第79話 社長が緊張してる
事務所に来たら、社長がスーツ姿だった。
「あっ、花咲里ちゃーん! 向こうさんからいきなり連絡が来るから焦ったよー」
「あ、もうそんな時期だったっけ。三か月に一回来るもんね」
「そうそう」
既に事務所にいた明が、きょとんとする。
リーシュさんも首を傾げた。
「何の話だろう?」
「なんでしょうね?」
「うちの共同経営者の話!」
社長の言葉に、二人の疑問はより大きくなったようだった。
そりゃそうだよねえ。
ファイヤー・アンド・ウインド合同会社。
普通に考えたら、ウインドはあたしだと思うでしょ。
だが、あたしは未成年なんだなあ。
では、ファイヤー社長とともにこの会社を運営する共同経営者とは誰か。
「私よ」
「き、きたあ!!」
今にも椅子ごとひっくり返りそうな社長なのだった。
後ろにいたのは、背が高くて猛禽類みたいな鋭い目をした女の人。
一部の隙もないスーツ姿で、全然年を感じさせない。
絶対この人は美魔女になる。
彼女こそ、何を隠そうあたしの母だ。
母はジロッとあたしを見たあと、雰囲気がふにゃっと柔らかくなって笑顔になった。
「あら~!! 本当に男の子になってる~!! えーっ、意外とイケメンじゃーん。私があと二十年若かったらほっておかないなあー。うんうん、息子ができるっていうのもいいじゃない?」
そしてくるっと社長に向き直り、
「ファイヤー氏。それじゃあ経営会議を始めましょうか。かなりマシな数字になっていると思うけれど?」
「は、はいぃ!!」
そんな感じで話が始まるのだった。
大人のお話ということで、あたしと明とリーシュさんが、社長の私室……編集室に押し込まれた。
せっかくなので、ここで明の歌ってみた動画、踊ってみた動画の話でもしよう。
「明のダンスはかなり上達してきたと思うわけよ」
「そお?」
「あ、私も見ましたよー。ダンス上手いと思います! ファンの人達は大喜びじゃないかな?」
「そうかなー」
明が照れてる。
実際、こいつは飲み込みが早いし、自分の体に合わせてアレンジする柔軟さもある。
ダンスのセンスがあるってことだ。
退魔師以外はなんでもやれるな、こいつ!
「私が動画編集とかするから、踊った絵とかバンバン送ってくださいよ。まずショートでやりましょ、ショートで」
「ひえー、リーシュさんが乗り気~!」
「いいじゃんいいじゃん。明は基本的に引っ込み思案なんだから、それくらいでちょうどいいってば」
そんな話をしつつ、最近のあたしたちの配信まとめなどをチェックし……。
「怖いくらい順調に伸びている気がする。あたしは明のオマケだろうけど」
「えーっ、オマケで五万人もいかないですよ? 花咲里さんの実力ですって」
「ん? ん?」
相変わらず明は何も分かってないなあ、こいつー。
そんなことをしていたら、経営会議が終わったようだ。
「もう入ってきていいわよ」
「ほーい」
母に呼ばれて戻ってきたら、社長が椅子にもたれて気絶しそうになっていた。
かなり絞られたな……?
いや、これはいつもよりも血色があるから、情報量のある会議でオーバーヒートしただけっぽい。
良かったね社長!
「とりあえずね、ファイヤー君との会議で決定したことだけ伝えておくわ。これから当事務所は、きら星かざりとサンダーマスク両名のファングッズ展開を推し進めていきます。私の側でも本業が落ち着いてきたから、こっちに注力できるようになったし。夫も協力してくれるからね」
「ううう、あまりにも大量の仕事が一度に来た……。頭がパンクしそうだよう」
社長がうめいている。
「大丈夫よファイヤーくん。よくここまで堪えて、流れを掴み取ってくれたわね。ちょっと娘が息子になるアクシデントはあったけど、お陰で二人とも流れが来たじゃない」
あっ、母が優しい。
この人は、自分でも会社を経営してるから、今までの社長に厳しく先輩経営者として指導したりしてたのだ。
それが柔らかくなったということは、社長はまずまず及第点を取れたのでは?
「ファイヤー・アンド・ウインド合同会社の経営が軌道に乗ったと判断し、近くうちの会社から融資の話が来るから。そういう経営方面のスタッフ増やしておきなさいよ? あと、この事務所も手狭でしょ? 少し広いところに引っ越したら? ……ということで、ここに次の事務所の候補になる物件を用意してきたからね……」
「ひえーっ」
社長が仰け反った。
もう社長のHPはゼロだー!
話が終わり、社長はいそいそ自室に戻った。
どうやらチャラウェイさんに連絡して、新しいスタッフを紹介してもらうつもりだ。
それがいいと思うなあ。
で、母はと言うと……。
「あなたが明くんね? あらー、ふっくらして可愛い。明日奈の小さい頃を思い出すわ……。あの子ったらすぐに自分を追い込んじゃうから。別に失敗したっていいのにねえ」
「あっ、どうもどうも」
明がペコペコしている。
「母さんは、妙に受け入れるのが早いよね」
「それはそうよ」
笑う母。
「私、男の子も欲しかったの。でも仕事が忙しくて、あなたを産んだら子どもどころじゃなくなっちゃった! ところが、今は中身が明日奈の明くんと、中身が明くんの明日奈がいるじゃない? 娘の他に息子ができちゃった! 嬉しいー!」
声が高くなった!
「ちなみにお父さんは、明日奈が男の子になったって聞いて、アーカイブ見てから一日寝込んだわ」
「かわいそうに……」
あたしは父に同情した。
「でも最近は『今の明日奈となら一緒にキャンプ行ったり釣りしたりできるな!?』って気付きを得たみたいよ。覚悟しておきなさい。あの人本格派だから」
「知ってる」
母は経営者、父は割と著名なエッセイスト。
それがあたしだ。
よく、ランクル使って、休日の母と一緒にキャンプに出かけていくもんね。
屋外のダンジョンが怖くないのか。
いや、対ダンジョン装備は持っていくらしいけど。
明がそそそっと近くに寄ってきて囁いた。
「……花咲里さんってお嬢様だったんだね……」
「そ、そういうものではない……! あたしは自立してアイドルとして……」
「うちから仕送りしてたでしょ」
「お母さん!?」
この人には勝てない気がする……!!
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