がれてきてます!」
機体の関節を覆っていたブルーシートが破れ、中の塩ビパイプが悲鳴を上げ始めた。
誰もが「終わった」と目を閉じた、その瞬間。
(……倒させない!!)
演習場の裏手、機体の巨大な足の影に隠れた死角に、ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3号が、猛スピードで滑り込んできた。
彼は昨日、クラウドソーシングのデータ入力で読んだ鈴木の【個別支援計画書(要支援:巨大ロボット)】の悲惨な内容を思い出し、涙ながらに決意していたのだ。
(鈴木のおっさんの短期目標は『倒れないこと』……! 俺が、俺がこのポンコツの【見えない添え木】になってやる!)
3号は人間の姿のまま、アースディフェンダーの巨大な足首のパーツにガシィィッ!としがみついた。
そして、彼の人間離れした超筋力と、宇宙の謎の重力制御能力を全開にして、左右に揺れる数千トンのハリボテを【完全に物理固定】したのである。
「……んぎぎぎぎっ! やっぱり地球の鉄くずは重い……! でも、俺はおっさんの自立支援を成功させるんだ……!」
コクピットの鈴木は、自身の目を疑った。
先ほどまで激しく揺れていた機体が、突然、地面に巨大な杭を打ち込んだようにピタッと静止したのだ。
地震はまだ続いているのに、アースディフェンダーだけが【一切の微動だにせず】直立不動を保っている。
「……お、おおおおっ!?」
視察に来ていたスポンサーたちが、その異様な光景を見て感嘆の声を上げた。
「なんと素晴らしい安定感だ! 大地が揺れているのに、あの巨神はミリ単位のブレすら見せない!」
「これぞ究極の姿勢制御プログラム! 日本創機学園の技術力は本物だ!」
西園寺と広瀬が、顔を見合わせてニヤリと笑った。
「見ましたか皆様! これが我々の技術の結晶です!」広瀬が即座にスピンコントロールをかける。「さあ、アースディフェンダー! 地下の怪獣に向けて、見えない【対地中ショックウェーブ】を発射!」
コクピットの鈴木は「そんな兵器ないよ!」と叫びながら、適当なボタン(ダミー)をバシバシと叩いた。
すると、足元で機体を支えていた3号が、「よし、今度は怪獣の退治だ!」とばかりに、片手で機体を支えたまま、空いたもう片方の足で、地面を親の仇のように力強くダァンッ!と踏みつけた。
『ゴガァァァァンッ!!』
3号の超パワーによる踏みつけが、凄まじい衝撃波となって地下へ伝わり、地中を掘り進んでいたモグラ怪獣(9号)の脳天を直撃。
9号は『キュゥ……』と情けない声を上げて気絶し、地震はピタリと収まった。
「おおおおおおっ!!」
「一歩も動かずに、見えない衝撃波で地中の怪獣を仕留めたぞ!」
スポンサーたちは総立ちで拍手喝采を送った。
氷室査察官のタブレットには、次々と【日本創機学園への出資確約】の通知が鳴り響いている。
「素晴らしい結果です」氷室が眼鏡を押し上げた。「これで学園の設立は確実。鈴木さんの【短期目標】も無事に達成されましたね」
デモンストレーションは完全な大勝利で幕を閉じた。
スポンサーたちが去った後、機体の足元で砂埃まみれになった3号は、誰にも見られることなく、満足げに汗を拭っていた。
(よかったな、鈴木のおっさん。これで少しは、お前の労働環境も改善されるといいな……)
宇宙最強の戦士は、無償のヘルパー業務を終え、爽やかな笑顔で夕日に向かって走り去っていった。
しかし。
『……あの。氷室査察官。今、給与明細のアプリ確認したんですけど』
コクピットの鈴木から、死にそうな声がインカムに響いた。
『学園の【特別教官】に就任したからって理由で、俺の月給、さらに【研修費】として5万円天引きされて、手取り10万円になってるんですけど……。自立支援どころか、俺の生活が自立できないんですけどぉぉっ!』
不憫な宇宙人の善意は、エリート官僚のブラックな搾取構造の前では、ただの【タダ働き】として消費されるだけであった。
日本創機学園の開校に向けて、鈴木の胃腸はさらなる荒波へと漕ぎ出していくのである。




