第2話「銀色の救世主と、時速30キロの決死行」
「鈴木さん、左足のワイヤーのテンションが規定値を超えそうです。あと3度機体が右に傾いたら、バランスを崩して【ただの巨大な鉄クズ】として沿岸部の国道に散りますよ」
耳元のインカムから聞こえるナビゲーター・佐藤の声は、絶体絶命の危機を告げているというのに、まるでコンビニで弁当の温めを確認するような平坦さだった。しかも、その背後からは軽快なパズルゲームの連鎖音が響いている。
「わ、わかってる! わかってるけど、この台車のサスペンションどうなってんだよ! ちょっと段差を越えるだけで、コクピットの中は震度6強だぞ!」
数十台の大型牽引車に引かれた巨大な台車。その上に直立不動で固定されたアースディフェンダーのコクピットで、鈴木は半泣きになりながらダミーの操縦桿を握りしめていた。
現在、彼らは時速30キロという、自転車の立ち漕ぎにすら劣る絶望的なスピードで、怪獣の待つ房総半島へと向かっている最中だった。
「文句を言っても始まりませんよ。そもそも自立歩行のプログラムが一行も書かれてないんですから。あ、ガチャでSSR引きました。鈴木さん、胃薬飲みます?」
「もう3錠飲んだ! これ以上飲んだら胃に穴が開く前に薬で腹が膨れる!」
鈴木が悲鳴を上げたその時、正面のメインモニターに、上陸した巨大未確認生物2号の姿が映し出された。
全長約60メートル。二足歩行型の爬虫類に似たシルエットだが、その様子は明らかにおかしかった。
『ぶぇっくしょおおおおおい!!』
怪獣が盛大にクシャミをした瞬間、その強烈な風圧と衝撃波で、周囲のプレハブ小屋が吹き飛んだ。怪獣は涙目で鼻をヒクヒクさせながら、痒そうに巨大な腕で自身の顔を擦っている。
「……なぁ佐藤さん。あいつ、街を破壊してるっていうか」
「ええ。ドローンの生体スキャンによると、重度の【スギ花粉アレルギー】ですね。時空ゲートの不具合か何かで地球に落ちてきて、パニックになってる迷子の野生動物です」
「可哀想じゃないか! 早く山に帰してやれよ!」
「無理ですよ。国民の目には【都市部を狙う凶悪な侵略者】にしか映っていません。それに、我々にはあいつを倒す手段がありませんし」
佐藤の言う通りだった。アースディフェンダーの右腕についているガトリング砲は塩ビパイプの束だし、左腕のミサイルポッドには花火大会用の打ち上げ筒が詰まっているだけだ。
いよいよ台車が現場から数キロの位置まで接近した時、司令部の西園寺管理官から通信が入った。
「鈴木くん、よくやってくれた。これより作戦の【フェーズ2】に移行する」
「フェーズ2? 攻撃手段なんてないのに、どうするんですか!?」
「簡単だ。怪獣の目の前で、派手に火花を散らして【やられたふり】をする。そして『アースディフェンダーは勇敢に戦ったが、機体の出力不足で惜しくも敗れた。次なるアップグレード予算が必要だ』という筋書きにするのだ」
「ふざけるな! 俺ごと怪獣に踏み潰される気ですか!」
鈴木の抗議を無視し、西園寺の隣にいた広報官の広瀬がマイクを握る。
「鈴木さん、倒れ方にも美学が必要です。カメラ映りを考慮して、斜め45度の角度でゆっくりと崩れ落ちてください。悲壮感を煽るため、脱出ポッドはギリギリまで射出しないでくださいね」
「あんたたち、人間の心ってもんがないのかああああっ!!」
鈴木が絶望の咆哮を上げた、まさにその瞬間だった。
上空の雲が真っ二つに割れ、銀色に輝く【何か】が、猛スピードで怪獣2号の頭上に急降下してきた。
『ズドォォォォォン!!』
地響きと共に、巨大な土煙が舞い上がる。
モニター越しに鈴木が見たのは、怪獣の脳天に強烈なカカト落としを決め、見事に着地した人型の巨人の姿だった。
銀色の流線型のボディ。意思を感じさせる鋭い発光体。それはアースディフェンダーのようなハリボテとは違う、正真正銘の、人知を超えたオーバーテクノロジーの結晶だった。
「……なんだ、あれは?」
鈴木が呆然と呟く中、銀色の巨人は、クシャミを連発して涙目の怪獣の首根っこを掴むと、みぞおちに的確なアッパーカットを放った。
『ゴフッ』というくぐもった音と共に、怪獣2号は白目を剥いて、ゆっくりと崩れ落ちた。ものの数十秒の出来事である。
その頃。
アースディフェンダーの司令室では、予期せぬ乱入者の登場に西園寺が頭を抱えていた。
「ば、馬鹿な! なんだあの銀色の巨人は! あんな圧倒的な力を見せつけられたら、アースディフェンダーの存在意義が……予算が消し飛んでしまうぞ!!」
パニックに陥る西園寺の横で、広報官の広瀬だけは冷徹にキーボードを叩いていた。彼女の目は、すでに【次の筋書き】を見据えている。
「西園寺管理官、慌てないでください。映像のタイムラグはまだ15秒あります。佐藤さん、田中班長に指示して、アースディフェンダーの胸部LEDを最大発光させてください」
「え? は、はい」
「そして、銀色の巨人が怪獣を殴った瞬間の映像に、アースディフェンダーから発射された【極太の不可視レーザー】のエフェクトを合成します。ネットの生配信には、この合成映像を流してください」
広瀬の恐るべき指示に、司令室の空気が凍りついた。
「広瀬くん……君は、あの謎の巨人の戦果を、我々のものにするつもりか?」
「ええ。あの巨人は、アースディフェンダーのレーザーが命中して弱った怪獣のトドメを【横取り】した、卑劣なハイエナ宇宙人です。名前はそうですね……【巨大未確認生物3号】。国民の敵として、徹底的にネガティブキャンペーンを打ちます」
「……見事だ。さすが我が省が誇るスピンコントロールの鬼だ」
一方、現場で怪獣を気絶させた銀色の巨人――宇宙平和維持軍の末端公務員である彼は、周囲の惨状を見て大きなため息(地球人には聞こえない周波数)をついていた。
(あーあ……またワープゲートの事故か。このトカゲ、アレルギーで苦しんでるだけじゃん。とりあえず気絶させたけど、回収船を呼ぶと始末書の枚数が増えるんだよなぁ。……ん? なんだあの遠くに見える、台車に乗った不格好な鉄の塊は?)
巨人が不思議そうにアースディフェンダーを見つめていると、突如として上空に防衛省の広報ドローンが飛来し、大音量でスピーカーから音声が流れ始めた。
『【速報です! アースディフェンダーの秘密兵器により怪獣2号は沈黙! しかし突如として謎の宇宙人・第3号が現れ、手柄を横取りしました! なんという卑劣な侵略者でしょう!】』
「…………は?」
銀色の巨人は、自身の翻訳機から流れてきた地球語の音声に、思わず動きを止めた。
(横取り? 卑劣? ……いやいや、俺、今助けたよね? たった今、この星の危機を救ったよね!? なんで悪者になってんの!?)
抗議しようにも、彼は地球の言語を話す機能を持っていなかった。
ネット上ではすでに、広瀬の合成映像を見た国民たちによる「3号許すまじ」「アースディフェンダー最高!」という大合唱が始まっている。
こうして、地球の平和を本気で守った宇宙人は、いわれのない風評被害によって【史上最悪の敵】として歴史に名を刻まれることとなった。
「……なぁ佐藤さん。今、あの銀色のやつ、すごく悲しそうに肩を落として飛んで帰っていったように見えたんだけど」
「気のせいですよ鈴木さん。それより、怪獣が倒れたので台車をUターンさせますね。帰りは時速20キロになるそうです」
ハリボテの巨神の中で胃を抑える男と、世論の全てを敵に回した不憫な宇宙人。
そして、彼らの前に残されたのは、数万トンにも及ぶ【怪獣の腐敗していく巨大な死体】という、途方もない現実のゴミ問題であった。
【キャラクタープロフィール:佐藤】
年齢:25歳
役職:アースディフェンダー バックアップ・ナビゲーター
経歴:常にやる気のないZ世代。出撃中も通信越しにスマホゲームに興じているが、異常なまでの情報処理能力を持つ。アースディフェンダーがハリボテであることを「コスパのいい公共事業」と割り切っている。
【キャラクタープロフィール:広瀬】
年齢:29歳
役職:防衛省 広報官
経歴:機体の惨状を「苦戦しながらも善戦している」と世間に信じ込ませるスピンコントロールの天才。言葉の刃と映像編集で予算を守る、プロの情報操作担当。
【キャラクタープロフィール:巨大未確認生物3号(通称:シルバーガイ)】
年齢:不明(地球人の青年の姿に擬態)
役職:宇宙平和維持軍 極東方面担当(単身赴任)
経歴:地球の危機を察知してやってきた真のヒーロー。しかし、広報官の情報操作により「卑劣なハイエナ宇宙人」として指名手配されてしまう。現在は古いアパートで四畳半暮らし。




