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第15話「巨神のETCと、深夜の料金所パニック」

 深夜の防衛省地下司令室。

 メインモニターには、関東郊外の高速道路上空をフワフワと漂う、巨大な半透明の物体の映像が映し出されていた。

「……全長約30メートル。クラゲのような外見ですが、完全に空中に浮遊しています。現在、高速道路のジャンクション上空に滞留しており、物流に深刻な影響が出ています。呼称は【巨大未確認生物6号】とします」

 佐藤が、片手でスマホのタワーディフェンスゲームをプレイしながら淡々と報告した。

「空飛ぶ巨大クラゲか……。毒や破壊光線は?」

「今のところ観測されていません。ただ、ぼーっと浮いてるだけです。ドローンの解析によると、光るものに集まる習性がある【宇宙の深海魚(?)】の迷子みたいですね」

 西園寺管理官が腕を組んで唸る。

 無害とはいえ、日本の大動脈である高速道路を封鎖し続けるわけにはいかない。

「よし! アースディフェンダー、出撃! 速やかに高速道路へ乗り入れ、クラゲ怪獣を威嚇・排除せよ!」

「お待ちください」

 威勢よく立ち上がった西園寺の背後から、氷室査察官の絶対零度の声が響いた。

「高速道路を利用するということですが……アースディフェンダーの【ETCカード】は発行されていませんよ。前回、国交省の指導で車両登録はしましたが、車載器の購入とセットアップ費用(約3万円)を私が稟議で却下しましたから」

「さ、3万円くらい経費で落としてくださいよ!? 全高50メートルの巨大ロボが、料金所で『一般(現金)』レーンに並ぶんですか!?」

「当然です。無駄遣いは許しません。必ず領収書をもらってくるように」

 かくして。

 事後処理班の中村班長が運転する巨大牽引車に引かれ、アースディフェンダーは深夜の高速道路のインターチェンジへと向かうことになった。

 現場では、かつてない物理的な恐怖がパイロットの鈴木を襲っていた。

「た、田中班長! 前方500メートル、歩道橋の陸橋が迫ってます! 今のアースディフェンダーの身長だと、頭が激突しますぅぅぅっ!」

 時速40キロ(※法廷速度ギリギリ)で牽引されるコクピットの中で、鈴木が悲鳴を上げた。

『慌てるな鈴木! すでに想定済みだ! 高橋、ウインチ回せ! アースディフェンダー、後傾姿勢リンボーダンスモードに移行!』

 ガコンッ!という音と共に、機体を固定していたワイヤーのバランスが変わり、アースディフェンダーの上半身が後ろに向かって大きく反り返った。

 イナバウアー、あるいは極限のリンボーダンスのような姿勢で、ギリギリのところで陸橋の下をくぐり抜ける。

「ぐぇぇぇっ! 胃液が逆流するぅぅぅ!」

『鈴木さん、我慢してください。今日のネット中継、同接10万人超えてますよ。「EDの空気抵抗を極限まで減らした巡航形態、マジでロマンの塊!」ってコメントがバズってます』

「ロマンじゃなくて物理の限界だろぉぉっ!」

 佐藤の呑気な実況と鈴木の絶叫が交差する中、牽引車はついに高速道路の料金所へと到着した。

 【一般】と書かれた緑色のレーンに、幅ギリギリで巨大なトレーラーが滑り込む。

「……えーと、牽引の大型特殊だから、特大車料金でいいんだよな」

 運転席の中村班長が、疲れ切った顔で窓を開け、通行券と千円札数枚を料金所のブースへと差し出した。

 ブースの中で深夜のワンオペ業務をこなしていた料金所スタッフが、窓を開ける。

「いらっしゃいませ。……って、ええ!?」

 制服を着たスタッフの青年――その正体は、日銭を稼ぐために深夜の料金所バイト(時給アップ)に入っていた、宇宙最強の戦士・3シルバーガイであった。

 3号は、目の前にそびえ立つ、後傾姿勢でプルプル震えているハリボテロボットを見上げて絶句した。

 (なんでこの前フリマで会った黒服のヤバい連中が、こんな深夜に巨大な粗大ゴミ運んで高速乗ろうとしてんだ!?)

「お疲れ様です。特大車で、領収書お願いします」

「あ、はい……。ええと、特大車……いや、お客様。こちらの牽引物、高さと重量が規定を完全にオーバーしてますよね? これ、【超特殊車両】扱いになるので、追加の割増料金と、道路占有の特別許可証が必要です」

 3号はマニュアル通りに(そして自分のバイトの責任問題にならないように)きっちりと指摘した。

「割増料金だと!?」

 中村のインカムを通じて、司令室の氷室査察官が反応した。

『……料金所の方。防衛省の氷室です。こちらは国家の防衛兵器ですよ。公務中の緊急車両扱いで、通行料は免除、あるいは最低料金になるはずです』

「えっ? でもサイレンも鳴ってないし、赤色灯も回ってないですよね。肩で回ってるの、工事現場用のオレンジの回転灯ですし……どう見てもただの巨大な荷物です」

 3号の痛いところを突く正論に、司令室が静まり返る。

 氷室の眉間にかすかに青筋が浮かんだ。

『……いいでしょう。割増でいくらですか』

「ええと、重量オーバーの罰金も含めて……しめて、8万5千円になります」

『は、8万!? たった数区間乗るだけで!?』

 防衛省のエリート官僚と、深夜バイトの宇宙人による、不毛極まりない料金交渉が繰り広げられていた、その時である。

『キュルルルル……』

 突如として、料金所の上空が青白い光に包まれた。

 光るものに集まる習性を持つ宇宙クラゲ(6号)が、アースディフェンダーの肩で虚しく点滅している【オレンジ色の回転灯】に引き寄せられ、料金所の真上までフワフワと降りてきたのだ。

「ひぃぃぃっ! クラゲ怪獣だ!」

「管理官! 6号が料金所に接触します!」

 司令室がパニックに陥る。

 しかし、現場で一番パニックになっていたのは、ブースの中にいる3号であった。

(うわあああっ! なんでこんな時に宇宙クラゲが!? もし料金所のゲートが壊されたら、俺の時給から天引きされるかもしれないし、最悪クビだ!!)

 生活を守るための防衛本能が、3号を突き動かした。

 彼は料金所のブースから飛び出すと、備品置き場にあった【巨大なブルーシート(落下物回収用)】を掴み出した。

「シッシッ! あっち行け! 営業妨害だぞ!」

 3号は人間の姿のまま、ブルーシートを闘牛士のようにはためかせ、上空から迫る6号の頭からバサァッ!と被せたのである。

 光を遮断された6号は『キュン?』と鳴き声を上げ、急速に大人しくなり、ブルーシートに包まれたままスルスルと地面に落下し、ただの巨大なゼリーの塊のように動かなくなった。

 ……沈黙が落ちた。

「な、なんだ今の……」

 運転席の中村が目を丸くする。

 ただの料金所のスタッフ(に見える青年)が、ブルーシート一枚で巨大未確認生物を無力化してしまったのだ。

 だが、ここでスピンコントロールの天才が動いた。

「西園寺管理官! 今です!」

 司令室の広瀬が叫んだ。

「アースディフェンダーの威圧感と、肩の【特殊誘導回転灯】によって、怪獣を安全な場所に誘導・無力化することに成功したのです! あの料金所スタッフは、EDのオーラに当てられて無意識に行動しただけです!」

「素晴らしい! すぐにネットニュースに流せ! 『アースディフェンダー、一歩も動かずに怪獣を捕獲! 完全無欠の防衛神話!』だ!」

 西園寺が歓喜の声を上げる。

 氷室査察官は、冷たくタブレットを叩きながら言った。

「見事なコストパフォーマンスです。戦闘による施設損壊ゼロ、弾薬消費ゼロ。……中村班長。怪獣も倒したことですし、料金所を通る必要はなくなりましたね。Uターンして帰りなさい。8万5千円は払わなくて結構です」

 無慈悲なUターン命令。

 巨大な牽引車は、料金所の前で器用に切り返しを行い、クラゲ怪獣の処理を一般の道路公団(とバイトの3号)に押し付けたまま、帰路についた。

「……えっ。ちょっと、お客さん! Uターン禁止ですよ! あとこのデカいゼリーみたいなの、どうするんですか! 持って帰ってくださいよ!」

 3号の悲痛な叫びが、深夜のインターチェンジにこだまする。

『……あの。帰り道もずっとリンボーダンスの姿勢のままなんですけど。俺の腹筋、もう千切れるんですけどぉぉっ!』

 コクピットの鈴木の腹筋もまた、限界を迎えていた。

 翌朝、道路公団に回収された6号は「謎の巨大な水まんじゅう」として処理され、アースディフェンダーは「国民の税金(高速料金)を節約しつつ平和を守った」として、また一つ伝説を作ったのであった。

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