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尖った乙女たちが鐘を鳴らす  作者: 柏栖零inHakusuya
3/10

同室者

 バスが心地よく揺れるものだから、真沙美はいつの間にかすっかり眠りこけていた。目が覚めたときは、もう本校敷地内にバスが入り込んでいたのだ。正門を通過する際の手続きをするために停車したのが、覚醒のきっかけだった。

 この先、何をするにも首から提げたICカード機能付のIDカードが必要だった。これなしでは部屋にも入れないどころか門一つ、廊下一つ、教室にも入れないという。紛失しようものなら大変な事態になるのだ。おまけにこれを身につけていると、その人物が現在どこにいるかも管理者にすべて分かるとのこと。徹底的な管理であるが異論を唱える人物はこの本校に足を踏み入れることはできない。

 門を通過してからうねうねと曲がりくねるように進んで漸く奥の寮にたどり着いた。設備の説明を受け、どっさりとマニュアルを受け取り目を通しておくように云われて、すっかり疲労に打ちのめされて漸く解放されることになった。

 すでに日は傾き、あと一時間もすれば夕食の時刻になる。成瀬教官から場所と出入りの説明を受けた自室へ向かう。生徒の部屋は若葉寮と呼ばれる十二階建ての高層ホテルのような豪華な建物の中にあった。ここに高等部二百十六名、中等部百八名の計三百二十四名が生活する。

 部屋は原則二人部屋。大抵上級生と下級生の組み合わせとなり、一年ごとに部屋換えが行われる。最上階がラウンジ型の食堂で、エレベーターに優希らとともに乗り込んだ真沙美は、ICカードをかざした。目的階である十一階のランプが点る。一緒に乗った優希がかざすと七階、他の二人が同様にカードをかざすと八階と十階のランプが点いた。

 エレベーター内のパネルボタンは、押すことによって点灯するのは一階とラウンジのある十二階だけということだった。カードをかざすことによって、その生徒の部屋の階が目的階として点灯する。無関係の階には自由には出入りできないようになっていた。どこへ行くにもICカードを使用しなければならないから、生徒の動きは記録として残り、完全に監視されているようだった。

 部屋では同室の上級生がそれぞれ待っているという。すでに同室者の名前は明らかにされていた。二年生になる真沙美は当然のことながら三年生と一緒の部屋ということになり、その相手の名は徳澤那由他(とくざわなゆた)。三年A組の級長だ。

 本校のシステムでは、学期末毎にランキング形式の成績が出され、一年に三度のクラス替えが行われる。優秀者が優先的にA組に振り分けられ、学年一位の者が次学期のA組級長となる。さらに高等部二年生の年間ランキングが一位の者が次年度の生徒会長になることが義務付けられており、生徒会長と級長の兼任は認められていないために、生徒会長になるべき二年生の年間ランキング一位の者がもし三学期末の成績も一位をとった場合は二位の者が三年A組級長となる。

 ところで掲示板に張り出された成績上位者五名の名簿を見る限り、前回の二年三学期末の成績一位は、年間一位の新生徒会長紀伊埜本(きいのもと)あすかを抑えて徳澤那由他が獲っていた。文句なしの級長ということになる。この成績ランキング、一学年七十二名のうち上位五名のみ掲示されるが、過去十年分ずらりと掲示板に貼られたままになっており、興味本位で真沙美が見た限りでは、一学年上の新三年生の二年時点での成績は常に紀伊埜本あすかと徳澤那由他の争いになっていた。

 いきなり本校の優等生との同室。これは光栄と考えるべきか。恩恵に与った生徒は当然他の生徒の羨望を集め、涙を流して喜ぶ状況と云えようが、ゆく道を見失っていた真沙美は、多少の緊張感は認めつつも感激の微塵もみられぬ冷静な自分を発見した。

 数字の一ばかりが四つ並んだ「一一一一号室」の前で、真沙美はインターホンを押した。直ぐに返事が返る。「徳澤です。どちらさまですか?」

 真沙美が丁寧にはっきりと名乗ると、「では、カードをかざして中へ入ってください」と返答。

 云われたとおりにすると、鍵が開くような音がした。ドアを押すと重い扉がゆっくりと動いた。   

 ホテルのような一室。右手にバス、トイレが大きな姿見のついた洗面台を挟んで、左手には冷蔵庫やちょっとしたお茶などが飲める設備があり、奥が勉強部屋兼寝室となる。ちょうど真ん中で簡単なパーテションで仕切られているが、部屋に入ったばかりの位置だとどちらも良く見通せる格好だ。

 真正面にスレンダーな少女の影。背景が明るすぎるので顔の部分が暗くてはっきりしない。向こうから歩み寄るとライトが顔を照らした。黒いストレートヘアを肩のところでカットした、少し顎が小さく尖った丸顔、目は大きくビューラーをかけた睫毛は矢鱈長く上を向いている。細く長い首。ワインレッドのタートルネックセーターに黒っぽいミニスカート。下から伸びた長い脚は黒のパンストで包まれていた。室内用のスリッパを履いている。手や足が細い割りにバストはしっかりしている。私服を見る限りモデルのようだった。

「こんにちは、はじめまして三年A組級長の徳澤那由他です。よろしく」

 手を出されて戸惑うように真沙美は握手した。「二年B組松山真沙美です。大宮校から転入してきました。以後よろしくお願いします」

 まだ四月にはなっていないが、この研修から四月以降の新学年で名乗ることになっていた。級長という言葉が耳についた。意識して云っているのだろうか。だとしたら相当プライドが高い。年下にも見える美少女の顔からは想像もつかないことだが。

 近くで見ると長身なのに気付く。単にスレンダーだからなのではなく、実際に百七十センチくらいあるのだろう。大宮校にはいないタイプだった。向こうにも教会に属さない生徒で、着飾るとモデルばりの美少女はいくらもいたが、品の良さ、知的な雰囲気、落ち着き、そういったものを感じさせられることはなかった。どこが違うのだろうか。相手にひけをとらない堂々とした態度、無駄のない動き、上品な仕草。それらは常に見られていることを意識した結果編み出されたものに違いない。

「あなた、観察するのが得意みたいね」と、大きな目を細めて微笑んだ。「そんなに私って魅力的かしら」と、冗談とも本気ともとれる様子で悪戯っぽく笑う。

「あまりにおきれいなので」と、言葉を濁す。どう反応したものか咄嗟には思いつかなかった。

 殊勝な態度で相手に合わせて、室内の説明を聞いた。これから暫く一緒の部屋で暮らすのだから、なるべく相手のペースに合わせた方がいい。そんな内心を当然読んでいるようで、那由他は満足げにいろいろ親切に教えてくれた。

 部屋の仕切りの左側が真沙美のスペースだった。狭いがベッドと机もあり、机の上にはコンピューターの端末がある。これを使って毎日ホームワークの解答を打ち込むのだ。生徒宛の連絡もメール形式で送られてくるという。すべてが文明の利器による管理だった。

 ラフな私服は部屋の中だけで許されているという。部屋を出るときは制服か、礼拝用のクロス、またはユニフォーム化された室内着だった。

「このルームウェアを囚人服と呼んでいる子がいるけれども、本当のことでもそういうことは教官の前では決して口にしてはいけませんよ。減点ですからね」

 渡された室内着は二種類。一つは藍色の長袖トレーナーとパンツ(ズボン)の上下セット。もう一つは同じ生地の七部袖膝丈のワンピーススカート。いずれの場合も白の靴下着用が必要だった。食事の時などはこのスタイルが主流だという。

 ありふれた室内着でも全員が揃って着用すれば囚人服となるだろう。管理されても何の不服もでないのは、将来管理する側になるという強い意思によるものだろうか。

「疲れたでしょう? シャワーでも浴びて寛いだら? 夕食は屋上のラウンジよ。新しく振り分けられた班のみんなと一緒のテーブルだから二年生のことはいろいろ教えてもらうといいわ」

 教官からの説明で、B組はさらに六人ずつの六つの班に分けられることを聞かされた。班の集団行動だけが許されるらしい。それはどういうことなのか。

「ここは小グループでの集団行動が認められていないのよ。治安維持法みたいなものかしら。昔の先輩達の中には体制批判をする人たちがいたみたいで、徒党を組んで教官たちを遣り込めようとする活発な動きもあったみたい。それを防ぐ意味で個人での行動と全体での行動のみ許されるようになったのよ。表向きは集団によるいじめの防止を謳っているようだけど。あ、今のはここだけの話ね」

 那由他ですら優等生の地位を確保するために生の声を殺してしまっている。あれほど管理されていると思った大宮校が霞んでしまう位だった。

 大宮校は半分が非教会員の生徒だったので、管理はあっても比較的自由だったことになる。制服は学校を離れるとスカートを短くなるよう折り曲げて、靴下もオーバーニーから通常のハイソックスに履き替えて、近隣の女子高生と同じような格好にする。髪も肩や背中へ長く下ろして、薄く化粧を施す者もあった。教官に見つかっても注意は受けるがそれほど厳しい罰はなかった。ただ男女交際については厳格で、非教会員であっても露骨なものは厳しい注意を受け、聞かないものには停学や退学処分すらあった。

「あなた大宮からよね? 私、他校からの転入生と同室になるのは初めてなのよ。いろいろ外界の話も聞かせてね。ここは閉鎖された世界だから情報は殆ど入ってこないの」

 確かにテレビもない、携帯も繋がらない、インターネットも自由にできない、外へ買い物にもいけない世界というのは想像すらしたことがなかった。中での飲食物の買い物などすべてICカードによる決済で済む。現金は全く必要なかった。巷で何が起こっているかも分からない。自由に趣味の雑誌をみることもできない。しかしそうした制約の中でここの生徒達は強かに暮らしているのだ。真沙美は初めて出会ったここの住人那由他から、徹底的に管理され純粋培養されようとしている環境下で必死に自分の価値観を見出し自己主張していく本校生徒の姿を垣間見た。

「さ、そろそろ夕食よ。ルームウェアでいいから着替えたら行きましょう」

 部屋を出るときはあまり派手な格好や奇抜な服装は許されていなかった。必然的に制服か室内着、礼装といったユニフォーム類となる。夕食のときは大抵ルームウェアに着替えているという話だった。

「それから食事の時は髪は結わえなくてもいいからね。コンタクトも可。ここは授業、礼拝、各種式典などによって決められた格好・服装があるけど、おいおい分かってくるわよ。そして話し言葉もね」

 そういうと、那由他はさっさとワンピース型のルームウェアに着替えた。真沙美も急いで着替える。荷物の整理はあとだ。那由他と同じ格好にしたが、眼鏡と髪は整えるのが面倒なのでそのままにした。顔写真付のICカードを首から掛ける。

 六時前、部屋を出た二人はエレベーターの前に向かう。すでに何人かの生徒達が廊下を行き、エレベーターを待っていた。みな那由他を見かけると静かに深々と上半身をたたんで挨拶した。

 廊下なのに私語は殆どない。真沙美は取り付けられた防犯カメラをそれとなく見上げ、誰もがこの監視カメラを意識していることを確信した。窮屈な世界であることは間違いない。扉が開き、那由他を先頭にみな速やかに乗り込む。中にも同じようにカメラ。リフト内の鏡に映った自分達の姿は、檻の中の囚人といっても差し支えなかった。みな同じ格好。柄でもあればスパリゾートの雰囲気だが、鮮やかな藍色とはいえ、無地であるためいかにも地味だ。誰も喋らないからなおいっそう監獄のようだった。

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