16 "王女を助けた私"を見初めた王子に求婚されました。
お茶会の当日、私は王宮の美しい庭園に招かれました。
用意された席に座ると、目の前にはディオン王子と、その隣にちょこんと座るチェルシー王女の姿がありました。噴水の涼やかな音が、静かな空気に溶け込んでいました。
テーブルに並ぶのはローズティーと、様々なフレーバーのショートブレッド。
本当に、私の好みに合わせたお茶菓子です。
「フィーネおねーたま!」
チェルシー王女は満面の笑みです。
慌てた侍女がそっと支えていましたが、それほど私を喜んでくださるなんて、自然と笑みがこぼれてしまいます。
「私もまたお会いできて嬉しいです」
私の言葉に、チェルシー王女はさらに嬉しそうに笑いました。
「……やはり、チェリーがここまで懐くのは君だけだな」
ディオン王子とチェルシー王女と三人でお茶を飲み、庭園に咲く花を眺めて、はしゃぎ疲れたチェルシー王女は途中で眠ってしまいました。
侍女が王女を抱き上げて、「姫はお疲れのようなので、お先に失礼しますね」と一礼して庭園を離れました。
残ったのは私とディオン王子の二人。
ディオン王子が、真剣な眼差しで私を見つめていました。
「エンデバー。改めて礼を言わせてくれ。チェルシーを助け、支えてくれたことに、心から感謝している」
「私は、当然のことをしたまでです」
「謙遜しなくていい。……提案なのだが、もしよければ、わたしと正式に婚約しないか? そしてチェリーの姉になってほしい」
――婚約。
その言葉を聞いた瞬間、私の胸が大きく波打ちました。
王子との婚約。それは次代の王妃になるということです。
貴族として大変な名誉のはずです。
けれど、この求婚を受けるわけにはいきません。
「……私は王妃としてふさわしい人間ではありません」
静かに首を横に振ると、ディオン王子は少し驚いたご様子でした。
「どうしてだ?」
――ここで嘘をつくのは、違います。
誤魔化してこの場をやり過ごすことはできるでしょう。でも、それでは私の心が収まりません。
「ディオン王子、私にはお話ししなければならないことがございます」
覚悟を決め、私はすべてを打ち明けました。
あの日、階段から落ちた際にジンと私の心が入れ替わってしまったこと。
数日後に元に戻れたこと。
そして――チェルシー王女を助けたのは私ではなく、ジンだったこと。
「……何だって? 人の心が入れ替わる、そんなことが起こり得るのか?」
ディオン王子の目がわずかに見開かれました。
「王女が泣いていらしたとき、そばに寄り添い、お話を聞いて差し上げたのはジンです。私は親族に小さな子がいませんから、接する機会がほとんどございません。でもジンは違います。彼は孤児院育ちで、毎日王女と同じくらいの年頃の子どもたちの世話をしております」
私の言葉に、王子の表情がわずかに引き締まりました。
「……だから、チェリーにあれほど優しく寄り添えたのか」
「はい。私ではチェルシー王女と同じ目線でお話をすることはできなかったでしょう。……あの日、王女を助けたのはジンなのです」
ディオン王子は沈黙したまま、しばらく思案するように目を伏せておられました。
私は静かに待ちます。
下手な言い訳をするつもりはありませんし、必要以上に自分を良く見せるつもりもありません。
私が王女を救ったことにして婚約を受けるのは違います。
ただ、事実を伝えたかった。それだけです。
やがて、ディオン王子はふっと小さく笑われました。
「君は本当に正直な人だな。もし君が黙っていれば、わたしは気づかずに婚約を進めただろう」
「曲がったことは私の信念に反します」
そう答えると、ディオン王子はますます満足そうに笑われました。
「……余計に惹かれるな」
「えっ?」
「君の誠実さに、改めて惚れ直したよ」
真正面からそんなことを言われて、私は思わず固まってしまいました。
「ですが……」
「もちろん、この婚約の話はなかったことにしよう。ただ、チェリーが君を気に入っているのも事実だ。これからも友人として、チェリーと仲良くしてやってくれ」
私は小さく頷きます。
「打ち明けてくれてありがとう。ジンには、後で直接礼を言うとしよう」
「そうしてください。王女を助けたのはジンですから」
ディオン王子は静かに笑います。
正直に打ち明けることができてよかった。




