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第20話「巨神の個別支援計画と、生成AIの限界」

 超音速の北海道輸送から数日後。

 防衛省の地下司令室で、パイロットの鈴木は頭を抱え、目の前に置かれた分厚い書類の束と睨み合っていた。

「……氷室査察官。本当に、俺がこれを書くんですか?」

「ええ。搭乗員であるあなたが、最も機体の状態を把握している【サービス管理責任者】に該当しますからね」

 氷室が冷たい紅茶をすすりながら、無慈悲に言い放った。

 鈴木の目の前にある書類のタイトル。それは、【アースディフェンダー個別支援計画書】および【アセスメントシート】であった。

「あの、これって本来、福祉施設とかで利用者の支援目標を立てるための公的な書類ですよね? なんで全高50メートルの巨大ロボットの【自立支援】の計画を練らなきゃいけないんですか!」

「アースディフェンダーは現状、自力で立つことすらできない【完全な要支援状態】です。財務省から次期の活動予算を引き出すためには、『ただの鉄クズ』ではなく『適切な支援と訓練によって改善が見込めるプロジェクト』であると証明しなければなりません」

 氷室の恐るべき行政ハックである。

 機体を【巨大な要支援者】に見立てることで、別の名目から補助金を引っ張ってこようという算段だ。

「さあ鈴木くん、急ぎたまえ!」西園寺管理官が横から急かす。「まずは【本人の希望】の欄だ! アースディフェンダーは将来どうなりたいと思っている!?」

「ただの鉄パイプの寄せ集めに意志なんてないですよ! ええと……『ワイヤーなしで、自分の足で大地に立ちたい』……これでいいですか」

「よし! 次は【短期目標】と【長期目標】だ!」

「短期目標は『車検用の回転灯を落とさずに10分間耐える』。長期目標は『歩行時に崩壊して周囲のビルを壊さない』。……支援内容は『田中班長によるガムテープの定期的な張り替え』っと」

 人類の最終兵器の計画書とは思えない、あまりにも志の低い書類が完成していく。

 さらに氷室は、タブレットを操作しながら追撃をかけた。

「それと、紙の無駄遣いをなくすため、本日から機体の稼働記録や整備記録はすべて【Googleフォーム】で入力し、スプレッドシートで一元管理します。各自、スマホから日々の【サービス提供記録】を送信するように」

「……俺、パイロットっていうか、完全に事務職じゃないですか」

 鈴木が胃薬を水なしで飲み込んだ、その時。

 広報官の広瀬が、血走った目で司令室に駆け込んできた。

「氷室査察官! 大変です! 来週の『防衛白書』の表紙に使う、アースディフェンダーの新しい広報用バナー画像ですが……予算がゼロで、プロのカメラマンやデザイナーが雇えません!」

「広瀬さん、あなたには【生成AI】という素晴らしいツールがあるでしょう? AIの画像生成ツールを使って、適当に勇ましい画像を作ればいいのです。プロンプト(指示文)を工夫しなさい」

「それが、うまくいかないんです! 見てください!」

 広瀬がメインモニターに、自作したAI生成画像を映し出した。

「プロンプトに『アースディフェンダー、巨大ロボット、リアル、高画質、都市を守る、傑作』と入力した結果です!」

 画面に映し出されたのは、超絶スタイリッシュで重厚な装甲を持ち、背中からプラズマの翼を広げた、ハリウッド映画の主役のような【完璧すぎるスーパーロボット】の姿だった。

「……おおっ! かっこいいじゃないか!」西園寺が身を乗り出す。

「ダメです! かっこよすぎるんです! 機体にガムテープも単管パイプも見当たりませんし、関節がしっかり繋がりすぎています! これでは【誇大広告】で消費者庁から指導が入ります!」

「なら、『ガムテープ、ハリボテ、鉄パイプ』とプロンプトに追加すればいいだろう」

「やりました! その結果がこれです!」

 次に映し出された画像は、【全身をガムテープでぐるぐる巻きにされた、鉄パイプのバケモノ】が、なぜか指が7本ある手で都市を破壊しているという、完全にホラー映画のクリーチャーだった。

「ひぃぃっ! これはこれで国民が泣き叫ぶわ!」

「AIは【嘘の塊である日本の防衛兵器】という複雑な文脈を理解してくれません! リアルを追求すると嘘がバレるし、かっこよくすると詐欺になるんです!」

 スピンコントロールの鬼である広瀬が、最新テクノロジーの壁にぶち当たり、頭を抱えていた。

 一方その頃。

 阿佐ヶ谷の古いアパートの四畳半。

 ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイは、ちゃぶ台の上に置いた型落ちのノートパソコンに向かい、猛烈な勢いでタイピングをしていた。

「よしっ、今日のデータ入力のノルマ、あと少しだ……」

 北海道から10万円で謎の荷物を運んだ後、筋肉痛で外のバイトに出られなくなった彼は、クラウドソーシングサイトで見つけた【某官公庁のデジタル化に伴う、記録データ入力業務(完全在宅)】の委託作業を請け負っていたのだ。

「ええと、次の入力データは……『対象者:アースディフェンダー。本日のサービス提供記録:左腕の塩ビパイプが劣化していたため、新品の布ガムテープで補強を実施。本人は嫌がるそぶりを見せず、おとなしく支援を受けていた』……ん?」

 3号のタイピングの手が止まった。

 送られてきているGoogleフォームの入力内容。それは、先日彼が北海道から東京まで引っ張って走った、あの【ハリボテの巨大ロボット】の整備記録であった。

「……なんだこれ。あいつら、あの鉄クズのことを【要支援者】扱いして、福祉の書類みたいなの作ってんのか?」

 3号は、画面に映る【個別支援計画書】のPDFを読み進めた。

『課題:現代技術では動くはずがないが、予算確保のため頑張っているふりをしている。』

『短期目標:視察団の前で倒れない。』

『パイロット(鈴木)の所見:もう胃薬がない。帰りたい。』

「…………」

 宇宙最強の戦士の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。

「可哀想すぎる……。機体も、乗ってるおっさんも、ボロボロじゃないか……。地球の防衛って、こんなギリギリの……いや、完全にアウトな状況で回ってたのか……」

 彼は、足元でスヤスヤと眠る宇宙犬(5号)の頭を撫でながら、鼻をすすった。

「俺が……俺が時々手伝ってやらないと、あの鈴木ってパイロット、確実にストレスで死ぬな。よし、次に怪獣が出た時は、俺が裏からこっそりサポートして、あいつらの【支援目標】を達成させてやろう!」

 敵であるはずの宇宙人が、書類のペーパーワークを通じて人類側のパイロットに【深い共感と保護欲】を抱くという、前代未聞のすれ違いが発生した瞬間であった。

 数日後。

 防衛白書の表紙には、結局【アースディフェンダーの足のドアップ(実写)】という、全体像を誤魔化した無難な写真が使われた。

「……氷室査察官。クラウドソーシングに外注したデータ入力の件ですが、入力スピードと正確さが尋常ではありません。しかも備考欄に『鈴木さん、あまり無理しないでくださいね』と、謎の励ましメッセージまで添えられています」

 佐藤の報告に、鈴木はコクピットの中で「誰だか知らないけど、外注のデータ入力の人が一番俺の心に寄り添ってくれてる……」と、顔も知らない理解者(宇宙人)の優しさに涙を流すのであった。

 巨大な嘘と、細々とした事務作業。

 今日も防衛省の業務は、Googleフォームの海を漂いながら、なんとか破綻せずに続いている。

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