「魔法をかけてよ」
「でも、さぁ……私たちの結婚は恋愛事だけじゃなくて、その、家と家との事情もあるわけだし」
婚約破棄と言われて、未練がましく政治的事情を持ち出す私を、人はみっともないと嗤うだろうか。
「ほら、私の家の公爵家も皇家ほどじゃないにしても古い家だし、定期的に皇家に花嫁を輩出してて、最近は四代それがご無沙汰で久々の機会に私たちが選ばれたわけで。えっと、その、血の繋がりは大事にしろってお父様が言ってたし」
すがりついて婚約破棄が撤回できるなら、すがりつきたい。
虹のたもとは追いかけても辿り着けないけど、幻想的に見えても庭の池の睡蓮は歩いてでも辿り着けるのよ。
「それに、愛がなくたって、結婚してる人もいるわ」
惨めでもそばにいたいと思ってしまう。
本当は好きになって欲しいけど。
必死な私に対し、空気の読めないロビリオは容赦がなかった。
「それは、でも君にも彼女にも不誠実だ」
言われたくなかった正論がきた。
そんなの分かってるわよ!
でもそれを言わざるを得ないのよ!
分かれ!バカ!
「僕も彼女を諦めようとしたんだ。隠れて会うなんて間違ってる。秘めた想いを消そうとしたんだ」
もう、ロビリオの目に私は映っていなかった。
「でも彼女への想いは決して消えてくれない。寝ても覚めても彼女の姿が瞼に映るんだ。どこにいても彼女を探してしまう。会えば会うほど会いたくて会いたくてたまらない」
悲しいかな、私はその好きになった彼女に対するロビリオの熱弁を聞いていることしかできない。
なんかどっかで聞いたことあるような歌にも聞こえるけど、そんなことはどうでもいい。
「アンゼリカ、君には悪いと思っている。こんな不誠実な僕を許してくれとは言わない。本当にどうして僕は彼女に出会ってしまったのか」
しつこいくらいロビリオの気持ちがもう彼女さんに向いていて、私の入り込む余地なんてないことが分かった。
分かって、悲しくなった。
「もう、無理なんだね。婚約を続けることは」
「ああ、無理だ」
残酷だけど現実が私を刺す。
そうか……辛いけど、何年かかってもロビリオのことは忘れないといけないのか。
どうしよう、こんな嫌な終わり方だけど優しかったロビリオとの思い出ばかり浮かんできて涙が出そうだ。
「もっとロビリオと居たかった」
「僕もアンゼリカと今までみたいに会えなくなるのは辛い」
ロビリオが私の手を両手で握った。
これで彼に触れるのも最後だろう。
いつもこの手に引かれて庭や宮殿の森を散策した。
いつもこの手に導かれてダンスを踊った。
それが消えたら、私は明日から何に寄り添っていけばいいの?
「でも、彼女が僕にかけた恋という魔法は強力だったんだ」
「ロビリオ……」
「君が僕を望むなら」
ロビリオの声が心痛そうにかすれる。
「君が彼女よりもさらに強い魔法をかけてよ」
「…………えっ?」
そのとき私の中で急激に何かが冷めていった。
自分に酔うのも良い。
彼女への想いを語るのも良い。
でも、最後のそれはダメだろう!
「魔法をかけてよ」って!
それじゃあ、私があなたを夢中にさせないのが悪いみたいじゃない!!




