↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/20

18 フィーネさんは自分なりの幸せを見つけたいと言う。

 定期テストまであと五日。僕はフィーネさんに勉強を教えていた。

 アオイさんは飽きて三十分で教科書を投げ出し、中庭の散策に行ってしまった。

 あまり集中力が持続しないタイプらしい。

 談話室は僕とフィーネさんだけになり、教科書を広げながら、例題を解いていると、ふとフィーネさんが話しかけてきた。


「ジン、少し話があるのですが……」

「どうしたんです? 何かわからないところがありましたか?」


 僕は彼女を見つめ返して、優しく尋ねた。

 フィーネさんは少し躊躇いながらも、ついに言葉を口にした。


「実は私、先日招かれたチェルシー王女のお茶会で、ディオン王子から求婚されて……断ったんです」

「殿下から?」


 驚いた。王子からの求婚なんて、普通なら名誉のある話だと思う。

 それを断るなんて、かなり珍しいことだ。フィーネさんの本質が正しく評価されて求婚されたなら、喜んでいいのに。


「殿下は僕とフィーネさんが入れ替わった顛末を聞いたと、話していました。もしかしてそのときに?」


 僕が尋ねると、フィーネさんはうつむきがちに頷いた。


「ええ。告白されたとき、話したんです。あの日、私たちが事故で入れ替わったこと、迷子になった王女を助けたのはジンだから、助けたことを理由に求婚されたなら、お受けするのは違うでしょう。あのときのことで評価されるべきは私でなくジンです。それに、私には王子の隣を歩く未来が想像できませんでした」


 僕はしばらく黙ってフィーネさんを見つめた。

 チェルシー王女を助けたとき、フィーネさんの姿をしていたのは僕。でも傍から見ればあれはフィーネさんだ。真相を言わなければそのまま婚約者になれたはず。

 そこで全てを話して「助けたのは私ではないから」と断ってしまうところがフィーネさんらしいと言えばらしい。


 フィーネさんは静かに答えた。


「お父様とお母様に話せば、名誉なことだと喜んで、即日話をお受けするのでしょうね。でも、私の幸せは王妃になることではないと思ったんです。貴族としては間違った選択かもしれませんが」


 僕はその言葉を聞いて、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

 フィーネさんらしい考えだ。


「なら、フィーネさんの幸せって、なんですか?」


 僕はつい、気になって聞いてみた。

 フィーネさんは口元に手を当てて考え込み、そしてぽつりと言った。


「わからないです。でも、ジンが孤児院の子どもたちの面倒を見ている姿を見ていたら、家族が一人も欠けずに揃っていて、豪華な屋敷、温かいお布団で寝て暮らすということだけが、本当に人の幸せなのかしら、と思いました。貴方たちは、多くを持たなくても手を取り合って精いっぱい生きている。貴方はあの暮らしを不幸だとは、一度も言わなかったでしょう?」


 孤児院の暮らしに戸惑いを見せていた初日を思えば、こんな言葉がフィーネさんの口から出てくるのは以外だ。


「僕は、物心つく前に両親をうしないました。僕にとっては院長先生や、孤児院のみんなが家族なんです。あの子たちが笑って暮らせるように、いい仕事についてお金を入れて、支えていくのが僕の目標です」

「……だから、貴方は奨学生としてここに来たのですね。王宮や官僚などの職につくためには、上級学校の卒業は不可欠ですものね。自分のために生きることも選べるのに、なぜ?」

「家族を大切にするのは、みんなのためであり僕のためです。家族が幸せでいてくれるのが、何より幸せだから」


 フィーネさんが僕を見て、目を細める。


「ほら。お金があることだけが幸せなのではないと、貴方が身を持って証明してくれているでしょう? 私もそういう幸せを共有できる相手を見つけたいです」

「フィーネさん…」


 僕は思わずその名を呼んだ。彼女は少し照れたように視線を逸らして、答えた。


「ごめんなさい、変なことを言ってしまいました」

「いや、よく分かります。……僕も、自分が幸せだと思える道を生きていこうと思います」


 その言葉にフィーネさんはほっとしたように微笑んだ。

 しばらくの間、言葉を交わさず教科書をめくる音とペンの音だけが部屋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
フィーネさんは豪華な食事やお屋敷などがなくても、「幸せ」というものがある孤児院の生活を経験して、その「幸せ」にすごく価値を見出したんだと思います。 そしてその「幸せ」を共有できる人は……そう!ジンくん…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。