13 私は入れ替わり以前の私と少し違うようです。
週明けの学園では、予想外のことが起きました。
可愛げがない女で定評のある元の私に戻ったのですし、「聖母だ」なんて夢を見ていた男子生徒たちは夢からさめていると思っていました。
なのに、あさイチでディオン王子が私のところに封蝋のされた手紙を持ってきたのです。
つたない文字で「フィーネおねえちゃまへ」と書かれています。
「あの、殿下。これは?」
「チェリーが、エンデバーとお茶会をしたいと言って聞かなくてね。招待状だ。都合がいいなら参加してやってほしい」
「そうなのですね」
日付は次の週末の午前中になっています。……王女に優しくしたのはジンであって私ではありません。素の私では泣かせてしまうと思います。お姉様夫婦のところにはまだ子どもがいないですし、親類に幼い子がいないので接触した経験は限りなくゼロ。子どもが得意ではないです。
以前の私ならお呼ばれしなかったでしょうし、もし呼ばれても「予定があります」と言って即お断りしていたでしょう。
でも、「遊んでー!」と無邪気に寄ってきた孤児院の子どもたちを思い出してしまいます。
打算や策略、そういう汚いものがない純粋な気持ちがこの手紙に詰まっています。
そう考える自分の変化に、私自身戸惑います。
私は階段から落ちた日の私とどこも違わないはずなのに、おかしな話です。
「喜んで参加します。姫にもそうお伝え願えますか」
「そ、そうか。ありがとう。助かるよ」
ディオン王子はまるでデートの誘いにオーケーをもらったかのように、頬を上気させています。ディオン王子の後ろにいたレオンハルトが何やら慌てた様子。
「あ、ずるいぞ殿下! 俺も誘いたかったのに」
「もうチェリーの先約が入ったから諦めるんだな」
レオンハルトは私に「可愛げない、口うるさい、嫁にしたくない女ナンバーワン」とのたまっていたことを忘れているのでしょうか。
あなたの誘いには絶対乗りませんからね。
「おはよう、フィーネさん! 良い天気ねー!」
アオイさんがスキップしながら教室に入ってきました。さっと私の隣の席に陣取ります。
「ごきげんよう、アオイさん。なんだか楽しそうですね」
「ええ。そりゃーもう! この学園の生徒になれただけで、ウルトラハッピー! 校舎を一時間眺めていても飽きないの。はー、今日も推しが尊い」
前世ではゲームというものでこの世界をふかんして見ていたそうで、本来なら触れることも叶わない世界の住人になれたことが嬉しいのだと、一昨日素性を明かしてくれたとき話していました。
「前は入院しがちで学校あまり通えなくてね、友達と推しの話とかコイバナとかありきたりなことするのに憧れてたんだ。だから今後悔しないように生きたいし、目の前にあるものを共有して楽しみたいの」
「そう、なんですね」
ベッドから離れられず、ずっと憧れている絵本の中に飛び込めたらアオイさんのような気持ちになるんでしょうか。
「二週間後には定期試験ですから、楽しんでばかりもいられませんよ。奨学生ではないから、六位以下でも退学にはなりませんが、あまり低いと補講になります」
「あーー……テストかぁ。うーん。生まれ変わっても勉強しなきゃなんて大変だぁ。でも成績が悪いとお父様が心配するし、お家の仕事を継ぐのは義務だものね」
一気に元気がなくなるアオイさん。わかりやすい方ですね。
サイオンジ家は異国の商品を取り寄せて国内で販売する輸入商です。アオイさんは商家の跡取り娘。なんにでもぶつかっていくこの社交性なら、お家も安泰でしょう。
「あ、わからないところはジンくんに教えてもらえばいいんだ! 常に学年五位以内でしょ?」
話をしていると、ちょうどジンが教室に入ってくるところでした。
「あ、来た来た。おーいジンくーん! テスト勉強教えてー!」
「ちょっと、アオイさんっ!? いきなり頼んだら迷惑になるでしょう?」
ジンはアオイさんの呼びかけに応えて私たちのところに来ます。
ああどうしましょう。顔を見ていると抱きしめられてキスしたことを思いだしてしまいます。
お互いのために忘れましょうと言ったのは私なのに。
「おはよう、フィーネさん、アオイさん」
「おはようジンくん。勉強教えて!」
「教えてって、どの教科を?」
「全部! ほらわたし転入したてだから、入学より前に授業てやったところは知らないんだ」
「教えるのが僕でいいのかな。プロである先生の方が良くないかな」
「ジンくんのほうが気楽に聞けるもん。ね、フィーネさんも一緒に教えてもらおうよ!」
「で、でも」
アオイさんは私の気持ちを知ってか知らずか、袖を引いてきます。
ジンと目が合って、どうしようもなく胸が締め付けられます。
家庭教師に範囲の復習をお願いすればジンの手を煩わせずにすみます。家では子どもたちの世話で忙しいでしょうし、貴重な時間を奪ってしまうのは……。
「僕に教えられる範囲でなら。そのかわり、僕に敬語や貴族社会のマナーを教えてもらえないかな。ここの学園はほとんどの生徒が貴族だから、そういう社交マナーは「知っていて当然」で授業にないだろう?」
「……それでは、取引成立ですね」
ジンにとってもメリットがあるなら。自分に言い聞かせて、休憩時間はジンと勉強することになりました。




