第16話「究極の超合金と、忠実すぎるおもちゃメーカー」
防衛省の地下司令室。
テーブルの中央には、黒い高級感あふれる化粧箱が鎮座していた。その箱を囲むように、西園寺管理官をはじめとする面々が、ごくりと息を呑んで立っている。
「……氷室査察官。これは、一体」
「見ての通り、アースディフェンダーの【公式ライセンス玩具】の試作品です」
氷室が、冷たい声で事も無げに言った。
「先日、国内最大手の老舗玩具メーカー『大空玩具』から、商品化のオファーがありました。彼らは【内部フレームの完全再現】をウリにした、大人向けの超高級フィギュアシリーズを展開しています。ライセンス契約のロイヤリティとして、我が防衛省には【50億円】が前払いで振り込まれました。これで当面の機体維持費(ガムテープ代)が賄えます」
50億円という数字に西園寺の顔がパァッと明るくなったが、整備班の高橋が顔面蒼白で口を挟んだ。
「ま、待ってください! 内部フレームの完全再現!? まさか、あのメーカーにアースディフェンダーの【本当の設計図】を渡したんですか!?」
「ええ。先方の熱意に押されましてね」氷室が眼鏡を押し上げる。「『国家機密である内部構造を、特別に玩具という形で国民に公開する』という名目で、ありのままの図面を渡しました」
高橋は膝から崩れ落ちた。
老舗玩具メーカーの技術力と情熱を舐めてはいけない。彼らは、図面にあるものを【1ミリの狂いもなく】立体化する変態的なプロ集団なのだ。
「開けますよ」
氷室が化粧箱の蓋を開けた。
中から現れたのは、全高約30センチ、1/160スケールの『DX超合金・アースディフェンダー』であった。
外装の装甲パーツは見事なメタリック塗装で、一見すると非常に重厚感がありカッコいい。
「おおっ! 素晴らしい出来じゃないか!」
西園寺が喜んでフィギュアを持ち上げようとした瞬間。
ポロッ。
フィギュアの右腕の装甲が、いとも簡単に外れて落下した。
「あっ、壊れ……」
西園寺が絶句した。
外れた装甲の内側から顔を出したのは、精密なメカニック・シリンダーなどではない。
【1/160スケールで極小サイズに成形された、プラスチック製の『工事用単管パイプ』】と、それを縛り付けている【極小の『結束バンド』と『布ガムテープ(に見えるシール)』】だった。
「……す、すげえ」
通信機越しに見ていた田中班長が、感動に震える声を上げた。
『おい高橋、見ろ! 肩のジョイント部分の【塩ビパイプの継ぎ手】まで完璧に再現されてるぞ! しかもこれ、背中のブースターの横に、この前の車検でつけた【赤い回転灯】までクリアパーツで作られてやがる! 大空玩具の職人、頭おかしいんじゃねえか(褒め言葉)!?』
「嬉しくないですよ!! なんですかこの悲しすぎるリアリティは!!」
熱血ロボオタクの高橋が血の涙を流して叫ぶ。
大空玩具のエンジニアたちは、防衛省から送られてきた【単管パイプとガムテープの図面】を見て「なるほど! レーダー波を透過させるための、極限まで無駄を削ぎ落としたモジュール構造か! 日本の防衛技術、恐るべし!」と勝手に勘違いし、尋常ではない熱量で【ハリボテの内部構造】を完全再現してしまったのである。
一方その頃。
都内近郊にある、大空玩具の下請け組み立て工場。
ベルトコンベアの前に座り、ピンセットで【極小のガムテープ風シール】をフィギュアの関節にチマチマと貼る作業をしているジャージ姿の青年がいた。
「……目が、目がシパシパする……」
巨大未確認生物3号である。
彼はフリマアプリでの収入も底をつき、今度は時給1,050円の【おもちゃ工場の軽作業バイト】に来ていたのだ。
「しかし、なんだこのロボットのおもちゃ。外見は立派なのに、中身はただのパイプの寄せ集めじゃないか。接着剤の代わりにガムテープ(のシール)貼らせるし……。地球の子供はこんなポンコツで喜ぶのか?」
3号は、手元にある【アースディフェンダー】の頭部パーツを見つめながら首を傾げた。
しかし、彼はハッとして目を見開いた。
(待てよ。このロボット、どっかで見たことあるな。……あ! この前フリマの取引の時に後ろに立ってた、あの黒服たちの【社用車】だ!)
宇宙最強の戦士の脳内で、点と点が繋がった。
テレビで連日「人類の希望」「最強の防衛兵器」と報道されているアースディフェンダー。しかしその中身は、今自分が組み立てているこのおもちゃと同じ、ただの【鉄パイプとガムテープのハリボテ】なのではないか?
「……嘘だろ。あんなので、宇宙クラゲ(6号)とかアルマジロ(4号)と戦おうとしてたのか、地球人は? 正気か?」
3号の胸に、かつてないほどの【同情】が湧き上がってきた。
(あのロボットに乗ってるパイロット……絶対に泣きながら操縦してるぜ。俺が怪獣をこっそり倒してやらなかったら、確実に死んでるじゃん。……地球の防衛って、ブラックすぎるだろ)
正義の宇宙人は、敵であるはずの人類に向けて、そっと同情の涙を流した。
そんな宇宙人の哀れみを受けているとは露知らず。
防衛省の格納庫では、地獄の【おもちゃ販促ライブ配信】が始まろうとしていた。
「はい、鈴木さん! カウントダウン行きます! 3、2、1、キュー!」
広報官の広瀬の合図で、カメラの赤いランプが点灯する。
アースディフェンダーのコクピットの中で、鈴木は引きつった笑顔を浮かべながら、手元の『DX超合金』をカメラに向けた。
「み、みなさんこんにちは! パイロットの鈴木です! 今日は、この素晴らしいアースディフェンダーのフィギュアを、現場からレビューしたいと思います!」
台本通りに読み上げる鈴木。
司令室では、佐藤がスマホを見ながら「あ、同接3万人いきました。みんな『本物のコクピットだ!』って興奮してますよ」と報告する。
「このフィギュアのすごいところは、なんと言っても【機体の完全再現】です! ご覧ください、この腕を水平に上げるポーズも……」
鈴木が、フィギュアの右腕を水平に持ち上げようとした、その瞬間だった。
ポキッ。
乾いた音と共に、フィギュアの右腕の関節(極小の塩ビパイプ部分)が折れ、腕がポロリと床に落ちた。
「あっ」
鈴木の顔から血の気が引く。
司令室の西園寺も白目を剥いた。
配信のコメント欄が『えっ?』『折れた?』『超合金なのに弱すぎない?』と一斉にざわつき始める。
これはマズい。50億円のライセンス契約が、不良品騒ぎで白紙になってしまう。
絶体絶命のピンチに、またしてもスピンコントロールの鬼・広瀬が動いた。彼女はインカムで鈴木に怒鳴りつけた。
『鈴木さん! 誤魔化してください! それは壊れたんじゃありません、【パージ】です!』
「えっ!? あ、あああ! ご、ご覧ください皆様! このフィギュアはなんと、先日のファン感謝祭で見せた【被弾時の緊急パージ(装甲切り離し)ギミック】まで完全再現しているのです!」
鈴木が涙声で叫びながら、落ちた右腕を拾い上げてカメラにアピールする。
すると、コメント欄の空気が一変した。
『マジかよ! パージ機能まであるのか!』
『大空玩具のこだわりエグすぎ! 絶対買う!』
『予約ポチったわ』
「……ふう」
広瀬が額の汗を拭い、ドヤ顔で氷室を見た。氷室は無言で親指を立てた。
配信は大成功に終わり、フィギュアは予約開始10分で完売するという伝説を作った。
配信終了後。
格納庫の裏手で、事後処理班の中村班長が、フィギュアの発送用に大量のダンボール箱を組み立てていた。
「……なんで俺が、おもちゃの梱包と発送作業までやらされてんだ。俺の部署は【巨大未確認生物・事後処理班】だぞ」
「仕方ありませんよ中村さん」通りかかった高橋が慰める。「氷室査察官が『外注の物流業者を使うのはコストの無駄。お前たちの事後処理(後片付け)スキルを活かせ』って」
「俺のスキルは肉塊の解体であって、プチプチで箱を包むことじゃねえよ!」
中村の虚しい叫びが響き渡る。
そして同じ頃。
バイトのシフトを終えた3号は、工場長から【社割で安く買える不良品のフィギュア(右腕が折れているもの)】を一つもらい、アパートのちゃぶ台の上に飾っていた。
「……がんばれよ、見知らぬパイロットのおっさん。お互い、底辺だけど生き抜こうな」
宇宙の平和を守る戦士は、折れた腕をガムテープで補修された小さなハリボテロボットに向かって、静かに缶チューハイで乾杯するのであった。




