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彼奴を亡き者にするため令嬢は風になりたい

 私は今、猛烈に呆然としている。

 さっきまでの出来事を反芻するだけの自動人形になっている。


「君が彼女よりもさらに強い恋の魔法をかけてよ」


 そう言われた瞬間、私は握られていた手を電光石火の如く引っ込めた。

 そして襲ってきたのはロビリオに対する拒否感だった。

 あんなに好きで「忘れることなんてできないよー」なんて思ってたのが嘘みたい。


 ロビリオにとっては何の意味もない言葉だったかもしれない。

 少し、いやかなり自分に酔っていて、つい出てしまった言葉だったかもしれない。


 しかし私を夢から覚めさせるには充分だった。

 これが百年の恋も冷めるってやつなのかしら。


 だって私は悪くない。

 勝手にロビリオが他の娘を好きになって勝手に盛り上がって勝手に婚約破棄してきたのだ。

 それを延々聞きたくもない彼女への想いを聞かされた後、「魔法をかけてよ」だと?

 なめるのもいい加減にしてほしい。

 まるでロビリオが他の娘を好きになったのは私がロビリオを好きにならせる力が足りなかったからみたいじゃない!

 努力が足りなかった、とでも言いたいの?

 何その上から目線!

 何様よ!

 って、あいつ皇子様か。

 上から目線で当然なのか。

 いやいや皇子だからってやって良いことと悪いことがあるでしょう!


 そんなことを心の中で罵る。

 いや、これでも公爵令嬢なので。

 実際に声に出して罵るとか品がないかな、ってね。

 周りの使用人たちもおろおろしちゃうし。


 気がつけば目の前のテーブルに乗っていた鴨肉は綺麗さっぱり片付けられていた。

 かなりの時間が経っていたらしい。

 ロビリオはすでに帰っている。


「あの……アンゼリカ様……お気を確かに」


 ぼんやりした私に、近くにいた女中頭のマリアンが声を掛けてきた。

 ああ、本当にダメね。

 声を荒げなくても気を使われるなんて、主人失格だわ。

 私は立ち上がった。


「外に出てくる」

「ええ?今からですか?」

「大丈夫よ。ちょっとした気分転換だから」


 そのままふらふらと外に出る。

 何かこう、気が晴れるようなスカッとしたことがしたい。

 私はそこである小説を思い出した。

 最近読んだ小説だ。


 その小説では恋人が戦死し、その知らせを聞いた主人公が夜明けに飛び出し馬で駆けるシーンがあった。

 まだ薄暗い草原をひたすら涙を堪えて馬を駆る主人公。後ろへ後ろへと流れる景色は恋人と過ごした思い出の地ばかり。

 夜風は主人公に優しくない。

 冬の夜、凍てつく冷気で頰を手を、容赦なく打ちつける。

 しかし主人公は速度を落とさない。

 悲しみを振り払うように、明日への希望を探すかのように馬を駆る。

 主人公の髪がなびき、それは美しい描写だった。

 やがて主人公に夜明けの光が射す。

 堪えていた涙が一粒溢れたところで主人公は馬を留めるのだ。

 めちゃくちゃかっこいいのだ。


 私も馬に乗って駆ければこのモヤモヤとした気分も少しは晴れるかもしれない。

 ロビリオは死んでないけど、似たようなものだ。

 いやもう亡き者ってことにしてしまおう。

 婚約破棄した以上、もう会うことはないんだし。っていうか会いたくない。絶対会わない!

 そうだ、失った者を偲び私は風になるのだ。


 そうと決まれば善は急げ。

 私は厩舎へと向かった。

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