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第一話「巨神の歩みは、決算期と共に」

「……あー、鈴木くん。聞こえるかね。もうすぐ財務省の視察団が地下格納庫に到着する。本日は我が室の命運を分ける、非常に重要な【実地指導】の日だ。くれぐれもボロを出さないように」

薄暗いコクピットの中で、ヘッドセットから響く西園寺管理官の冷徹な声に、鈴木は深くため息をついた。

「了解しました、西園寺管理官。しかし、このコクピットの空調、なんとかなりませんか。ダミーの計器類から出る熱で蒸し風呂状態なんですが」

「我慢したまえ。三月末の決算で予算を使い切ってしまったから、新しい冷却ファンを導入するのは来期以降だ。君のその汗も、視察団には【過酷な訓練に耐えるパイロットの熱意】として映るだろう」

20XX年。突如として地球に飛来した巨大未確認生物1号の恐怖から数年。

人類の叡智を結集し、国家の威信をかけて建造された全高50メートルの地球防衛人型汎用決戦兵器【アースディフェンダー】。

しかし、その実態は、現代の科学力では関節一つまともに動かすことすらできない、巨大な【ハリボテ】であった。

鈴木はコンソールの上に広げたままになっていた自身の雇用契約書を恨めしそうに睨みつけた。

そこには【特殊車両操作および、それに付随する業務。未経験でも安心の伴走型サポート】と書かれている。まさかその特殊車両が、ワイヤーで吊られてやっと立っているだけの巨大な鉄クズで、伴走型サポートというのが【財務省の監査官を誤魔化すための二人三脚】だとは夢にも思わなかった。

「おい鈴木! 右腕のワイヤーのテンション、少し緩めろ! 装甲の隙間から中の単管パイプが見えちまうぞ!」

外部スピーカーから、整備班長である田中の怒声が響く。

「班長、これ以上緩めたら、右腕についてるハリボテのガトリング砲が重みで落ちませんか!?」

「そこは気合で支えろ! いいか、視察団が来たら、首のメインカメラをゆっくり動かして、いかにも【今、起動テストやってます】って雰囲気を出すんだ。火花を散らす特効の準備はこっちでやっておくからな」

この国を守るはずの最前線基地は、今や巨大な映画の撮影セットと化していた。

すべては、莫大な維持費と開発費という名の【国家予算】を確保するためである。動かないロボットを動いているように見せかけ、視察団をやり過ごす。それが彼らの日常だった。

「……視察団、メインゲートを通過しました。格納庫に入ります」

オペレーターの緊張した声が響き、鈴木は姿勢を正して操縦桿(市販のゲーム機のコントローラーを黒く塗っただけの代物)を握りしめた。

格納庫の巨大な扉が開き、スーツ姿の役人たちが数名、ぞろぞろと入ってくるのがモニター越しに見えた。西園寺が愛想笑いを浮かべながら、彼らを案内している。

「ご覧ください。あれが我が国の希望、アースディフェンダーです。現在は次世代歩行プログラムの最終調整段階に入っておりまして……」

西園寺の滑らかな嘘に合わせて、鈴木は慎重にダミーの操縦桿を倒した。

ギギギギ……という、どう聞いても金属が軋む嫌な音を立てながら、アースディフェンダーの頭部がゆっくりと動く。同時に、田中班長が仕掛けた発煙筒からプシュッと白い蒸気が噴き出し、いかにも【高出力の排熱】を行っているような演出が加わった。

「ほう……これは見事な威容ですね。しかし西園寺くん、このプロジェクトには既に莫大な血税が投入されている。本当に、次の未確認生物が現れた際、実戦に耐えうるのかね?」

「ご安心ください。搭乗員の鈴木は、連日血のにじむようなシミュレーション訓練を積んでおります。いかなる事態にも……」

西園寺が自信たっぷりに言い放った、その時だった。

ビーーーーーーーーーッ!!!!!

鼓膜を劈くような、非常事態を告げる赤色灯とサイレンが格納庫内に鳴り響いた。

普段の【視察用の演出アラーム】ではない。本物のエマージェンシー・コールだ。

「な、なんだ!? 演出の予定にはないぞ!」

「西園寺管理官! 太平洋沿岸部にて巨大な熱源反応を探知! ま、間違いありません、巨大未確認生物です! 第2号が上陸します!」

オペレーターの悲鳴に、格納庫は一瞬にしてパニックに陥った。

視察団の役人たちは顔面蒼白になり、腰を抜かしそうになっている。

「ば、馬鹿な……! なぜこのタイミングで!?」

西園寺の完璧な計画が崩れ去った瞬間だった。しかし、視察団の目は、今まさに【実戦配備完了】と豪語したばかりのアースディフェンダーと西園寺に注がれている。

「西園寺くん! まさか、このまま見過ごすわけではないだろうね!? 国民の税金で作られた決戦兵器の力、今こそ見せてもらうぞ!」

「あ、いや、その……」

西園寺の顔からサァッと血の気が引くのが、モニター越しでもわかった。

しかし、エリート官僚としてのプライドと、ここで逃げれば来期の予算がゼロになるという恐怖が、彼に狂気の決断を下させた。

「……も、もちろんです! 巨大未確認生物対策室、全機出撃態勢! アースディフェンダー、ただちに現場へ急行せよ!」

「えっ!? ちょっと待ってください西園寺さん!?」

コクピットの中で、鈴木は思わず素っ頓狂な声を上げた。

「出撃ってどうやって!? これ、一歩も歩けないんですよ!? 自立すら怪しいのに!」

「細かいことは現場で考えろ鈴木! 国会と財務省の目があるんだ、ここで出撃しないわけにはいかんのだ!」

「無茶苦茶だ! 雇用契約の範囲外です!」

鈴木の悲痛な叫びを無視し、通信機から田中班長の野太い声が響く。

「鈴木、腹を括れ! 第3ハッチ解放! 大型特殊運搬トレーラー、前へ出ろ!」

ガコン、という重低音と共に、鈴木の乗るアースディフェンダーの足元が大きく揺れた。

モニターを見ると、なんと機体の足元に、数十個のタイヤがついた特大の運搬用台車が潜り込んできている。

「班長、まさか……!」

「そのまさかだ! アースディフェンダーはこれより、台車に乗ったまま、牽引車に引かれて現場へ向かう! 鈴木、お前は絶対に倒れないように、四方のワイヤーの張力調整に全神経を集中させろ! 転んだら最後、お前も機体もスクラップだ!」

「そんなの、ロボットじゃなくてただの巨大な山車だしじゃないですかあああああっ!!」

鈴木の絶叫は、出撃のサイレンにかき消された。

分厚い装甲の隙間から、ギリギリと悲鳴を上げる単管パイプ。視察団への体裁と予算を守るためだけに、人類の希望ハリボテを乗せた巨大な台車は、時速30キロという絶望的な遅さで、怪獣の待つ戦場へとゆっくりと引き出されていくのだった。

【キャラクタープロフィール:鈴木すずき

年齢:33歳

役職:地球防衛人型汎用決戦兵器アースディフェンダー 搭乗員(契約社員)

経歴:元地方ゼネコン勤務。大型特殊免許所持。「月給80万・伴走型の充実したサポート体制・社会貢献度の高い職場です」という求人広告の甘い言葉に釣られ、よく確認せずに雇用契約書にサインしてしまった悲しき地方サラリーマン。事勿れ主義だが、胃薬を常備して現場の尻拭いをする羽目になる。

【キャラクタープロフィール:田中たなか

年齢:55歳

役職:アースディフェンダー整備班長

経歴:下町の町工場出身の凄腕メカニック。通称「オヤジ」。現代技術では動かないアースディフェンダーを、「いかに動いているように見せるか」という特撮技術とワイヤーアクションに心血を注ぐ、ある意味でのプロフェッショナル。

【キャラクタープロフィール:西園寺さいおんじ

年齢:42歳

役職:防衛省 巨大未確認生物対策室 管理官

経歴:アースディフェンダープロジェクトの予算確保に命を懸けるエリート官僚。怪獣の脅威よりも、財務省の査定や国会答弁を恐れている。プロジェクトの存続と天下り先の確保のためなら、どんな隠蔽工作も辞さない策士。

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