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尖った乙女たちが鐘を鳴らす  作者: 柏栖零inHakusuya
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第二音楽室のアーチスト

 朝は五時に起床ということだったので、松山真沙美(まつやままさみ)は四時五十分にベッドから飛び降りた。

 すでに同室者で一年先輩の三年徳澤那由他(とくざわなゆた)は制服姿になって鏡台の前で長い髪をおさげに結っているところで、真沙美の顔を横目で見て「おはよう」と呟くように言った。

 慌てて真沙美は「おはようございます」と返して、支給されていた厨房用の作業着に着替えた。今朝は給食当番に当たっていたからで、班で揃って五時十分に厨房へ集合だった。部屋を出るのは二人一緒になる。

 那由他は眼鏡を掛けたおさげ髪の制服姿で、昨日の大人びた雑誌モデルのイメージから十七歳の年相応の美少女に変身していた。「これが本当の私ですわ」と、真沙美の驚きを読み取ったのか、言葉遣いもすっかり変えて真沙美に笑って見せた。

 那由他は生徒会の早朝会議に出向くとのことで、颯爽としてロビーに通じる方の下りのエレベーターに姿を消した。

 真沙美は少し落ち着き、厨房のある十二階へと上りエレベーターに乗り込んだ。同じ目的の生徒達が同乗している。給食当番は各学年ひと班ずつ、中高六学年で六班が担当することになっている。そして一週間ごとに交替で、今日が今週の初日にあたっていた。

 寮生活が初めての真沙美は、早朝から厨房で朝食の用意を手伝うのを体験して、この本校がただのお嬢様を養成するだけの学園ではなく、いわゆる三Kと言われる仕事を通じてすべての人を敬う人格を形成することも目標としているのを思い出したが、生徒達はただこなしているといった印象で、何の意味をなすのか疑問に感ぜざるを得なかった。

 ここの生徒達は卒業したらおそらく汚い仕事や単純な作業はしないだろう。やろうと思えばできるが決してやろうとしない人種というのは、どこかエリートの驕りがあるような気がする。

 聖麗の会の敬虔な信者達はみなこの聖麗女学館の生徒や卒業生を敬い慕っている。それを当然のように思う人種を育成していくのは、神のもとにすべての人が平等であると謳った教義に反するのではないか。真沙美の中に以前から存在していた冷めた心がさらに拡大し氷結していった。

「どうしたの、朝早くから食事の用意なんて辛いと感じた?」

 同じ班の加藤亜樹(かとうあき)が声を掛けてきた。じっと考え込んでいるように見られたのだろうか。

「これも慣れたら楽しいもんよ」と、ステイシーがプチトマトを一つ丸ごと口に抛り込んでいた。

「ステイシー! またつまみ食いして。ばれたら叱られるわよ」

「ひとつや二つ獲ったってわからへんよ。それよりカロリーつけな動かれへんわ」

 空腹での肉体労働はさすがに体に堪える。横ではロカがバナナを剥いて朱美に勧めていた。下級生達は黙々と動いているのに、この班の惚けた味は変わらない。

 唯一の上級生になる三年生の班は地味な顔ぶれが多いB組の班だったためか、特にこの行為にお咎めはなかった。それにしても、一人足りない。

「亜由子はまた寝坊ね」と、ロカが含み笑いした。「さて、さっさと並べて先に戴くわよ」

 朝食は全員が揃って摂るわけではなかった。この朝の時間帯はそれぞれ当番の作業をこなしながら適宜朝食を摂り、自分の準備を行い、部活によっては朝の活動を行うことになっていた。勿論朝の礼拝が十五分ほどクラスごとに行われるからそれにも参加しなければならない。かなり忙しい毎日のスケジュールだった。

 亜樹とステイシーがいろいろ声を掛けてくれるので真沙美は転入したてではあったが少しは助けられた。生来、知らないグループに一人入り込んですぐ慣れるというタイプではないので、この班のメンバーが気のおけない連中ばかりなのは大いに助かる。彼女たちがずっと本校に在籍していた生え抜きの生徒でないのが真沙美には好都合だった。これが徳澤那由他など生え抜きの優等生ばかりに周囲を囲まれたら息がつまる思いだったろう。

 二年B組六班は、朝食の用意を済ますと、とっとと自分の分を用意して適当なテーブルについた。その頃にようやく亜由子が、社長出勤のような形で登場し、みなの顰蹙を買いながらも「ごめん、ごめん」と朝からテンションの高い、謝辞だか奇声だか分からない調子で、たっぷりと朝食を用意して席についた。

「今日は六時礼拝だからね、さっさと食べるわよ、いただきます」

 ロカが仕切るように宣言して六班の六人は朝食を貪った。あと十分くらいしかない。

「いつも、うちらは虐げられるような仕打ちを受けとるね」と、ステイシーは、それでも余裕の表情で呟いた。「無理なスケジュールばっかりや」

「私達はここではゴミなの、がまんして」とロカ。テレビで見るアイドルの表情とは異なり、社会を斜に構えて冷めた視線をおくるアウトローの雰囲気だ。

「ええ! ひどい。ゴミなの?」

 亜由子が目を白黒させているので、横からステイシーが一言、「いいから、はよ食べ!」

 食べるのが遅い真沙美は、ひたすら皆のペースに追いつこうと、言葉も出さずに一気に完食した。

 尻を叩かれるようにして食事を終えると、すぐさま部屋へ戻って制服に着替え、今度は教会へ行く。礼拝はクラスごとで、二年B組はすでに殆どの生徒が教会前に集まって、前のクラスが終わるのを待っていた。

「大丈夫? 朱美」と、ロカが、息が上がってぜいぜいしている朱美に声を掛けていた。朱美は本当に色白で、貧血もありそうだ。綺麗な子なのに病弱とは可哀相と真沙美は感じた。ロカのフォローがないとこの本校ではやっていけないのではなかろうか。

 それにひきかえ大物なのは亜由子だった。今もなにやら頬張った顔をしており、手には剥いていないバナナが握られている。なぜこの上品な本校に、亜由子のような生徒がいるのか、真沙美は不思議でならなかった。

 朝の礼拝は型どおり行われ、八時までは部活などそれぞれの自由時間となる。加藤亜樹は美術部の中の写真部に属しているらしく、美術室へ向かい、亜由子は宿題(何のことだか皆わからなかった)をするために部屋へ戻り、真沙美は、ロカと朱美、ステイシーらに引っ張られるような形で第二音楽室へ向かった。

 そこは校舎の奥にある一室で、ロカがカードをかざすと問題なく扉のロックが外れて開扉した。防音壁で囲まれたありふれた音楽室で、グランドピアノが静かに待ち受けているようだった。

 ステイシーによると音楽室は二つあり、一つは音楽部の中の交響楽団が使用しており、この第二音楽室は、ポップス系同好会が使用しているらしい。

「ほんとは軽音楽部をつくりたかったらしいけど、認められなかったんよ。だから音楽部の中のポップス同好会ということになっているわけ」

 芸術系に力を入れている聖麗女学館は美術部、音楽部に多くの生徒が所属していたが、美術部は絵画、音楽部はクラシックが主流で、写真やイラストなどのアートや軽音楽は単独の部として認められず、部の中のグループという扱いだった。

「電気を使う楽器はエレクトーンくらいしかないのよね。だからこの第二音楽室でピアノを使っている」

 朱美が鞄から楽譜の束を取り出し、ピアノの上に置く。ロカがその一部に目を通し始め、ステイシーが横で朱美が弾くのをじっと見つめた。

 線の細い朱美がじつに豪快にピアノを叩き始める。導入部の勢いに圧倒された次の瞬間、滑らかな心地よいメロディに変化する。ロカが突然曲にあわせて歌い始めた。

「これって、FIANAの曲なの?」と、真沙美は思わずステイシーにそっと訊ねた。

「そや、わかる? 今度の新曲。ここで作っては練習してはるんよ、この人やっぱり努力家やからね」

 眼鏡を掛けた三つ網の制服姿の美少女が腹からしっかり声を出して歌う様子は、生の迫力が伝わってくるとともに、やがてROCAロカの姿に見えてきた。

(やっぱり本物なんだ)と、真沙美は、本校でのロカの姿を見ていて一時テレビで見る印象とあまりに異なるのでかなりの違和感を覚えていたのだったが、このピアノ伴奏でのソロでのシャウトに圧倒され、さすが本物のボーカルは違うのだと感じた。

 だが歌はときどき中断した。ピアノの朱美と何やら検討を始める。

「シビアなこと言うわね。そのサビの高音を早口のように続けるには、手前でブレスを溜める必要があるの。でないと無理」

「そうか。バックハーモニーで誤魔化すのも何だしね」と、朱美が考え込む。

 こうしたやりとりから朱美の役割は単なる伴奏弾きでないことが分かる。それは、朱美がピアノを離れて近くの机に向かって坐り込んだことではっきりした。

「朱美が曲をアレンジしているの?」と、真沙美はステイシーにこっそり訊いた。

「うん、最近のFIANAの曲は殆ど朱美が作っているしね」

「え、本当? 作詞作曲は絵馬(えま)ユウキじゃないの。それとも朱美がゴーストライターってこと?」

「ちゃう、ちゃう。朱美が絵馬ユウキ本人や」

 ステイシーの言葉に真沙美は呆気にとられた。絵馬ユウキというのは、この一年ほど多くのアーチストに曲を提供している謎のライターで、その曲は出せば必ず当たると言われるほどミリオンヒットするのだった。しかし絵馬ユウキはテレビなどに決して出てこず、その正体が不明なためいろいろな憶測がとんでいた。最も広く支持されている意見は、絵馬ユウキが所属するプロダクションの社長で、かつての人気ロックバンドのリーダー八波龍介が絵馬ユウキではないかというものだった。八波が作る曲の調子が絵馬ユウキに似ているというのが一つの根拠となっているわけだったが、八波が編曲するから似てくるのだと言う反対意見もある。いずれにせよ大変なライターであることは間違いなかった。

 絵馬ユウキの曲は、若者が共感できる詩に、低音から高音にいたる目まぐるしいメロディの変化が特徴的で、ポップスが主流ではあるが、ロックからバラードまで次から次へと何でも登場するために所属事務所のいろいろな歌手が曲を出していた。中には一つの曲を五組のアーチストがカバーする場合もあり、それぞれがそのアーチスト向けにアレンジされていて、ファンはすべてを聞き比べて堪能するという状況になっている。

「また、社長にいじられそうね」と、朱美は溜め息をついた。

 ステイシーの解説によると、絵馬ユウキの曲が歌う側にとってあまりに難しいので、社長である八波龍介がいろいろ手を加えて、それぞれの歌い手に合うようアレンジするらしい。中にはオリジナルからあまりにかけ離れる場合もあって、朱美が泣いて愚痴をいうこともあるという。すでに百曲近くも粗作したものがあるらしいが、まともにそのまま完成曲となったものはないという。

「だから絵馬ユウキは八波龍介だなんて噂がたつんよ」と、ステイシーは言った。

 今ロカが挑戦している曲も、低音と高音の差が大きすぎて、はじめの低音を出せるところから始めるとサビの高音が出なくなるらしい。このようなことは常時あることで、アレンジで修正できずそのまま曲にしてしまう場合は高低二つのボーカルに分担させるという。

「どれどれ、そろそろ私の出番かな」と、ステイシーが二人の間に入った。「まあ、とにかくロカはやれるだけ練習してみたら?」

 ステイシーがピアノの前に坐る。朱美は楽譜に向かって考え込んだ。突然ステイシーが先ほどの曲を弾き始め、ロカが歌を合わせる。あとで聞いた話では、ステイシーは子供の頃ピアノをかなりやらされていて一時はコンクールに出たりしたこともあったらしい。しかも一度聴いた曲は直ぐに覚え、そのまま再現できると言う能力を持っているため、今回のように朱美が考え込むと、ステイシーがピアノ伴奏を代わって行うのだという。

 聖麗女学館大宮校で地味に高校生活を送っていた真沙美には、棲む世界の違う人間の生き方を垣間見たような気がした。少なくとも教会のために勉強するという人種ではない。まさに自分のために生きているという姿がひしひしと伝わってくる。本校に来てこのような人間に会えるとは夢にも思わなかった。

 ふと気付くと教官が一人室内に入っていた。白いブラウスに黒のタイトスカート、白っぽいストッキング、黒光りするパンプス。バスト、ヒップが豊かなのに反してウェストの締りがしっかりしていて脚も綺麗過ぎるほど細い目立つプロポーションに、肩甲骨まで下りたワンレングスの艶のある黒髪。白い肌にはっきりとした大きな黒い目。モノクロがすばらしく似合う大変な美女だった。

「どう、うまくいっているかしら?」と優しげに問いかける姿に、少しも教官らしい厳格さは見られなかった。ネームカードから、高松瀬奈(たかまつせな)という二年目の音楽教師だと判明する。二十三歳らしいが、見ようによっては二十歳にも二十五歳にも見える不思議な女性だった。やや太目の眉にルージュの赤が目立つ美しい顔が目を輝かせてロカたちを見つめていた。

 真沙美がちょこんと頭を垂れて無言の挨拶を送ると、高松瀬奈は癒しの微笑で挨拶を返した後、真沙美に近づいて質問して来た。

「確か転入生の松山さんね。音楽に興味あるのかしら。ポップス部門の部員は交響楽団と違って少ないから初心者だったら手ごろよ。楽しみながらするにはもってこいと思います」

 高松瀬奈は、音楽部ポップス部門の顧問らしい。大所帯の交響楽団は福岡教官が顧問を務めていて、幼少期からやっている人間でないと敷居が高いらしい。それに引きかえこの部門は初心者歓迎だという。そうは言っても実際はプロが二人もいるのだ。やはり敷居は高かった。

 真沙美は、開会式までの朝の時間をこの第二音楽室で過ごした。彼女らに興味を覚えたからだが、入部する気力は湧いては来なかった。

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