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第19話「北の大地の置き去りと、宇宙人の湯けむり旅情」

 五月の爽やかな風が吹き抜ける、札幌市郊外の資材工場跡地。

 青空の下、巨大な台車の上で直立不動のまま固定されているアースディフェンダーのコクピットから、鈴木の魂の抜けたような声が響いた。

「……あの、佐藤さん。ヒグマ怪獣(8号)の撃退から丸二日経ちましたけど。いつになったら、本州へ帰るフェリーの手配をしてくれるんですか」

 インカムの向こうから、佐藤がポテチをかじるサクサクという音が聞こえた。

『あー、鈴木さん。申し訳ないんですけど、氷室査察官が【帰りのフェリー代は現在の防衛予算から捻出できない】って決裁書を突き返してきたんです。「行きは『工場を守る』という大義名分があったが、帰りはただの空荷。無駄な輸送費は1円も出さない。現地で自給自足して稼いでから帰りなさい」とのことです』

「ふざけるなぁぁっ!! 俺を北海道に置き去りにする気か!!」

 鈴木が絶叫する。

 地上では、事後処理班の中村班長が、巨大なブルーシートで梱包された【ヒグマ怪獣(8号)の死骸】を前に、死んだ魚のような目でパイプ椅子に座っていた。

「……フェリー会社に『数万トンの腐りかけの怪獣を乗せたい』って言ったら、即座に電話切られたよ。当たり前だ。どうやってこの肉の山を、東京の解体業者まで運べってんだ」

 防衛省の二人のオッサンは、北の大地で完全に詰んでいた。

 一方その頃。

 彼らから数キロ離れた札幌の市街地では、ジャージ姿の青年――巨大未確認生物3シルバーガイが、地球のグルメとリラクゼーションを骨の髄まで満喫していた。

「いやー、やっぱ現地で食べる本場の味は違うな!」

 3号は、地元民で大行列ができる超人気の回転寿司店で、皿からこぼれ落ちそうなほど巨大なサーモンとボタンエビの握りを平らげ、幸せそうなため息をついた。

 腹ごなしに街を散策した後は、ロードサイドにある赤い看板が目印のラーメン店へ。ガツンとくる強烈な豚骨の匂いに包まれながら、表面に脂の膜が張った濃厚な特製味噌ラーメンをすすり、ライスをかき込む。

「ふぅ……最高。地球の防衛(ただのバイトと迷子の処理)で荒んだ心が癒されるぜ」

 そして極めつけは、郊外にある広大な天然温泉施設への訪問であった。

 露天風呂の茶褐色のお湯に肩まで浸かり、五月の心地よい夜風を浴びる。ポカポカと体の芯から和んでいくのを感じながら、3号は極楽気分で目を閉じた。

(いい星だな、地球って……。あの黒服の変な役人たちさえいなければ、完璧なリゾート地なのに……)

 風呂上がり、休憩所の畳の上でフルーツ牛乳を飲んでいると、彼のスマホ(ジャンク品)が『ピロリン』と鳴った。

 フリマアプリからの新着メッセージ通知である。

 送り主は、以前怪獣の破片を買い取ってくれたアカウント『防衛の盾(※西園寺の裏アカウント)』だった。

『シルバァ様。突然のご連絡申し訳ありません。実は、北海道から東京まで【超特大の特殊貨物】を至急運んでいただける運び屋を探しております。報酬は【10万円(交通費込み)】でお受けいただけないでしょうか?』

「……10万!?」

 3号はフルーツ牛乳を吹き出しそうになった。

 ただ荷物を運ぶだけで10万円。フリマの売上で潤ったとはいえ、宇宙犬(5号)の莫大な食費を考えると、喉から手が出るほど欲しい金額だった。

 彼は即座に『お受けします! 当方、ちょうど札幌に旅行中でして、すぐに動けます!』と返信した。

 数時間後の深夜。

 指定された郊外の工場跡地にやってきた3号は、目の前の光景を見て絶句した。

「……えーと。この、山みたいなブルーシートの塊が、荷物ですか?」

「はい。シルバァさんですね。夜分遅くにすみません」

 そこには、以前フリマで会った防衛省の黒服……ではなく、ゲッソリとやつれた作業着姿の中村班長が立っていた。西園寺から「民間業者(宇宙人)を手配したから荷物を渡せ」とだけ指示を受けていたのだ。

 3号は、ブルーシートの隙間から漂う野生の匂いで、中身が【自分が蹴り飛ばしたヒグマ怪獣】であることに気づいた。

(こいつら、俺が倒した怪獣の死体まで俺に運ばせる気か!? どんだけ図太いんだよ!)

「あ、あの。めちゃくちゃ重そうですけど……」

「大丈夫です、シルバァさんの【驚異的な筋力】なら運べると、本部の西園寺が言っておりました。……それと、大変申し上げにくいのですが」

 中村班長が、本当に申し訳なさそうに、スッと横を指差した。

 そこには、ヒグマ怪獣の梱包に、極太のワイヤーでぐるぐる巻きに連結された【巨大な台車に乗ったアースディフェンダー】の姿があった。

「あの荷物(怪獣)を運ぶ【ついで】に、このロボットの台車も一緒に東京まで引っ張っていってもらえませんか。これがないと、僕ら東京に帰れないんです」

「……は?」

 3号の頭の中で、何かがプツンと切れた。

 怪獣の死骸だけならまだしも、あの重くて無駄にデカい鉄クズのハリボテまでオマケで運べというのか。しかも報酬10万円で。

「ふ、ふざけないでください! これ、どう見ても【ついで】のサイズじゃないですよ!」

「わかっています! しかし、予算がないんです! どうか……どうかお願いします! コクピットの中のあいつも、もう限界なんです!」

 中村が土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。

 コクピットを見上げると、鈴木が窓ガラスにベチャッと顔を押し付け、涙と鼻水まみれで「たしけて……かえりたい……」と口パクしているのが見えた。

 ……同情。

 おもちゃ工場でアースディフェンダーのプラモデル(ただのパイプ)を組み立てた時に感じた、あの底辺労働者への哀れみが、3号の胸を締め付けた。

「……わかりましたよ。引っ張ればいいんでしょ、引っ張れば!」

 3号はやけくそ気味に、台車に繋がれた極太の牽引ロープを肩にかけた。人間の姿のままではあるが、その足元のアスファルトがミシミシとひび割れる。

「いきますよ! 舌噛まないように気をつけてくださいね!」

「えっ? 舌?」

 コクピットの鈴木が聞き返した瞬間。

 ドゴォォォォン!!という衝撃音と共に、3号は超音速の猛ダッシュを開始した。

「ぎゃあああああああああああっ!?」

 時速30キロが限界だったはずの台車が、新幹線を遥かに超えるスピードで北の大地を爆走し始めた。

 巨大なヒグマの肉塊と、ハリボテのロボットが、深夜の北海道を凄まじい土煙を上げて南下していく。津軽海峡に至っては、3号が「エイッ!」と気合いを入れて【海底トンネルの上を海面スレスレの大ジャンプ】で飛び越えるという、物理法則を無視した荒業で突破した。

「ぐぇぇぇぇっ……! 胃が、胃が背中に張り付くぅぅっ!」

 コクピットの中で、鈴木は完全な無重力と強烈なGの板挟みになり、三度目の気絶を迎えていた。

 数時間後。夜明けの東京。

 防衛省の地下格納庫に、ボロボロになったアースディフェンダーと、怪獣の死骸が無事に到着した。

「す、素晴らしい……! たった一晩で、しかも輸送費10万円で北海道から帰還するとは!」

 西園寺が歓喜の声を上げる。

「民間(宇宙人)の力、恐るべしですね。これで今期の予算は大幅に浮きました」

 氷室査察官も、満足げにタブレットにチェックを入れる。

 そして、防衛省の裏口。

 全ての荷物を運び終えた3号は、中村から手渡された10万円の入った茶封筒を握りしめ、膝から崩れ落ちていた。

「……あんなに、あんなに温泉でポカポカに和んでたのに……。全身バキバキで、筋肉痛で一歩も動けない……」

 至福の観光気分は完全に吹き飛び、彼に残されたのは、過酷な肉体労働の疲労と、ほんの少しの現金だけであった。

 地球の平和と予算は、今日もまた、不憫な宇宙人の善意と筋肉によってギリギリのところで支えられているのである。

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