15 ジンと親しくなりたいと思うのはなぜでしょう。
夜になり、お風呂を済ませた私は、メイドに髪を梳いてもらっていた。
バラの香油で髪をケアして、温かくて心地よい時間。
でも、今日のことを思い出すと心の中は落ち着かない。
「ねぇニナ。クラスメートと親しくなるには、どうしたらいいかしら?」
何気なく尋ねると、髪を整えていたメイド、ニナの手が少し止まる。
「そうですね……。わたしなら、好きなものの話をします」
「好きなもの?」
「はい。好きな食べ物、好きな本、好きな場所……。お互いの好きなことを知るうちに、自然と距離が縮まるものです。わたしが夫と親しくなったのは、そういう何気ないやり取りからでした」
「そんな単純なことで、距離が縮まるの? 聞いたら、答えてくれるかしら」
ジンのことを知りたい。何が好きで、何が嫌いで、どんな夢を持っているのか。
彼のことを知りたくてたまらない。
でも、どうして?
ふと、ニナが鏡越しに微笑みます。
「お嬢様は、クラスに親密になりたいお相手がいるのですか? もう十八歳ですものね。いつ婚約が決まってもおかしくありません」
「そ、そんなわけないです。彼はそう、ええと、ただの学友!」
慌てて否定すると、ニナはくすっと微笑むだけで、深くは追及してきません。
私より十年上で、私が幼い頃からこの屋敷にいるから、姉のような存在。
私自身が気づいていないようなことまで何もかも見透かされているような気がしてきます。
私はただ、学友として知りたいだけ。そう、ただの学友なのに——。
翌日、学園の廊下でジンを見かけました。
アオイさんと話しているようです。
なぜでしょう。咄嗟に隠れてしまいました。
ジンはこれまでクラスメートと距離を取っていたのに、でも、アオイさんとは楽しそうに会話しています。
なんだかモヤモヤ、胸の奥がざわつきます。
どうして?
一人教室に向かっていると、ディオン王子がこちらへ歩いてきました。
「エンデバー」
ディオン王子に名前を呼ばれて、私は顔を上げます。チェルシー王女の件以降、日に何度も話しかけてくれますね。王子の方から誰かに話しかけるのはあまりないことです。
「なんでしょうか?」
「約束したチェリーのお茶会のことなんだ。エンデバーの好きなお茶や茶菓子を用意したいと思うのだが、好きなものを教えてもらってもいいかい?」
「えっ……?」
予想外の問いに、驚いてしまいました。
それは単なる社交辞令ではなく、本気で私の好みを知ろうとしているんでしょうか。
——好きなものを聞くのは、相手を知りたいという気持ちの表れ。
そのとき、屋敷でのニナとの会話を思い出しました。
ディオン王子は、私のことを知りたいと思っているの? 親密になりたいと。
「エンデバー?」
ディオン王子の声にハッとして、慌てて言葉を探します。
「そ、そうですね……ローズティーが好きです。甘酸っぱくて疲れが取れるし、お茶菓子なら、甘さ控えめのショートブレッドが好きです。ローズティーと相性が良くて」
「ローズティーにショートブレッド……なるほど。では、用意させよう」
ディオン王子は満足そうに微笑みます。
「お茶会のドレスコードは特にないが、もし好きな装いがあれば教えてほしい。君の好きな色を基調にして、会場を準備したいと思う」
そこまで?
ここまで丁寧に好みを聞かれると、さすがにそうだとしか思えません。
「花を愛でられるような、素朴な雰囲気が好きです」
なんだか落ち着かない気持ちのまま、私はぎこちなく頷きました。
「では、当日はエンデバーの屋敷まで迎えの馬車を出そう。楽しみにしているよ」
ディオン王子は優雅に微笑むと、教室に入っていきます。
その背中をぼんやりと見送りました。
「フィーネさん、ディオン様とお茶会なんてすごいね! ゲームなら絶対、スチルがあるシーンだよ! 王子様お姫様と庭園で優雅なお茶会! ディオン様にはまだ婚約者がいないから、もしかしたらもしかするかもしれないよー!」
いつの間にかアオイさんが近くに来ていました。
私はディオン王子から、婚約者候補として見られているのかしら。
胸の中は、喜びよりも 気まずさでいっぱいです。
チェルシー王女を助けたのは私でなく、私の姿をしたジンですもの。
今までなら、婚約できるかもしれないことを嬉しいと感じたかもしれないのに。
今はただ、心のどこかで 「違う」 と感じています。
なぜでしょう。お茶に誘ってくれるのがジンならいいのに、なんて考えてしまいました。




